尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『黒ヶ丘の上で』、ウェールズの双子農民の20世紀ーブルース・チャトウィンを読む③

2022年06月20日 22時48分02秒 | 〃 (外国文学)
 イギリスの作家ブルース・チャトウィンを続けて読んだ。次は図書館に開架で置いてあった『黒ヶ丘の上で』(On The Black Hill、1980)だが、順番で言えば『ウィダの総督』(または『ウィダの副王』)が先になる。日本での翻訳は一番遅れて、2014年に栩木伸明(とちぎ・のぶあき)訳でみすず書房から出たが、400頁を越える大作で、値段も3700円もする。チャトウィンは『パタゴニア』で有名になって、次作『ヴィダの総督』もアフリカの奴隷商人の話だった。外国のエキゾチックな魅力を書く紀行作家と思われるのを嫌って、今度はイギリスからずっと移動しなかった農民を書くことにしたんだという。

 それはいいけど、今度はある農家の100年にも渡る一大長編である。片方の窓から見るとウェールズ、もう片方の窓からはイングランドが見えるという農園で、そこに20世紀のはじめに双子の男の子が生まれる。その両親の代から書かれていて、悠然たる筆致で1980年になるまで描かれる。こういう一家を描く大長編というのは他にもあるけれど、双子というのは珍しいのではないか。双子であるがゆえに、決して幸せな人生を歩まないだろうなあと途中から判ってきて、読むのが辛くなってくる。そもそも農民の生活は起伏が少なくいのだが、時代の変遷が否応なく一家に襲いかかるのである。
(ウェールズは緑の部分)
 この小説は今もウェールズでは高い人気を誇っているという。イングランドではない「ウェールズ」の特性を非常によく描いているということらしい。例えば、主人公の一家は当初は英国教会の教会に通っているが、ある時期からウェールズの会衆派教会に変えることになる。それが第一次世界大戦の時期で、ヨーロッパでは第一次大戦の影響が大きいと言われるのがよく判る。2つの文学賞を受け、1986年に舞台化され、1987年には映画化された(日本未公開)。アンドリュー・グリーブ監督の映画では、双子の兄弟をマイク・グリウィム、ロバート・グリウィムという俳優がやっている。この二人は兄弟だけど、双子ではないようだ。
(映画版)
 この長い小説をあまり詳しく書いても仕方ないだろう。そんなに読んでみる人もいないだろうし。もともと双子の父であるエイモス・ジョーンズメアリー・ジョーンズは「身分違いの結婚」だったのである。そうなるには経緯があるが、国教会に通う野心的な貧農に過ぎなかったエイモスが、牧師の娘メアリーと結婚したのは1899年8月のことだった。小説は事実上そこから始まる。メアリーの持参金で「黒ヶ丘」にある屋号「面影」(ザ・ヴィジョン)という農場を借りた。そして翌1900年にルイスベンジャミンという双子が生まれたのである。営々と働くエイモスだったが、隣の農家との土地争いが起きて頭が痛い。この争いが最後の最後まで、20世紀後半にまで禍根を残すのである。
(映画から)
 会衆派教会に新しい牧師がやってきて、熱心にエイモスを誘うことで国教会を離れることになる。メアリーも渋々従うが、神に直接従う会衆派に魅せられていく。しかし、国教会の学校に通っていた兄弟は止めさせられる。エイモスからすれば、子どもは学校へ行く必要はなく、農場で仕事を覚えるべきなのである。双子の兄弟は母に似て繊細だったため、父は妹のレベッカを偏愛する。ちょっと先走ると、結局レベッカは父の束縛を逃れて、イギリスを捨ててしまう。そのままになるかと思うと、ラスト近くでレベッカが残した娘と孫が現れて、農場を引き継ぐことになる。

 第一次大戦が始まると、ウェールズでも愛国熱が高まるが、エイモスには納得出来ない。農場に引き籠もっている生活には世界の動きも遠い。もう戦争も終わりそうな1918年に双子にも徴兵が迫るが、エイモスは繊細だったベンジャミンに比べて、頑強なルイスは家に残って仕事させたいと考える。その結果、ベンジャミンは徴兵されるが、牧師に対して神を信じているのかと問う。戒律の第6番をどう考えるのかと。「人を殺すなかれ」である。その結果、ベンジャミンは軍隊で壮絶ないじめに遭うが、何が起きているのかを双子のルイスは体で実感した。二人は引き離せないのである。しかし、ベンジャミンは二度と社会に出られず、ルイスは徴兵忌避として娘たちから避けられる。その結果、二人は結婚出来ないまま年齢を重ねていく。

 父が突然亡くなり、母も亡くなる。なかなか機械を使わなかった農場でも、第二次大戦後にはトラクターを使うようになる。その間に丘周辺の農家の様々な出来事が語られる。結局金持ちだった家も没落していき、幸せになった人はほとんどいない。70年代になると、近くにコミューンを作る人々が現れ、その人々に影響を受けたりもする。旅行もせず、娯楽らしいこともせず働き続ける双子の兄弟。そういう世界を読んでいて面白いのかというと、やっぱり長すぎる感じはする。最後になると、登場人物の関係がこんがらかってくる。だけど、この小説は傑作に違いない。ウェールズで羊を飼う農家の話は日本人には遠すぎるとは思ったけれど。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする