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絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

夢に乗っているのかも

2006-05-10 16:00:00 | 好きな絵本

 平凡なタイトルなのに、読み終わった後、あらためて題名の持つ「意味」を考えてみたくなり・・。
考えてはみたものの、作者に深い意図があったのか、それとも、「さらっと流しちゃって下さい、
そのあたりのこと」と思っているのかよくわからないなあ、と思いつつ。それでも、あまりに美しい
色合いに、また最初からページを繰ってしまいたくなる絵本です。

 『バスにのって』 荒井良二 作


 4月に行った「絵本作家ワンダーランド」展で、この原画を見て、その美しさに心底打たれました。
 荒井良二さんが描く、空の色が美しいのは、もっと前から知っていたのです。(描かれる人物が
こけし風なところや、メキシカンな帽子をかぶっているところだって、好きなほうでした)でも、
土の色が、大地の色がこんなにきれいな夕焼け色をしているのは、(たぶん)今まで、どこでも
見たことがなかったように思います。

 
 照りつける太陽の下、バス停の「待合所」のような所で、男の子が一人座っています。
大きなトランクに、大きな風呂敷包み、そして赤いラジオ。壁には時計がかかっていますが、
何時を指しているのか、そもそも針がついているのかどうかさえ、わかりません。

 
バスにのって
 とおくへ いくところです

 そうぼくが言っているので、旅の途中なのだろうなあと思います。

 
空は ひろくて
 風は そよっとしています

  まだ バスはきません

 
バス停の前には道が1本あるだけで、あたり一面夕焼け色の大地が広がっています。その道を、
牛を繋いだ車が行きすぎ、トラックが行き過ぎ、馬に乗った人が通り過ぎ、たくさんの荷物を積んだ
自転車が行ってしまっても、ぼくは、まるで同じ姿勢で座り続けます。

 ぼくは ラジオをつけました 

 ラジオからは、はじめてきくおんがく が休みなしに流れてきます。

 トントンパットン
 トンパットン

 やがて陽が沈み、夜になって(ラジオもねむってしまったのでぼくも眠ります)、また次の朝がきても、
まだバスは来ません。ラジオからはまた トントンパットン・・・
 
 バスに乗って、遠い所へ行くのなら、もうこの辺でバスが来たっていいんじゃない。
 バスが来ないのなら、バスに乗らないのなら、『バスをまって』という題じゃないんじゃない。

 こんなふうに心の中が、ざわざわし始めますが、もうちょっと辛抱していると・・地平線の彼方に
何かが現われ、やがてものすごい砂けむりとともに、待望のバスがやってきました!!
待っていれば、いつかバスはやってくるのですね。
 でも、ここは、どうみても異国なんです。荷物を下ろして、窓際の席に座って、シートをリクライニングにして、
といった「なにもかも快適な旅」が、必ずしも用意されているとは限りません。バスが来たって、
そのバスに乗ることができるかどうかだって、保証はされていないんです。

 ぼくは、すさまじくでかいこのバスに、本当に乗って、どこか遠い所へ行かれたのでしょうか・・。
 最後のページにきても、ぼくは表情ひとつ変えずに、淡々としています。ラジオからは、トントンパットン。
この音楽が、この情景を支え、ぼくの旅を支え、ぼく自身を支えているように、私には思えました。

 
 「遠くへ行きたい」と思うとき(それは物理的かつ具体的な場所でなくても)。
 ある時、バスがやってきて、はいはいどうぞと乗せてくれて、自分の行きたい場所、イメージするもの、
なりたい自分に、砂けむりをあげるほどのスピードで、連れて行ってくれたらなあって思うのは正直な気持ちです。
 けれど、バスが来なかった時、バスに乗リそこなった時も、バスに乗れなかったことを悔い、またバスを
待ち続けるのはいやだなあと思います。「遠くへ行きたい」のなら、自分の力で行くことだって、できるのですから。
 それと、しばらく待つと決めたなら、その「待つ」時間さえも楽しめる人でありたいです。
風がそよっと吹いてくるのを感じたり、聞こえてくる音楽の中で旅したり。


 

 

コメント (12)
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