大阪市では最近になって市長選が行われ、元府知事が現職を破って当選した事はニュースなどで盛んに報じられていますので、ご存知の方も多いかと思います。
元府知事の新任市長は、様々な方面で大きな議論を醸し出す大胆な政策を提言していますが、その中には地下鉄や路線バスを運行する大阪市交通局をはじめとした現業職員の賃金見直しや、一部の民営移管も検討するとしています。
公営交通の現業職員賃金は、年功が増す事で民間事業者に比べてかなり高額となる傾向があり、大阪市交通局の平均賃金も、関西地区の民間事業者に比べてかなり高くなっている事が示されています。
この事が一因で高コスト体質となり、大幅な赤字が続く上に、決して良好とは言い難い財政状況、そして賃金の運賃収入などで賄えない部分を税金で穴埋めする格好になる事などを踏まえると、ある程度の見直しは止むを得ないかと思います。
(ただ極端な賃金削減は、関係職員の生活設計にも影響しますので、定年延長や再雇用制度を整備し、就労意欲のある職員を長く雇用する事で、生涯収入の落ち込みをカバーするなどの施策も必要かと思います)
しかしながら高コスト体質を改めるために導入し、勤続年数の長い職員を対象とした早期奨励退職制度(この制度を利用する事で、退職金を所定より割増)の希望者が、今後の賃金大幅削減を見越して前年比15倍にも達し、運転士だけで80名も退職希望を出したために、「運転士数の急減で勤務が回らない」と言った事も報じられています。
所定のダイヤ数に比べて運転士数が不足する場合、一部のダイヤを分割して拘束時間の短いダイヤと組み合わせたり、拘束時間の短いダイヤを2枚こなすなどの増務や、公休者の公休出勤で対応する事になります。
これも多少の人員不足であれば、増務や公休出勤を希望する乗務員を動員するだけで済みますが、余りに人員数が足りなくなると、強制的に各乗務員に増務や公休出勤を割り当てるか、他営業所などからの助勤者動員、これらの策も尽きれば人員不足による欠車・欠便が発生(あってはならない事ですが…)してしまいます。
大幅な人員不足も、特定の営業所で伝染病が流行して一時的に病欠者が相次いだ場合などは、他営業所からの助勤者動員などで凌ぐことも出来ますが、各営業所で退職者が続出して人員不足が常態化するとなると、各乗務員に強制的に増務や公休出勤を割り当てるか、少ない人員数でダイヤをまわす為に減便ダイヤ改正を行うしかない状況に陥り、余りに急激な人員削減によって公共交通としての機能を果たせなくなる事も懸念されます。
また路線バスは全国的に赤字傾向があり、大阪市バスも赤字額が大きい事で問題になっていますが、大阪市中心部における市内交通は、交通局による地下鉄・市バスがかなりのシェアを占め、ネットワークを構成しているのも大きな特色と言えます。
市バスは地下鉄などのフィーダー的役割を果たしており、地下鉄・バス共通1日乗車券や乗継制度(大阪市交通局では地下鉄~バス乗継割引や、バス同士を乗り継ぐ際の乗継券発行などの制度があり、全国的に最先端と言っても過言ではありません)など、市営交通で市内中心部の交通ネットワークを構成している事も忘れてはならないと思います。
この事も踏まえると、赤字だから民営移管してコストを下げれば…という発想は安易過ぎると感じ、現在も井高野営業所などで行っている民間への運行委託によって市営による運営を維持したり、民間へ移管する場合にも定期券・1日乗車券類や乗継制度の利用が可能になる様に配慮するなどの施策を望みたいものです。
(市営バスを全面的に民営移管した札幌・函館・秋田などでは、民間事業者での一日乗車券通用などの利便性配慮がなされていますが、MAKIKYUの地元・横浜市では市営バスの一部路線民間移管により、移管路線で一日乗車券や全線定期券の通用対象外となる弊害も発生しており、全国的にも同種事案は多数あると思います)
ただ大阪市バスを退役し、地方へ売却されて再活躍している車両などに乗車すると、2段ステップの前後扉車でもエアサスペンションやハイバックシートを装備するなど、市内線における一般路線車にしては高級過ぎる印象を受け、設備投資面で過剰な印象もあります。
この点最近のノンステップ車で標準化が進行し、やや簡素な印象となっている事などは、少々寂しいと感じる反面、事業性質を考えると…といった所かと思います。
今後大阪市では新市長の諸政策によって、市営交通にも大きな動きが生じて来る事は必須で、他都市における公営交通でも大阪市に追従する事が出てくるかと思いますが、どの様な形での改革になるにしても、公共交通としての安全性や利便性が低下しない事を願いたいものです。
以下は大阪市の現業職員給料削減などに関連したニュースの中で、MAKIKYUが気になる記事へのリンクです。
(この件に関して興味のある方は、この記事と合わせてご覧下さい)
大阪市、現業職員の給料削減へ 12年度から民間並みに
給与カット前に…大阪市バス121人が退職希望
それにしても、民営化で競争原理の導入によりサービスが向上するという論理は、JRグループを見ればわかるように、一面では真実であるとは思いますが、行き過ぎた利潤追求による弊害も指摘されています(尼崎事故とか、近年の夜行列車大幅削減とか)。たとえば、イギリスでは国鉄の民営化を見直す議論も近年盛んだそうですが、日本では民間に任せればなんでも解決するというような安易な風潮がいまだに主流を占めているようです。しかも、大阪市営交通の民営化を主張している市長本人が、「民営化によって相互乗り入れを拡大すれば便利になる」といった程度の認識しかないのでは、あまりにもお粗末ではないかなと思います(そもそも、大阪市営地下鉄はほとんどの路線が第三軌条方式なので、相互乗り入れの拡大は集電方式を変更しない限り無理)。
自治体による交通は営利から取り残された部分を拾う福祉的路線もあり、路線営業係数のみでの議論は避けたいものですが、一方で昨今は路線の民間移管や、自治体が運営主体でありながら下請けバス会社に投げて人件費を抑える方法、人件費の安い民間に補助を出し路線維持する手法なども多く採用されており、大阪も多角的な議論が行われることを期待しています。
交通事業の本質である市民の足を確保するという部分とコストのバランスをどう乗り越えるか新市長のお手並み拝見という所です。
>漣みさき様
公営交通はご指摘の通り営業係数のみでの議論は避けたいという事に加え、低郊外車など先進的な設備などを率先して導入し、世間への普及を図るきっかけを造るなど、存在意義は大きいものです。
まして大阪の様に中心部で市営交通がネットワークを構成し、乗継制度の充実度が高い事などを考えると、安易な民営移管は避けた方が良いですが、梅田~加島の様な民間競合バス路線は、市営乗車券類各種の通用を条件に移管した方が良い気もします。
また人件費問題も、提示額が世間一般とは突出した印象があり、在阪大手民間事業者は現在大阪市営の受託を引き受けていない会社でも、京都や神戸での実績を持つ会社が幾つも…という状況ですので、民間への受託拡大などは検討しても良いかと思います。
市民の足を確保する事とコストのバランスを、今後どの様に考えて政策立案&実行に動いていくのか、新市長の動向にこちらも注目して行きたいと思います。
>セト市交通局様
今回の大阪市長交代による市営交通問題ですが、新市長の問題提起も個人的には賛否両論で、民営化によって相互乗り入れを拡大すれば便利になる」という発言は明らかに勉強不足を露呈していますね。
(中には現場や事情通では思いつかない発想が、物事を動かすきっかけになる事もあるかと思いますが…)
この点名古屋も市営交通が市内ネットワークを構成していますので、一部民間委託で市営を維持しているのは妥当な施策かと思います。
ただこちらの地元・横浜の様に交通局がネットワークを担うには程遠く、市営・民間が入り乱れて競合箇所が多いとなると、民業圧迫の上に赤字山積という事になり、もっと移管を進めた方が…と感じてしまうものです。
大阪の場合は名古屋と同等、或いはそれ以上に
市営交通が充実したネットワークを構成していますので、目先のコスト低減のためだけに中途半端に民営移管し、公共交通の利便性低下&都市環境悪化といった事態を招かない事を願いたいものです。
現段階の大阪市営で出来そうな事としては、バス営業所の民間委託などが有力かと思いますが、地下鉄は運賃設定や賃金問題を別とすれば、ワンマン運転の拡大や乗入線区の乗入先事業者への運転委託位でしょうか…