またウォーキングの記事です。
この日は普段の倍、10キロ余り歩きました。
歩く途中寄ったところ・・・
琵琶湖疏水諸羽トンネルの上流側
琵琶湖疏水は1890年に完工しましたが、JR(当時は国鉄)湖西線建設のため流路の変更が必要になり、山裾を流れていたのをトンネルを通しショートカットされました。トンネルの完成は1970年のことです。湖西線の開通は1974年でした。
左側に見えるコンクリートの岸壁は、びわ湖疏水船の船着き場です。4月8日から新型コロナウイルス対策のため休航中。
JRの跨線橋より滋賀側
緑色の電車は湖西線上りの普通電車
跨線橋の階段は49段ありかなり高いのです。複々線のJR東海道線と複線の湖西線を跨いでいます。東海道線は高架の湖西線に隠れて全部は見えません。
蝉丸神社の石段

拝殿と能舞台
蝉丸神社の祭神は蝉丸大神と猿田彦命です。蝉丸は平安時代前期の歌人で、この辺りに庵を結んでいたそう。
蝉丸の歌で
これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関
が百人一首に選ばれています。
蝉丸神社のすぐ北にある名神高速道路のトンネルは蝉丸トンネル、蝉丸トンネルより大津側に架かる橋は蝉丸橋と言います。
蝉丸神社からすぐ、坂を上りきったところに石碑が建立されているのですが、車では見過ごしてしまいます。
逢坂の関跡
右が関跡の碑で左は常夜燈
逢坂の関の本当の場所は定かではないのですが、ここより1キロほど琵琶湖寄りという説が有力です。
旧逢坂山隧道東口
これは下り線
トンネル上部にある「楽成頼功」の扁額は、三条実美(当時太政大臣)の揮毫によるものです。写真ではモミジの葉に覆われてよく見えませんが・・・・
隧道東口全体
右が上り線です。
なお、このトンネルの西口は完全に埋め戻されて石碑だけ建っています。
この日は普段の倍、10キロ余り歩きました。
歩く途中寄ったところ・・・
琵琶湖疏水諸羽トンネルの上流側

左側に見えるコンクリートの岸壁は、びわ湖疏水船の船着き場です。4月8日から新型コロナウイルス対策のため休航中。
JRの跨線橋より滋賀側

跨線橋の階段は49段ありかなり高いのです。複々線のJR東海道線と複線の湖西線を跨いでいます。東海道線は高架の湖西線に隠れて全部は見えません。
蝉丸神社の石段

拝殿と能舞台

蝉丸の歌で
これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関
が百人一首に選ばれています。
蝉丸神社のすぐ北にある名神高速道路のトンネルは蝉丸トンネル、蝉丸トンネルより大津側に架かる橋は蝉丸橋と言います。
蝉丸神社からすぐ、坂を上りきったところに石碑が建立されているのですが、車では見過ごしてしまいます。
逢坂の関跡

逢坂の関の本当の場所は定かではないのですが、ここより1キロほど琵琶湖寄りという説が有力です。
旧逢坂山隧道東口

トンネル上部にある「楽成頼功」の扁額は、三条実美(当時太政大臣)の揮毫によるものです。写真ではモミジの葉に覆われてよく見えませんが・・・・
隧道東口全体

なお、このトンネルの西口は完全に埋め戻されて石碑だけ建っています。