『82年生まれ キム・ジヨン』 を見てきた。
出かけたのは、近所の映画館<T-ジョイ>。現在の正式名称は(上の写真のネオンサイン?によれば)「T-ジョイ SEIBU 大泉」というようだ。
出かけたきっかけは、練馬区の地域包括支援センターで給付している「令和2年度 いきいき健康券」(!)をもらったからである。65歳以上の練馬区民は、練馬区内の映画館で(といっても大泉のT- ジョイか、豊島園の映画館(豊島園に映画館があるらしい)の2館しかない!)、1回につき1000円割引で、年度中に3回映画を見ることができる。
「健康券」プラス200円を払って、チケットを購入して入場。
映画館で映画を見るのは、数年前の『小さなお家』以来である。
コロナが収まらないので恐る恐るだったが、午後7時からの回は、われわれを含めて観客はわずか8名。ガラガラで飛沫感染の心配はなさそうだった。ぼくを除いて全員が女性だった。しかも(うちの女房を除けば)みんなキム・ジヨンよりずっと若い世代の女の子だった。
6時55分開演なのに、7時10分ころまで延々と近日公開予定映画の予告編がつづく。どれもこれも見る気を起させない予告編ばかりだったのでうんざりする。しかも音量が凄まじい。さすがの耳が遠いぼくにもうるさい。今の人たちはあんな音量が平気なのだろうか。
YOUTUBUでみる小津安二郎「秋刀魚の味」や「彼岸花」の穏やかな予告編が懐かしい。
ようやく館内が真っ暗になり、『82年生まれ キム・ジヨン』 が始まった。
1982年生まれの韓国女性が受けてきた差別がテーマだが、今もつづく儒教的因習に基づく差別と、もっと現代的な働く女性に対する差別とが混在する。
盆暮れ(?)には夫の実家に帰省することを当然視する夫への不満、帰省した息子の妻に家事労働を半ば強制する姑や小姑への不満などは儒教的因習への怒りであり、子育てしながら広告製作会社でキャリアを積もうとする主人公に対する上司や同僚による差別やセクハラなどは後者への怒りであろう。夫が育児休業をとろうとすると、「夫の出世を妨害するのか」と妻の実家に電話して怒る夫の母親などは、両者が混ざっている。
キム・ジヨンの実家は、女4人(3人だったかも?)姉妹に末っ子の弟1人のきょうだいで、現在は母親が食堂を営んで家計を支えている。母親(この俳優は韓流ドラマでよく見かける人で、この人の演技力が光っていた※)自身も、弟たちを大学に通わせるために、教師になる夢を捨てミシン工場で縫製の仕事をして家計を支えた経歴を持っている。それだけに、娘には好きな仕事を続けてほしいと願っている。
父親は空威張りするだけで権威はない。末弟も姉たちの言いなりである。この家には儒教的な家父長の権威はなく、家族は女の力で運営されている。韓国も日本と同じで、家族は「妹の力」で支えられているようである。
キム・ジヨンは結局仕事を辞め、子育てに専念するが、次第に心を病んでいく。やがて恢復して社会復帰を果たすのだが(この辺の経緯は映画のクライマックスなので書かないでおく)、彼女も実家の家族と一緒にいる時だけは心が安定してるように見えたので、実家(母や姉)の抱擁力で恢復するというストーリーを予期したが、そういう展開ではなかった。
※ ネットで調べると、この母親役の俳優はキム・ミギョンさんという人だった。『82年生まれ・・・』のキャスティングでは主人公役とその夫役の次に名前が出ていた。むべなるかな、である。彼女はこれ以外にも100本以上のドラマに出演しているらしい。
全体を通じて、キム・ジヨンの夫が、自分の母親(姑)の介入に対してあまりにも無抵抗なのが印象的だった。今でもあのような態度が韓国の夫の一般的な態度なのだろうか。妻と自分の母(姑)との間で板挟みになる夫を、何十年か前の日本の週刊誌は「ハムレット亭主」と命名したが、最近の日本の夫たちはどうなのだろうか。統計では、今でも「親族間の不和」(≒「嫁姑の不和」)は離婚原因の上位を占めているが。
息子を愛するなら、妻と自分(母親)との板挟み状態などに陥らせないのが親としての愛情だろうと思うが、「産んで愛して育ててきた息子を妻に奪われた!」という感情を母というのはコントロールできないのだろうか。ぼくは、息子を奪われたなどという感情はまったくない。男なのでお腹を痛めていないからなのか、もともと母親に比べて愛情が不足しているからなのか。
ついつい「1980年ころ生まれ、キム・ジヨンの夫」の立場で見てしまった。
そう言えば、数日前のNHKテレビの深夜番組(いとうせいこう司会で、織田裕二が出演した「ヒューマニエンス」)に、北海道大学の生物学の女性教授が出演していて、ヒトの性染色体(X染色体とY染色体)はもともとは同じ長さだったのだが、Y染色体は傷ついて少しづつ短くなっていて、今から500万年くらいするとY染色体はなくなってしまい、ヒトのオスは消滅すると言っていた。ちなみに、X染色体は2本づつあるので1本が損傷を受けても他方が補完してくれるので女が消滅することはないという。※
Y染色体の消滅以降は、Y染色体に代わる細胞が発生を発動させるようになり、メスだけの単為生殖になるらしい。500万年後のことなど心配してもどうにもならないが、生物学的にも男には勝ち目はなさそうである。
※ 調べたら、黒岩麻里さんという方で、「消えゆくY染色体と男たちの運命」(秀潤社、2014年)とか、「男の弱まり」(ポプラ新書、2016年)という著書があった。読んでみよう。
そして今朝(10月15日)、NHKラジオ “毎朝” で、『82年生まれ キム・ジヨン』 の原作者チョ・ナムジュの第2作(?)の短編集を訳者が紹介していた。
映画では、主人公のキム・ジヨンはどちらかと言えばおとなし目の女性に描かれていた。韓流のテレビドラマで見るような、しっかりと自己主張できる強い女ばかりが韓国女性のすべてではないと感じたが、原作者自身は映画で描かれているキム・ジヨンよりもっとしっかりした女性のようだ。
原作は韓国で180万部、日本で22万部売れたというから、相当に女性の共感を得た作品なのだろう。
2020年10月15日 記