豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

仮定法現在(その1)

2022年03月20日 | あれこれ
 
 ぼくは英語が得意というわけではなかったけれど、なぜか高校生だった昔から「英文法」は嫌いではなかった。
 大学受験時代に青木常雄『英文法精義』(培風館)を一夏かけて通読したことは以前に書いた。その後も、池上嘉彦、斎藤兆史そのほかの著者による、「英文法」に関する新書や文庫を何冊も読んだ。読むたびに「なるほど!」と思うことがあったが、読んだからといって英語力がつくことはほとんどなかった。
 最近では、脳活のために、息子の本棚から田中茂範『文法がわかれば英語はわかる!』(NHK出版、2008年)を引っ張り出して読んでいる。     

 今回の話は、田中氏の本とは直接の関係はないのだが、※ ぼくは「仮定法現在」の変遷について一家言(?)もっている。現役時代だったら、教員控室で同僚の英語の先生をつかまえて、自説を吹聴して反応を確かめることができるのだが、定年後はその機会もないので、ここに書いておくことにした。
 まったくの私論で、手元にある文献を若干参照しただけで、方法論も知らずに自己流で思考し、試行したものなので、眉唾と思ってくださって結構である。
 ※ それどころか、実は、田中「文法がわかれば・・・」には「仮定法現在」の項目すら立てられていないのである。「仮定法」の項目で扱われるのは「仮定法過去」(同書の用語法では「現在を語る仮定法」)と「仮定法過去完了」(同じく「過去を語る仮定法」)だけである(210頁~)。わずかに「仮定法」の章(Chapter 20)の最後に、「広い意味の仮定法」の1つとして「要求・提案・勧告などを表す動詞・・・に続く that 節で(意外な原形)」として、一般に「仮定法現在」といわれる原形について、“I recommended that company invest more in their research section. ”という例文が1つ挙げられているだけである(217頁)。ちなみに同書は「仮定法」が使われる状況を「仮想状況」と説明している。「仮定」や「叙想」よりは内容に見合った用語だと思う。

 「仮定法現在」とは、<ウィズダム英和辞典(第3版)>(三省堂、2013年)によれば、「提案・要求・決定・命令の内容を表すthat 節中に現われる、原形と同じ動詞の形」と定義されている(“suggest”の項、1887頁)。そのようなthat節の中の動詞は時制の一致の規制を受けず、常に原形をとるのである。これが仮定法現在のすべてではないが、主要な場面である(江川泰一郎『英文法解説(改訂3版)』金子書房、1991年、249頁。以下「江川・解説」と略称)。   
     

 江川・解説によれば、この「仮定法現在=(that節内)原形」のルールは、「《米》では普通であるが、《英》でも次第に使われるようになっているが、shouldを使うほうが多い」とある(250頁)。<ウィズダム英和>でも、「《主に英》should +原形」となっている(同上、1887頁)。
 出典は忘れてしまったが(出典が何だったかが重要なのだが・・・)、当時読んだ何かの本の中で、「仮定法現在(原形)は古い英語で用いられていたが、その後、イギリス英語では<should +原形>が用いられるようになったのに対して、アメリカ英語では古い<原形(仮定法現在)>がそのまま使われている」旨の記述に出会った。(※その3を参照)

 仮定法現在の主要な論点である、“suggest”など提案、勧告、要求など(江川・解説250頁)を表す動詞につづくthat 節の中の動詞は原形(「仮定法現在」と呼ばれるが本当は「仮定法原形」だろう[※その3を参照])をとるという文法ルールの歴史的変遷、英語と米語との差異化がどうして生じたのか、にぼくは興味をもった。 
 仮定法現在を導く“suggest” “demand” “insist” “recommend” “require”などの動詞を“suasive verb”(提案・勧告動詞)というが、こういう意味をもつ動詞は、法律関係の英語文献の中で時おり目にすることがあった。法律関係の文章は、決定、命令、勧告、要求、提案などにかかわる内容が多いからだろう。
 ある時以来、この点に関心をもって法律関係の文献を読んでいると、確かにイギリスの文献では“suasive verb”のあとの that 節の中の動詞は<should +原形>を取っているが、アメリカの文献では、<原形(仮定法現在)>になっている。
 どのような理由から、どのような変遷を経てそのようなことになったのだろうか。

 最初にぼくが思いついた仮説というか見立ては、アメリカは独立の過程で、イギリス本国に対して、マグナ・カルタ(1215年)以後のイギリス古来の権利を援用して自分たちの市民的権利を主張した(insist,suggest,recommend ・・・)、そのため独立期前後のアメリカではイギリス古来の「仮定法現在(原形)」が使われたのではないか、というものだった。
 そこで、アメリカ独立初期の法律文書の中から「仮定法現在」が使われている個所を摘出して、この仮説の検証を試みることにした。
 さらに歴史的な変遷をたどるためには、同程度の語彙レベルと文法レベル(格調)で書かれている文献を年代の推移に従って調べなければならない。その素材として、ぼくは歴代のアメリカ大統領の一般教書を選び、そのなかから「仮定法現在」を探し出すことにした。歴代アメリカ大統領の一般教書は、<グーテンベルグ>という無料のネット・ライブラリーで読むことができる。

 初代ジョージ・ワシントンの一般教書から始めて、(歴代全員を調べる余裕はないので)18世紀末のジョン・アダムス、19世紀初頭のジェファーソン、19世紀中頃のリンカーン、20世紀初頭のセオドア・ルーズベルトの一般教書を調べてみることにした。
 彼らの一般教書を<グーテンベルグ>からテキスト・スタイルでダウンロードし、これをMSのWord=ワード文書に転換する。こうしてワード文書化した一般教書の中から “suasive verb” を<ワード>の検索機能を使って検索する。<ワード>の検索機能では、ヒットした該当の単語(例えばsuggest)には黄色マーカーの印がつくので、それにつづくthat 節内の動詞がどうなっているかを調べるのである。
 とてつもなく時間のかかる作業だった。そもそも “suasive verb” がなかなか出てこないうえに、せっかく “suggest” や “recommend” などを見つけても、that 節ではなく、to 不定詞や動名詞で受けていたりして、がっかりさせられることもあった。
 しかし、アメリカ独立初期のワシントン、ジェファーソンを調べている際に、ぼくはある発見(!)をした。そのため、変遷の大まかな見取り図を構想し、結論も想定することができたので、ぼくはこの作業に耐えることができた。
(つづく)

 2022年3月20日 記
 

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