豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

『ユーラシアの自画像--「米中対立/新冷戦」論の死角』

2023年06月01日 | 本と雑誌
 
 川島真・鈴木絢女・小泉悠編『ユーラシアの自画像--「米中対立/新冷戦」論の死角』(PHP、2023年)を読んだ。
 「米中対立/新冷戦」論の死角、というサブタイトルが、まさに本書の内容をというか、本書に収められた17本の各論考の視角を端的に表している。

 ロシアのウクライナへの軍事侵略以降、アメリカ、EUなど西側の「民主主義体制」諸国と、ロシア、ベラルーシ、中国などの「権威主義体制」諸国との戦争、あるいは「リベラル」対「専制」の戦争という捉え方が一般的になったと思うが、本書はそのような見方では、各国の立ち位置の正確な理解はできない、各国のロシア、ウクライナ、中国、アメリカ、EUなどとの距離感は、それぞれの国の内政、権力者の個性や来歴、歴史的事情、置かれている国際環境などによって異なるという。
 そのような視角から、ロシア、中国、北朝鮮、マレーシア、フィリピン、ミャンマー、タイ、台湾、アフガニスタン、イラン、EU、そして(少しだけだが)ウクライナなどの諸国の事情が語られる。

 中国の歴史観が基本的に(日本を含む西側諸国による侵略の)「被害者」という視点に立っており、習近平政権の政策も西側諸国からの「国家の安全」保障を最大の国家目標としていること(川島228頁)、2005年キルギスの「チューリップ革命」を端緒として(そんな革命があったのだった!)、ジョージア、ウクライナなどに波及して旧ソ連邦が崩壊した。
 この一連の動向が「カラー革命」と呼ばれ、西側諸国の支援の下に民主的選挙によって旧政権が崩壊する連鎖が自国にも及ぶことを、ロシアだけでなく中国も警戒した(同所)。 
 ロシアでは、「圧倒的な戦略論」(短期のノックアウト・ブローによって低コストで勝利を得る)や、「ハイテクを駆使した情報戦、サイバー戦」などいくつかの戦争論が唱えられたが、2020年のウクライナ侵略ではことごとく失敗に帰し、ロシアは古典的な戦争へと引きずり込まれてしまった(小泉412~22頁)。

 小泉は、わが国の安全保障政策も、「激しい暴力闘争に耐えられるだけの軍事力を中心として、グレーゾーンにおける非軍事手段にまで切れ目なく繋がったマルチ・スペクトラム型でなければならない」というが(430頁)、相つぐロケット打ち上げの失敗や、日々報じられるマイナンバーカードのトラブルにみられるハイテク化の遅れ、毎年襲ってくる集中豪雨の被害、ほぼ10年おきに起きる大地震(津波、原発事故)、早晩起こるといわれている更なる大地震を考えただけでも、わが国にはムリ筋だろう。

 南沙諸島への中国進出の問題があるためか、「ユーラシア」と銘うつわりには、本書が取り上げた国家は東南アジアに偏っている印象である。「ユーラシア」というのだから、バルト3国、コーカサス諸国などの旧ソ連邦の国家(とくにウクライナはぜひとも独立した1章を設けてほしかった)、インドについても(多少は触れられていたが)もっと知りたいところであった。
 そうは言いつつ、本書は435頁もあるボリューム十分の本である。あまりこの分野の読書をしない私としては、廣瀬陽子『コーカサスの十字路』(集英社新書、2008年。この本は面白くて勉強になった)くらいの分量と密度で、同書以後の旧ソ連邦諸国の国内動向、対外関係とくにEU、アメリカとの関係をもう少しコンパクトにまとめた新書版を期待したいところである。
 紋切型の「米中(露)対立論」に立った新書版が出ているのだから、分析密度の濃い本書も、アジア編と中東欧編の2冊に分割して新書版で対抗したほうが「戦略的」にもよかったのではないかと思う。

 2023年6月1日 記

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