ジョルジュ・シムノン「名探偵エミールの冒険1 ドーヴィルの花売り娘」(読売新聞社、1998年、長島良三訳)を図書館で借りてきて読んだ。
シムノンは久しぶり、メグレ警部ものではないシムノンはさらに久しぶりである。
「名探偵エミールの冒険」シリーズは全4巻で、すべて長島良三訳。原書は1943年の刊行で14作品を収めた1冊本だったようだ(G・Simenon,“ Les Dossiers de l'Agence O ”,GALLIMARD,1943)。
第1巻には、「エミールの小さなオフィス」「掘立て小屋の首吊り人」「入り江の三艘の船」「ドーヴィルの花売り娘」の4つの短編が入っている。かつてメグレ警部の部下の刑事だったトランスが(名目上は)所長を務める私立探偵事務所の実質的経営者にして名探偵のエミールが主人公。
メグレものの気だるいパリの街並みや気候の描写を期待して第1話「エミールの小さなオフィス」から読み始めたが、期待はずれだった。犯罪は宝石強盗で、犯人はまるで怪盗ルパンのような名人芸、対するエミールはまるで名探偵ホームズのような名推理と大活躍、といった話なのである。
「ドーヴィルの花売り娘」は表題になっているくらいだから一番良いのかと思ったが、これもタネ明かしにがっかりした。
せっかく図書館で全巻借りてきたのだから、せめて各巻1話だけは読んでから返却することにした。各巻から1つ選ぶなら、表題になっている作品がいいだろう。
第3巻は「丸裸の男」を選んだ。警察による売春バーの一斉摘発でホームレスのような姿の男が警察署に拘引されて来た。そして丸裸かで身体検査を受ける。この男、実はパリでも有名な弁護士だったのだが、たまたま署内で見かけたトランスに助けを求める。なぜ彼はそんなのところで捕まることになったのか、といった導入から話は始まる。
「巨匠シムノンの知られざる野心作」と表紙の帯(その一部分が切りとって扉に貼りつけてあった)の惹句は言うのだが、残念ながらぼくにはそうは思えなかった。
第4巻は「O探偵事務所の恐喝」。表題作であり、第4巻そしてシリーズ全体の最終作である(全1巻の原書でも14作の最後に収録されていた)。O探偵事務所を訪ねてきた依頼者とエミールとの相談内容が外部に漏れてしまい、これをネタに事務所が恐喝される。事務所の信用が失墜しかねない事態に陥ってしまうのだが、この危機を救ってくれた事務所の秘書嬢とエミールが結ばれる(らしい)という結末でシリーズは終わる。表紙の帯には「濃厚に漂うパリのムードと繊細巧緻な人間描写」とあるが、そうだったかな・・・?
第4巻巻末の訳者解説によると、シムノンは第2次大戦のパリ解放後にアメリカに移住し(なぜか?)、英語で読んだダシール・ハメットの私立探偵ものに影響を受けて、このシリーズを書いたという。カリフォルニアの乾いた風土と、パリのどんよりと雲った空気は違うだろう、どうせなら舞台もカリフォルニアにしてしまえばよかったものを、と思う。
最後に第2巻「老婦人クラブ」が残った。この巻は題名からして読む気になれないのだが、読んだほうがいいだろうかと読む前の段階からすでに悩ましい。読まないことになるかな・・・。
40年以上昔に、白いアート紙のカバーがかかった集英社版「シムノン選集」全4巻(だったか)を古本屋で見つけて買ったことがあった。この時もメグレものの雰囲気を期待したのだったが、第1巻「雪は汚れていた」を読んだが、メグレ警部のようには面白くなかったので(内容はまったく覚えていない)、それ以降の巻は読むのをやめ、結局4冊まとめて古本屋に売ったか捨ててしまった。
シムノンは生涯で2、300冊の小説を書いたというから(第4巻の訳者解説によれば、メグレもの84編、その他の中編200冊、短編は1000編以上も書いたという!)、中には凡作、駄作も多かっただろう。
ぼくはメグレもの以外のシムノンは好きになれなさそうだ。
2024年10月4日 記