豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

NHKスペシャル「下山事件」(2024年4月某日)

2024年04月15日 | テレビ&ポップス
 
 数週間前に、NHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」を見た(下の写真)。
 下山事件とは、昭和24年(1949年)に起きた、下山定則国鉄初代総裁の不審な鉄道死亡事件のことである。7月のある雨の夜中、常磐線北千住・綾瀬駅間の五反野ガード付近で、下山総裁の轢断死体が発見された。
 当時の国鉄は、復員兵を大量に雇用するなどしたために人員過剰状態にあり、占領軍の指示によって10万人規模の馘首(解雇)をめぐって会社側と労働組合との間で熾烈な闘争が繰り広げられていた。当日朝、車で出勤の際に下山は銀座三越前で止めるように運転手に指示し、下車してデパート内へと消えた。しかしそのまま会議の時間を過ぎても下山は出勤せず失踪し、その夜半になって轢死体となって発見された。
 渦中にあった下山総裁の死をめぐっては、警視庁捜査一課と慶応大学法医学教室は自殺説をとり、捜査二課と東京地検(布施健)および東大法医学教室(古畑種基)は他殺説をとって対立した。
 他殺の線が濃厚になって来たところで占領軍が介入しきて、結局捜査は強制的に終了となる。

   

 番組では、敗戦後に日本に進駐したアメリカ占領軍の諜報機関の一員だったキャノン大佐に生前に行なったインタビューや、制作当時は生存していたアメリカ軍の諜報機関員へのインタビューなどもあって、興味深かった。
 とくに布施健検事が他殺説の立場から捜査を指揮していたことは知らなかった。布施は後に検事総長となり、ロッキード事件の際に田中角栄首相を逮捕した人物である。ロッキード事件もアメリカの絡んだ謀略説が唱えられているが、戦後間もない時期の下山事件に布施が関わっていたのは奇妙な符合である。
 ドキュメント番組としては面白かった。ただし、事件から70年以上経過したとはいえ、轢断死体の一部が写っている現場写真が登場したのにはギョッとした。その夜、わが家の近くの駅で人身事故が起きた現場を目撃した夢を見てしまった。

 その後、下山事件が気になって、松本清張「日本の黒い霧(上)」(文春文庫)の「下山国鉄総裁謀殺論」を改めて読み直した。
 まだ大野達三のドキュメントくらいしか出ていない時期の執筆のようだが、ほぼNHKドキュメントに近い推理になっている。さすが松本清張である。NHKでは触れなかった(と思う)吉田茂(当時の首相)、加賀山之雄(当時国鉄副総裁)らの言動も興味深い。
 面白かったので、眼科の定期検診の待ち時間に持参して読んでいたのだが、検査結果は眼圧が前回より1上がってしまっていた。目と脳に負担がかかってしまったのだろうか。

 たまたま昨日の東京新聞に宮田毬栄さん(中公の編集者)のことが載っていた。彼女の姉の藤井康栄さん(文春の編集者)とは、40年以上昔に(知り合いの文春の編集者の紹介で)お会いしたことがあったような気がしたので、googleを眺めいて、藤井忠俊「黒い霧は晴れたかーー松本清張の歴史眼」という本があることを知った。
 渡米した岸田首相のアメリカに迎合する情けない姿をニュースで見るにつけ、黒い霧はいまだに晴れることなくわが国を覆っていると思わざるを得ない。

 2024年4月15日 記

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