そろそろやめようと思いつつ、ついつい今朝もNHK朝の連ドラ「虎に翼」を見てしまった。
高等文官試験司法科に合格した三淵が、なぜか雲野(「うんの」?)法律事務所で修習をしていた。三淵が実際に海野普吉弁護士の事務所で修習したのかは知らないが、今朝の放送で雲野弁護士が受任した「落合信太郎」(だったか?)の出版法違反事件は、おそらく河合栄治郎事件と思われる。
番組の中で、出版法違反事件の対象とされた著書として雲野の机の上に積まれていた本が「社会政策概論」とか「マルキシズム研究」などだったが(よく見ていなかったので書名は怪しい)、河合が東大経済学部の社会政策講座の教授であり、出版法違反の対象とされた著書が「社会政策原理」その他だったことに符合する。
この河合の事件の弁護人となったのが海野普吉弁護士である(潮見俊隆編著「日本の弁護士」日本評論社、1972年、上と下の写真)。
海野弁護士は、戦前の治安維持法違反事件や出版法違反事件で多くのマルキスト系の被告を弁護しているが(その多くは検察側がでっち上げた事件であった)、政府や検察の弾圧が自由主義者にも及ぶようになると、河合や津田左右吉の出版法違反事件も弁護している(潮見「海野普吉」同書から。上の写真)。なお、潮見は「普吉」に「ふきち」とルビを振っているが、「しんきち」が正しい呼び名ではないか。少なくとも命名した「普吉」の父親は「しんきち」のつもりだったようだが・・・。
河合の事件は一審の東京地裁では無罪判決を勝ち取っている。無罪を言い渡した裁判官が石坂修一(裁判長)、兼平慶之助、三淵乾太郎だった。三淵乾太郎は戦後初代の最高裁長官になる三淵忠彦の息子で、のちに三淵嘉子の夫となる人物である。ドラマではどう描くのだろうか。
なお、河合事件は第2審の東京高裁で逆転有罪となり、大審院で上告棄却となり有罪が確定した(昭和18年6月25日)。この事件の大審院の裁判長は三宅正太郎で、潮見によれば、三宅は進歩的司法官をもって任じながら立身出世の傾向が強かったので、敗訴するのではないかという海野の予想(不安)が的中したという(潮見「海野普吉」同書331頁)。
三宅正太郎がそういう人物評を受ける裁判官であるとは知らなかった。上の写真の左下に表紙がちょっとだけ写っているのは、三宅正太郎「法律 女の一生」(中央公論社、昭和9年)である。三宅の同名のラジオ講座を活字化したものだそうで、穂積重遠が前書で推薦の文章を書いている。ここでも「虎に翼」の穂高教授(穂積)がかかわる。なお、三宅の肩書は東京地方裁判所長となっている。
そろそろ「虎に翼」はやめようと思いつつ、こんな風に現実の事件が脚色されて登場するとなると、戦後の最高裁長官として「裁判の独立」を唱えながら、自身は砂川事件に際してアメリカ大使らと秘かに密談していたことが、最近になってアメリカ側の公文書公開によって暴露されてしまった田中耕太郎や(布川玲子・新原昭治編著「砂川事件と田中最高裁長官ーー米解禁文書が明らかにした日本の司法」日本評論社、2013年)、いわゆる「司法の危機」時代の石田和外などをどう描くのか、かれらと猪爪寅子はどうかかわるのかを見ておきたい気持ちもわいてくる。
三淵長官の頃は「憲法の番人」と期待された最高裁判所が、やがて「政府の番犬」とまで蔑まれるようになっていく時代を、NHKはどこまで描くことができるのだろうか。
2024年5月11日 記