おはようございます。
国立西洋美術館のロンドンナショナルギャラリー展、その3です。今回は第6章と第7章です。最終章ではモネ、ルノアール、ドガ、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホとオールスター勢ぞろいとなります。
第1章 イタリア・ルネサンス絵画の収集
第2章 オランダ絵画の黄金時代
第3章 ヴァン・ダイクとイギリス肖像画
第4章 グランドツアー
第5章 スペイン絵画の発見
第6章 風景画とピクチャレスク
第7章 イギリスにおけるフランス近代美術受容
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 全61点作品紹介 ムービー
第6章 風景画とピクチャレスク
18世紀後半からイギリスでは、調和を尊ぶ古典的な美とは異なる、不規則で荒々しい「絵のような(ピクチャレスク)」美を尊ぶ価値観が流行し、同時に風景画が隆盛しました。そうした価値観の根底を形作ったのは、クロード・ロランを筆頭とする17世紀の理想風景画でした。そうした17世紀絵画からコンスタブルとターナーというロマン主義風景画の二人の巨匠にいたる流れがいかにして生まれたのか、作品を通じて検証します。(公式サイトより)
二コラ・プッサン 《泉で足を洗う男のいる風景》 1648年頃

クロード・ロラン(本名クロード・ジュレ) 《海港》 1644年 ロランはターナーの師匠。

トマス・ゲインズバラ 《水飲み場》 1777年以前 イングランドで描かれた最も素晴らしい風景画と評された。

ジョン・コンスタブル 《コルオートン・ホールのレノルズ記念碑》 1833-36年 同郷の先輩画家を弔う記念碑

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 《ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス》 1829年 太陽の光に包まれた巨人退治の物語

第7章 イギリスにおけるフランス近代美術受容
最終章では、19世紀フランスで進んだ近代絵画の改革がどのようにしてイギリスにもたらされていったのかを紹介します。ピサロやモネのようにイギリスを訪れて制作した画家もいましたが、同国では一般的に印象派やポスト印象派の受容はフランスに比べかなり遅れ20世紀に入ってから本格的な収集が進むことになります。アングルから印象派を経てゴッホ、ゴーガンに至る流れを、イギリスの視点から紐解きます。(公式サイトより)
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《アンジェリカを救うルッジェーロ》 1819-39年 フランス新古典主義が理想とした肉体美

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《西方より望むアヴィニョン》 1836年 バルビゾン派の巨匠が描く南仏の古都

アリ・シェフェール《ロバート・ホロンド夫人》 1851年

アンリ・ファンタン=ラトゥール《ばらの籠》 1890年

カミーユ・ピサロ《シデナムの並木道》 1871年

ピエール=オーギュスト・ルノワール《劇場にて(初めてのお出かけ)》 1876-77年

エドガー・ドガ《バレエの踊り子》 1890-1900年頃

クロード・モネ《睡蓮の池》 1899年

ポール・セザンヌ《プロヴァンスの丘》 1890-92年頃

ポール・ゴーガン《花瓶の花》 1896年

フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》 1888年


最高の展覧会でした。会期中にもう一度、行きたい。(完)
それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!