気ままに

大船での気ままな生活日誌

彼岸過ぎまで(2)”北宋 汝窯”展

2010-03-23 15:37:08 | Weblog


彼岸過ぎまで、大阪旅行の記事を書く、第2弾(笑)。大阪市立東洋陶磁美術館で開催されている”北宋汝窯青磁 - 考古発掘成果展”をみにいってきた。2年半ほど前、台湾の故宮博物館を訪ねたとき、北宋汝窯の青磁の、雨上がりの空の色”雨過天晴”と賞される、美しい青色に感動して、それ以来フアンになっている。フアンになっても、汝窯は消滅していて、その窯の作品は世界中でも70点ほどしかなく、めったに観る機会がないのだ。

それが観られるとゆうので大阪まで来た。今回の特別展示は、最近、中国の考古学研究所が河南省の汝窯跡地の発掘調査を進め、そこで新たにみつかった作品(破片を組み合わせたものが多かったが)の、我が国初の公開なのである。楽しみにしていた展覧会だった。

ぼくは、前述の”雨過天晴”色にひと目ほれたので(汗)、あの天青色でなくては困るノダ(笑)。ちょっと緑がかったものも結構多く、それらはちらりと横目でみて(笑)、故宮博物館でみた、天青色に近いものの前で立ち止まった。汝窯のものは、模様のないのが普通だけど、今回のは、模様がついているものが主体であった(模様といっても、よくみないとわからないようなもの、どれが龍の模様?と言った感じ)。青磁印花龍浪涛文鉢とか、細かい貫入の入った、青磁印花蓮弁文鉢、明るい天青色の青磁弦文瓶等々、いくつか気に入ったものを名前を手帳にメモしてきた。それなりに満足した。

ちらしの写真から。実際はもっと青みがかっている。


知らなかったが、東洋陶磁美術館所蔵のものもあって、これは、とてもいい色で気に入った、特別展の最後の部屋に、飾られていたが、いちいち名札をみないので、てっきり、これも中国のものとして観ていた。あとで、売店で絵ハガキを買って、あっ、あれだと思って、引き返して、よくみたら、ここの所蔵品だった。もっと、はっきり示して欲しい(笑)。これが一番良かったノダ。”青磁水仙盆”とゆう名前がついている。まさに天青色で、申し分ない。故宮でも似たようなのがあったのを憶えているが、楕円形の汝窯の盆は、台湾の4点とこれしかないそうだ。お尻(底部)が、とくにうつくしい色だという説明があったが、覗きができないのが残念であった(汗)。”猫食盆”(猫の餌入れ)でなかったかという説もあるらしい。高貴なにゃんこ専用だったのだろうか(笑)。これを観ただけでも、ここに来た甲斐があった。


はじめて入った美術館だったので、常設展や初代宇野宗甕(そうよう)の陶芸の特集展などもゆっくり観て来た。とくに安宅コレクションもあり、すばらしいものばかりで、近くに住んでいれば、何度でも来たい美術館だった。いくつか気に入った絵ハガキを買ってきたので、今日はそれを紹介するにとどめたい。”彼岸過ぎまで”が近づいているので(汗)。

国宝 飛青磁花生 (龍泉窯/元13~14世紀)


青花 草花文 面取瓶 (朝鮮18世紀)


重文 青磁鳳凰耳花生 (龍泉窯/南宋時代 12世紀)

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春彼岸の一日

2010-03-22 18:45:38 | Weblog
昨日とはうってかわって、穏やかな春彼岸の一日。父母の眠るお寺にお墓参りに行ってきた。菩提寺は、いつも武蔵小杉駅からタクシーで行く。先日、横須賀線に新しい駅、武蔵小杉駅が開業した。今まで、横浜から東横線に乗り換えていたが、乗り換えなしでいけるようになり、便利になった。実家のあった新川崎駅の次の駅なのだ。

新駅の隣りを新幹線がびゅーっと走り去っていった。

新駅開業おめでとう。

菩提寺の大銀杏は樹齢600年。ここのは倒れず頑張ってくれた。よかったね。乳銀杏の別名もある。おっぱいのみたい(爆)。

お墓参りをして、帰り際、バイモ(貝母)の花をみつけたワイフ。去年も春彼岸のときに咲いてたわ、とよく覚えている。茶花にこの季節、よく使うそうだ。”春彼岸花”だな。

大船から家に向かう途中の砂押川の桜並木のいくつかのソメイヨシノが開花宣言をしていた。おめでとう。

夕方、稀勢の里も連勝。開花宣言をしていた。おめでとう。


のどかな春彼岸の一日だった。
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彼岸過ぎまで (1)大阪城の石垣

2010-03-22 09:39:15 | Weblog


夏目漱石の小説”彼岸過ぎまで”の題名は、この本を彼岸過ぎまで、書き上げないという単純な発想でつけたものだそうである。ぼくも、彼岸過ぎまで、大阪旅行の原稿を仕上げなければならないと思い、こういうタイトルにした(笑)。何故かというと、金曜日からまた、九州旅行にでかければならないし(汗)、クラス会の写真も出来上がったので、幹事として、その頃までには、郵送しなければと思っているのだ。なんとか、会費内でおさまって良かった(そんなこと、誰も聞いてないって?)結構、暇だけど、多忙なのだ(汗)。

それに今日はお彼岸のお墓参りに行くので、それまでに一本仕上げてから出掛けようと思っている。まるで、流行作家みたいだな(爆)。

大阪城は、梅が咲いているときに一度行ったくらいで、天守閣に登ったのも今回が初めてだし、ゆっくりと、城内公園を巡ったのも初めてだった。広大な敷地なので、それでも半分も廻っていない。

大阪城は秀吉が建てたものだが、その後、家康が天下をとったあと、ぶちこわし、新たに、全国の大名に普請し、立て直したものだそうである(知らなかった)。だから、石垣なども、全部、家康のときのもので、秀吉時代の石垣とはダンチにりっぱなものになっているノダ。たしかに、すばらしい石垣だった。ワイフの故郷、熊本城もりっぱだが、ワイフも、ここにはかなわんとシャッポを脱いだ。で、ぼくも、天守閣や櫓よりも、石垣に目を奪われた。実際工事費用の7割は石垣などの土木工事に使われたと、なにかの本に書いてあった。

天守閣もりっぱだが、ちなみに今の天守閣は3代目で、昭和3年に市長が再建を提案し、大阪市民の寄付をつのり、目標の150万円をあつめ、建てたとゆうから、当時の大阪市民はえらいと思う。今なら、一般市民は、なんとか手当てやら、なんやかんやら貰うことばかり考えて、金持ちは金持ちで、そんなのは税金でやれと、びた一文出さないだろう。

”大阪城の石垣は100%花崗岩の切り石ばかりで、石垣全体にみられる扇の紅梅の見事な曲線も石積みの技術の高さをしているし、巨石のふんだんな使用も目を見張るものがある”と図書館で借りた渡辺武著”大阪城歴史散策”に書いてある。たしかに、すごいなと思う。いくつか写真を撮ってきたので、そんな目でみて欲しい。





前述のように、これらの石垣工事は家康が、全国の大名にやらせているので、石材は全国からよりすぐりの石が集まっているのだが、それらの石には、自分らの家紋を刻んでいるのが面白い。肥後藩とか若狭小浜藩(オバマ大統領を応援した)、丹後宮津藩とかのシンボルがみられる。こうゆうのを探すのも面白いだろう。これは何藩だろうか、○に+が入っている。島津藩かな。



巨石も多い。よく運んだなと思う。


これが、大阪城で一番とゆう、桜門の巨石。真ん中のが最大で”蛸石”という。左側が振袖石で場内3位だとのこと。大きさがわかるように、美人モデルを立たせた。うちの奥さんである(汗)。


石垣以外にも、見どころたくさん。でも時間が足らなくて、とても全部はみられなかった。
これは豐国神社。秀吉の遺言で京都の東山に建てられたが、滅亡後、社は衰退したが、明治元年、天皇により京都に再建され、後に中之島に別社が建立され、昭和36年、それがここに移築されたとのこと。

なんとか櫓。櫓は重要文化財のものがいくつかある。これもそのひとつだと思う。

こんなに広い。築城前はこの地は、石山本願寺であったので、蓮如上人の袈裟架の松なども観たかったが、雨も降り出し、次回ということにした。



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春の嵐 四大関全敗

2010-03-21 18:52:13 | Weblog
今朝未明からの春の嵐のように、春場所中日に春の嵐が吹き荒れた。四大関がそろって完敗。その刺客一番手が、わが稀勢の里。

稀勢の里、お得意さん魁皇を寄り切る。

小兵力士に弱い琴欧州、今日まで勝ち星なしの、刺客二番手、土佐豊に押し倒しで負ける。

これまた、お得意さん日馬富士を刺客三番手、琴奨菊が押し出す。


とどめは、必殺仕置人、安美錦。お得意さん琴光喜を寄り切る。


春の嵐はまだまだ吹き荒れた。弓取り式で、めったにないことが起こった。力士が、弓を落としてしまったノダ。嵐に吹き飛ばされてしまったノダロー。

さあ、稀勢の里、明日からは、嵐を呼ぶ男になろう。石原裕次郎だ。♪おいらはドラマー、やくざなドラマー、おいらが敲けば、嵐を呼ぶぜ♪ 

そうだ、敲けばいいのだ。みんなが良くないという、張り手差しでいこう。世論の反対のことをやればだいたい世の中、間違いないノダ(爆)。残りは全勝だ。大阪で買った塩昆布をつまみで”完敗”じゃない”乾杯”だ。血圧もさらにあがるだろう。



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大阪レトロの建物 あれもこれも

2010-03-21 12:03:33 | Weblog
前回、紹介した泉布観や旧桜宮公会堂は、現役引退の”廃墟”だったが、大阪城内にあるこの建物も最近現役を引退した。まあ、ぼくのようなものである。ちょっと前まで大阪市立博物館だった。ボランティアガイドさんに聞いた話だが、7,80年前に大阪城天守閣再建と同時に出来た陸軍施設で、大阪市民の寄付金でできたそうだ。左右対称のロマネスク様式。現在は”廃墟”となっているが、落ちぶれれてゆく様がなんともいえずいい(笑)。ついでながら、新しい博物館は、近くにあり、なんと上野で見た”聖地チベット”をやっていた。



これは大川の遊覧船からみた、大阪城公園内の旧陸軍施設、大阪砲兵工廠。これも廃墟だろう。


廃墟ばかりではなく、現在も現役とゆうレトロの建物も多い。中之島には何度か行ったが、今回もまた行ってしまった。大川から観た、大阪市中央公会堂。重要文化財。明治44年に岩本さんとゆう株屋さんが100万円を寄付してつくったそうだ。今の財界人に、そんな人がいるだろうか。岡田信一郎の提案をもとに辰野金吾ら当時の錚々たる建築家の設計で、5年の歳月をかけてつくったそうだ。ちょうど、この日、ここで高校生の卒業式が行われていた。




その近くに、府立中之島図書館がある。明治37年に第15代住友吉左衛門氏の寄付によってつくられたものである。設計は住友家の建築技師長であった野口孫市。中にも入ってみた。ドーム状の中央ホールはすばらしかった。図書室も覗いてみた。静かな雰囲気で、近くに住んでいたら、しょっちゅう来てしまうだろうなと思った。昔の大阪の風景を描いた本などを30分ほどながめていた。重要文化財の図書館なんて、ここぐらいだろう。


日銀大阪支店旧館。明治36年施工。辰野金吾ら設計。


この近くに尾形洪庵の適塾があったはずと、橋を渡り、捜しに行った。すぐ見つかった。大村益次郎や福沢諭吉も塾頭をつとめた有名な塾だ。建築学的にも、江戸時代の町屋の姿をとどめているとゆうことで、史跡、重要文化財になっている。もちろん、中にも入った。さまざまな資料があり、勉強になった。また別の機会に紹介したい。この施設は、大阪大学の管理になっている。医学部の源泉は適塾だという。阪大総合学術博物館の企画展のポスターがあり、”えがかれた適塾”展が4月から開催されるそうだ。手塚治虫は尾形洪庵の”陽だまりの樹”を描いているが、手塚も阪大医学部出身だし、彼の祖先も適塾の生徒だったというのも面白い。


おどろいたことに、その近くに、重要文化財の幼稚園があった。大阪は図書館だけではなく、幼稚園まで重文なのだ。たいしたものだ。


そのまた、近くに、これは重要文化財ではないが、古そうな昆布屋さんがあった。ワイフがお土産にいくつかの商品を買っていた。ぼくは塩昆布が大好きだ。お医者さんには、お酒と塩は控えるように言われているが、ほとんど無視している(爆)。
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大阪レトロの建物(1) 泉布観(館)

2010-03-21 09:51:06 | Weblog
大川沿いの帝国ホテルに泊った。なんと、2食ついて1泊、1万2千円。ホテル開業120周年記念で(大阪のはたぶん10年ほどだけど)、12000円という、大サービス料金なのだ(去年、数日間だけの限定予約をワイフが一休でみつけたノダ)。もし、80周年記念なら、朝夕食つきで8000円だったところだ(笑)。値段も格安だったが、なかなかいい場所にある。大川の両岸は、もう今にも、咲こうかという桜並木がずらりの、すばらしい散歩道が続いていて、あの、ぼくが去年行った、”通り抜け”の造幣局なんかもすぐそばなのだ。

2日目、造幣局の博物館をみたり、その先の藤田美術館等を見物したのだけれど、そのときに造幣局前に、廃墟のようなレトロな建物があった、ぼくが柵の外から覗きこんでいると、中にいた若い人が明日から3日ほど一般公開しますから、どうぞと声をかけてくれた。

で、3日目の昨日、10時会館というので出掛けてきた。到着すると、もう早めに入れていていて、古い建物ですから30名しか入れませんので、と10名くらいの人が列をつくっていた。大阪の人はレトロの建物が好きらしい(笑)。



泉布観(館)といって、明治4年建築の、大阪最古の洋風建築だという。造幣局の応接所だったところで、英国人のウオートレスの設計で、造幣局の全施設を設計し、銀座の煉瓦街も彼によるものだという。昭和31年、洋風建築として初めて国の重要文化財に指定されたとゆうからすごいことだ。大正時代、女学校として使われたこともあるそうだが、今は”廃墟”である。偶然、中を見物する機会ができてうれしかった。

煉瓦造り(外壁が白く塗られていて一見分からない)2階建で、建物の廻りにベランダを巡らせた”ベランダコロニアル”様式だ。柱はすべて花崗岩で、柱の形態はトスカナ式。


撮影自由だったので、階段、暖炉、証明器具、鏡等、部屋の内部を撮ることができた。












レトロだけど内部はモダンだった。外をみると、待ち行列がさらに長くなっていたので、10分ほどで、出てきた。

(行列)


同じ敷地に、あるこの建物も廃墟だった。旧桜宮公会堂玄関で、明治4年、造幣局鋳造所の正面玄関だったのを、昭和10年に、ここに移築し、改造し、明治天皇記念館として使用してたとのこと。正面玄関部分のみが国の重要文化財になっている。


偶然、こんな貴重な建物の内部をみられて、ホテル代だけではなく、これもずいぶん得をした気分だった。大阪にはレトロな建物が多いので、また次の記事もそのシリーズである。

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ただいま 大阪から

2010-03-20 21:14:33 | Weblog


今朝の、大阪の大川沿いのホテルからみた、生駒山から登る朝日です。今日一日、上着がいらないくらいの暖かさでした。大川沿いのソメイヨシノも開花しました。二泊三日の大阪小旅行を終え、今帰ってきたところです。


新幹線は時間通りでしたが、小田原下車からが大幅の遅れになってしまいました。強風のため熱海から小田原までの東海道線が徐行運転ということで、なんと40分待ち。でも、なんとか、その後は順調に運行。無事、我が家に辿りつきました。明日から、トホホの旦那とゲゲゲの女房の大阪珍道中のお話しをしたいと思います。
。。。

大阪場所の稀勢の里、ぼくが大阪にいた3日間、なんと3連敗。豪栄道豪太郎は、骨折で休場と、トホホの結果になってしまいました。

では。
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いざ大阪へ

2010-03-18 08:13:33 | Weblog
これから大阪に向かいます。今回は、トホホの旦那だけではなく、ゲゲゲの女房も一緒です。だから、道頓堀あたりをうろついてばかりはいられません(汗)。藤田美術館とか、東洋陶磁美術館とかの美術館巡り、そして大阪城、住吉神社もと思っています。ホテルは、ひとりのときは、いつも難波辺りですが、今回はゲゲゲ好みのところです。大相撲もできれば行きたいと思っていますが、いつもの通り、気ままな旅ですので、結局のところ、大阪には泊るだけで、京都か神戸、はたまた奈良に行っていたりするかもしれません。

2伯3日ですので、ブログは1,2日、お休みすることになると思います。
PCのお留守番は、フラワーセンターの花子さん達にお願いしました。ではまた。

若い母娘と菜の花

中高年母娘と雪柳 帽子をとれば同じ色

中高年カメラマンと木蓮

誰もみてない、無視されている土佐みずき。脱藩するぞえ、もし。

紅白の花桃 花より果実 

花のリクライニングシート。  


そうそう、花で思い出した、花粉症の薬をわすれないようにしないと
それと、今日、稀勢の里、白鵬を破りますように。

新幹線は小田原から乗ります。お見送りは不要です。
新大阪にはお昼頃到着です。きつねうどんが楽しみです。お出迎えも不要です。
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稀勢、豪栄道 2勝目

2010-03-17 18:36:35 | Weblog
大阪場所4日目、稀勢の里、ライバル豊ノ島を押し出し、2勝目、星を五分に戻す。 明日は白鵬戦。なんだか勝ちそうな予感。ぼくが大阪に行く日だからね。府立体育館に行ってみるかな。ただ、ぼくが応援に行くと、必ず、負けるから、ホテルのテレビ観戦としよう。もし、勝てば、勢いに乗り、二桁勝利も夢ではない、と、いつも虫のいいことばかり考えてしまう。



豪栄道豪太郎も、大関琴光喜を破り、五分の星に。地元の応援で、調子に乗ってきたぞ。二桁勝利は間違いない、とまたぼくも調子に乗ってきてしまう。今晩のお酒は、昨日のこともあるし、自重しようと思ったが、祝い酒といこう。 すぐ、気が変るんだから、トホホホの旦那。それにしても、琴光喜、カド番だけど、危なくなってきたな。



せっかく、大阪まで行くのだから、春場所に是非行きたいな。また気が変わってしまった。
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桜、さくら 弥生の空に

2010-03-17 11:35:02 | Weblog
弥生3月。昨日の午前中は暑いくらいの陽気でした。近くのフラワーセンターへ桜見物に。ソメイヨシノはまだまだですが、早咲きの桜が満開でした。

春めき。文字通り、春めいてきました。


おかめ桜。文字通り、かわいい桜です。 


敬翁桜。 お年寄りを敬いましょう(汗)。子供もかわいがりましょう。


大寒桜。 うしろは土佐みずき。龍馬がついてるぜよ。


玉縄桜 原株。 葉桜になりかけています。


一昨年、台風で倒木した大島桜。今年も元気でがんばっています。

蕾も膨らんできました。大銀杏もがんばってくださいね。


。。。

富士山もみえました。富士と桜のイメージでしょうか。


祝日でもないのに、日の丸がはためいていました。よくみると、世界で一番、シンプルで、かつ、うつくしいデザインの国旗ですね。誰がデザインしたのだろうか。


フラセン(ぼくがつけたフラワーセンターの略称)の弥生の空は、見渡すかぎり、桜、さくら、サクラでした。
。。。

今日のつぶやき

昨夜、腹痛(たぶん、飲みすぎ、食べ過ぎ)で未明までよくねむれませんでした。もう直りましたが。明日からの大阪小旅行のため、今日は自重します。
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