【tv】ぶらぶら美術博物館「クリムト展 ウィーンと日本1900」
開催中の美術展や博物展を紹介する番組。今回は東京都美術館で開催中の「クリムト展 ウィーンと日本1900」を取り上げていた。これも近々見に行く予定なのでメモ取りながら鑑賞。ということで備忘メモとして記事にしておく😌
今回の解説は美術評論家の千足伸行先生(Wikipedia) 千足先生によりますと、グスタフ・クリムト(Wikipedia)は近代の画家でも展覧会を開催するのが難しい画家なのだそう。というのも作品が約200点と少なく、展覧会でもメインとなる人気画家であるため所有者から借りるのが大変だから。そんな中、今回は25点を展示しているそうで、これは最大規模。さらに、前回(記事はコチラ)取り上げた国立新美術館で開催中の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」と併せると、東京にかなりの点数が来ていることになる。これは見なきゃね!
グスタフ・クリムト「レースの襟をつけた少女の肖像」
クリムトは学生時代に友人の画家フランク・マッチュと先生の仕事を手伝っていた。2人はクリムトの弟エルンストと共に芸術家カンパニーを立ち上げる。これはビジネスとして大成功。ブルク劇場の天井画など大きな仕事を手掛けており、この仕事でカンパニーは金十字勲章を受けているのだそう。そして1897年にウィーン分離派(Wikipedia)を立ち上げ、黄金様式と呼ばれる時代に入っていく。
グスタフ・クリムト「ヘレーネ・クリムトの肖像」
ヘレーネ・クリムトは弟の娘。エミーリエ・フレーゲの姪でもある。顔はとても丁寧に描いているが、首から下は自由な感じ。1898年なので「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「パラス・アテナ」と同じ頃描かれた。転換期。過激派ではないので
急激に作風を変えることはしない。この絵はホントかわいい。きっと姪っ子のことかわいがっていたんだろうな😌
グスタフ・クリムト「女ともだちⅠ(姉妹たち)」
黄金様式確立。金以外も使用。黒を大胆に使うことで、若い女性の肌が際立つ。顔以外があいまい。平面でベタ塗りだが、これは日本の影響ではないか。1873年のウィーン万国博覧会(Wikipedia)により日本ブームが起きた。画風が変化する左下や右上に描かれている柄は、日本の着物などの柄や文様に見える。クリムトは日本美術のコレクションをしていたことでも有名。日本美術の他にもビザンチン様式の影響も伝えられているけれど、これはやっぱり日本の影響かなと感じる。この作品ポスターみたいで面白い。この縦長の構図は「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「エミーリエ・フレーゲ」の構図にも似ているとのこと。
グスタフ・クリムト「17歳のエミーリエ・フレーゲ」
絵自体は古典的な作品。でも、額に梅が描かれているのは日本美術の影響が感じられる。額に装飾を施すのはヨーロッパの伝統だが、その場合は左右対称になる。日本美術にはそれはないので、この額の描き方は日本からの影響。「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「エミーリエ・フレーゲ」は28歳のエミーリエを描いているが、これは17歳で知り合った頃。クリムトの愛情を感じるとのこと。エミーリエはとても自立した女性だったそうだけれど、17歳でこの顔立ちは本当に知的でしっかりした女性だったのだと感じる。そして、この額が素敵。琳派(Wikipedia)の影響かな? ちょっと酒井抱一(Wikipedia)を感じる。
グスタフ・クリムト「赤子(ゆりかご)」
1917年晩年の作品。色彩がフォービズム(Wikipedia) 的。ピラミッド形に積み上がって、その上に赤ちゃんがいる。積み上げるにしたってねぇ的なことを千足先生がおっしゃっていて笑った🤣 これほど積み上げたのは色彩を描くためだろうということで、この柄が日本的。高橋マリコはこの積み上げはひな人形ではないかと指摘。なるほどと納得😌 この作品好き。柄もいいし色合いもいいし、赤ちゃんもかわいい。
この赤ちゃんが誰なのかという論争があり、エミーリエとの隠し子ではという説もあるのだそう。クリムトは大変モテてウィーンのドン・ファンと呼ばれていたそうだけれど、エミーリエではないだろうとのことで、誰の子かは不明なのだそう。臨月のモデルを描いた作品もあるので、その子の可能性も? クリムトは14人子供がいたと言われているけれど、当然ながらクリムトの死後に裁判を行い、うち6人がクリムトの子供であると認知されたのだそう。この裁判により全員の名前が判明したけれど、財産があまりなかったので取り下げた人もいたらしい😅
グスタフ・クリムト「哲学」
幻の大作ウィーン大学天井絵。1894年32歳の時に国から依頼されて描くが、完成作品が物議をかもしてしまい、返金して取り下げてしまった。その後、個人が保存していたがナチスに没収されてしまった。ナチスはウィーン郊外に疎開させていたけれど、戦況が悪化したため焼き払ってしまったのだそう。酷い! なんてことをするんだ😠 千足先生は最大傑作に人間が火を放つなんて極刑に値するとおっしゃっていたけど、ホントその通り!
この展覧会ではサイアノタイプ(青写真)(Wikipedia)を展示。この「哲学」は哲学が解明すべき宇宙の謎を描いているのだそう。ただ、これが不評で「哲学的でない人間が、哲学を描くとは何ごとか!」と言う人までいたのだとか。そう思うのだったらクリムトに依頼してはダメなのでは? 自分には哲学なんてサッパリ分からないけど、ならどういう作品が哲学的なんだろう?
グスタフ・クリムト「医学」
この真ん中に描かれているのは医学と健康の女神だそうで、死神などクリムトらしい画風ではあるとのことだけど、これも不評だったらしい。大学としては医学の進歩を描いて欲しかったそうだけれど、繰り返すけどそれならクリムトに依頼しちゃダメだよね😅 だってクリムトって主題のものを分かりやすく描く画家ではないと思うのだけど🤔
グスタフ・クリムト「法学」
大ダコはヨーロッパでは妖怪的って言ってたかな? ちょっと正確な言葉はメモ取れなかったのだけど、ようするに忌み嫌われている存在といことだった。それに巻かれている老人は罪人とのこと。この画像だと分かりにくいのだけど、上の方で女性が持っている四角いものに"LEX"と書かれていて、これは法律と言う意味で、この上の3人は司法のモチーフ。要するに主役が脇に回ってしまっているとのことで、今見ると面白いとのこと。この大ダコは葛飾北斎の春画から着想を得ているのかな?
葛飾北斎「蛸と海女」
(展示なし)
反対の署名が80人も集まったそうで、これが多いのか少ないのかよく分からないけど、とにかくクリムトとしてはプライドを傷つけられて自分で買い戻したのだそう。そして、前述したような顛末でこれらの作品は失われてしまった😩 こんな悲劇は予想できないし、大学に飾る作品としてどうかという気持ちも分かるけれど、今はもう見れなくなってしまったことは最大の悲劇だと思う。
グスタフ・クリムト「ヌーダ・ヴェリタス 裸の真実」
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」に展示されている「パラス・アテナ」の左下に描いたものを拡大した。当時裸の絵はタブーだったのだそう。黄金様式。金箔=黄金様式。これ素敵だな。写実的ではないのに、この裸体は美化していなくてリアル。でもキレイ。
グスタフ・クリムト「ハラス・アテナ」
(「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」で展示中)
グスタフ・クリムト「ユディトⅠ」
ここから黄金様式! 首飾りなど金箔使用。クリムトは彫金師の家系。弟は彫金師を継いでいる。金箔はヨーロッパにもあり、同じくクリムトが影響を受けたビザンチンにもある。ユディトのこの表情は女性を知り尽くしたクリムトだったから描けたのではないか。左右の目の開き方が違う。恍惚の思い冷めやらずという感じ。顔立ちからアデーレ・ブロッホ・バウアー(Wikipedia)ではないかと言われているそうだけれど、こんな表表は夫以外に見せないハズ。ましてアデーレは上流の女性で噂が立つのは危険。なので違うのではということだったかな? アデーレ・ブロッホ・バウアーといえば「黄金のアデーレ」で、それを取り戻す映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』(記事はコチラ)も良かったな😌
ユディト(Wikipedia)とは旧約聖書(Wikipedia)外典(Wikipedia)のヒロインでユダヤ人の未亡人。サロメ(Wikipedia)と題材が同じ。将軍ホロフェルネス(Wikipedia)の首を斬る。なので通常は剣を持って描かれる。剣がないのでサロメではと思うけれど、額にユディトと書いてあるからユディト。とにかくユディトの存在感がすごくて右下の首に目がいかない。たしかに! 言われなければ分からなかった!
グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」
さて、今回の目玉の1つ「ベートーヴェン・フリーズ」の実寸大の複製。これはウィーン分離派会館(Wikipedia)の地下にある壁画を忠実に再現したそうで、漆喰など同じ材料を使っているのだそう! スゴイ!!
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Wikipedia)の「交響曲第9番」(Wikipedia)いわゆる第九をテーマとした作品で、発表時にはグスタフ・マーラー(Wikipedia)が指揮して演奏したのかな? ちょっとメモが追いつかなかった💦 詩人フリードリヒ・フォン・シラー(Wikipedia)の詩をもとにしたのが"歓喜の歌"。シラーは様々な人に影響を与えていて、太宰治(Wikipedia)もシラーの詩をもとに「走れメロス」(Wikipedia)を書いたのだそう。なるほど🤨 第九をどうやって絵にするかということで、これはリヒャルト・ヴァーグナー(Wikipedia)の解釈をもとにしているのだそう。
前置きが長くなったけれど、この黄金の騎士は本人ともマーラーとも言われているらしい。剣の柄には石がはめ込まれていて立体的。敵対する勢力と戦おうとしており、裸の男女に頼りにされている。この作品は逆コの字型に描かれていて、この騎士の絵は左側に描かれている。騎士が戦いを挑む相手は、これと直角に描かれている。
グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」
これが戦う相手。真ん中のゴリラっぽい生き物はテュフォン(Wikipedia)はギリシャ神(Wikipedia)話の巨人で全知全能の神ゼウス(Wikipedia)を負かしたことがあるのだそう。"Typhon"と表記して台風の語源になったらしい。左に描かれているのはゴルゴン三姉妹(Wikipedia)でファムファタール(Wikipedia)。死・病・アレゴリーを象徴。
右の太めの女性は不摂生を象徴している。装飾や衣装の描き込みがスゴイので、これは怠惰な金持ち皮肉っているのかな? 赤毛の女性は淫蕩や肉欲を象徴。目つきやポーズはクリムトなわでわ。この女性はいいわ。ゾクゾクする!
グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」
これは向かって右側に描かれている。実際はテュフォンが描かれている壁から2枚分くらい女性が数人描かれていて、あとは空白で描きかけ?と思うような部分が続く。で、最後にコレ! これは"歓喜の歌"を表現しているのだそう。とても力を入れて描いている。背景に描かれているのは合掌する天使たち。これはフェルディナンド・ホドラー(Wikipedia) の「選ばれし民」の影響ではないかとのこと。
フェルディナンド・ホドラー「選ばれし民」
(展示なし)
抱き合っている男女はシラーの詩の"抱き合え幾百万の人々よ、この接吻を全世界に"を表しているのだそう。まるで湯気が出ているかのようにメラメラした曲線が描かれていて、その両脇に太陽と月が配置されている。これは感動的だわ! この男女を囲んでいる黄金の部分は何だろう? 何だかサッパリ分からないけど、これはとっても素敵✨
「ベートーヴェン・フリーズ」は以前、千葉のそごうだったかな? 見た気がするのだけど、もちろんコピーだったのでしょう。今回は、かなり再現度が高いということなので楽しみ。どうやら第九が流れているのかな? これは期待大!
グスタフ・クリムト「オイゲニア・プリマフェージの肖像」
1913年晩年の作品。裕福な銀行家オットー・プリマフェージの妻。顔や肌が見えている部分はきちんと描くが、他はキュビスムやフォービズム的な感じになっている。矢作から肖像画は頼まれて描くのに文句は出なかったのかとの質問があり、千足先生によるとその辺りは相談して進めるとのことだった。右上には鳳凰が描かれている。陶磁器の柄によく使われるため、それを参考にしたのではないかとのこと。これは日本美術の影響かな? 頭の後ろの部分はディエゴ・ベラスケス(Wikipedia)の「王女マリア・テレサ」の髪型を真似したのではないかとのことだった。
ディエゴ・ベラスケス「王女マリア・テレサ」
(展示なし)
うーん💦 でもこれは髪型だよね? 髪型というわけでもないし、唐突に描かれちゃってるけど。まぁいいか😅 実はクリムトはオイゲニアの娘であるメーダも描いていて、これが大変評判が良かったため、モデルとしても納得したのではないかとのことだった。
グスタフ・クリムト「メーダ・プリマフェージの肖像」
(展示なし)
これカワイイ😍 まず淡い色使いがいいし、服装や髪型も今見ても全然古くない! これ見たいけど、今回は展示してないんだよね? 残念😭
グスタフ・クリムト「アッター湖畔のカンマー城Ⅲ」
クリムトというと人物画を思い浮かべるけれど、実は作品の4分の1は風景画なのだそう。この作品はポール・シニャック(Wikipedia)や ジョルジュ・スーラ(Wikipedia)の影響を受けているとの指摘。アッター湖畔はザルツカンマーグートにあるアッターゼーにあって、ウィーンの人々に人気の土地だったのだそう。クリムトはエミーリエと毎年訪れていたとのこと。この作品は正方形だけれど、その理由は望遠鏡を使って見たからなのだそう。
①正方形、②点描、③人がいない。この3つがクリムトの風景画の特徴だそうで、肖像画は自意識過剰なモデルから文句を言われてしまうが、風景画は自分の思う通りに描けたので、これは癒しのために自発的に描いたのではないかとのことだった。なるほどね。アッターゼーには行っていないけれど、以前ザルツカンマーグートに行ったことがある。自然がとっても豊かで、静かで、本当に美しい場所だった。また来たいと心から思った場所の1つ。クリムトの気持ちはとっても良く分かる😌
グスタフ・クリムト「亡き息子オットー・ツィンマーマン」
晩年、クリムトは"生命の円環"を描くようになる。この作品は生後3ヶ月で亡くなった息子のデッサン。どうやら横に棺に横たわる写真が展示されているようだけれど、本当にあどけなくてかわいい。まるで眠っているみたい。こんなかわいい子を亡くして本当に辛かったんだと思う。死に顔をデッサンしている気持ちはどんなだったのだろう。名前からクリムトのモデルとして有名なマリー・ツィンマーマンの息子だろうということだった。 この頃から生と死に関心が高まって行ったのだそう。
グスタフ・クリムト「女の三世代」
今回の目玉! 日本初公開となる作品。老婆と母と娘。やがて人は死ぬというメメントモリ(Wikipedia)的な思想。母と娘の部分は母性愛を感じる。夢見るような美しさ。老婆は母の数十年後か? 死の後に次の命が生まれる。生命の円環。左右には銀箔。ビーズのような模様。上半分は暗闇? 窓? 壁? 死後の世界は暗闇だととらえたのではないか?
この作品は1911年ローマ国際芸術展に出品されたもので、イタリア政府が買い取ったもの。ローマ国立美術館(ローマ国立美術館(ローマこくりつびじゅつかん)とは-コトバンク)所蔵。新しい美術に理解があった。画家の太田喜二郎(太田喜二郎(オオタキジロウ)とは-コトバンク)はローマで今作を見て日本美術だと語ったのだそう。なるほど😌
これはかなり大きな作品。これも晩年の作品で、男女の愛とか、母性愛とか、生と死とか、そういうものを全て描いてきて辿り着いた到達点ということなのかなと思う。これは楽しみ過ぎる!😍
とにかく情報量が多い! 通常ならば物販の紹介があるのだけど、それもなし。ぎちぎちに詰め込んで紹介。これは見応えがあった。これを踏まえて見に行きたいと思う。楽しみ✨
ぶらぶら美術博物館:毎週火曜日 21:00~22:00 @BS日テレ