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奥田英朗『我が家のヒミツ』その5

2016-11-24 05:51:00 | ノンジャンル
 今朝の朝日新聞に、福岡伸一さんが1859年の今日、ダーウィンが『種の起源』が刊行されたと書いていました。また進化論に照らせば、人間も生物の完成形ではないこと、宗教と進化論は矛盾しないことが述べられていました。福岡さんの文章は、いつも勉強になります。

 さて、また昨日の続きです。
 通夜の席で、正雄は河島の遺族席に目が釘付けになった。みんな顔が似ているのである。なにやら温かい気持ちになった。美穂が言っていたように、彼にも家族がいて、バックグラウンドがあるのだ。みんなが血でつながっている。来てよかった。これで真っ白な気持ちで営業を去ることが出来そうだ。会場に読経(どきょう)が流れる中、正雄は心がすうっと晴れて行くのを感じていた。
「アンナの十二月」
 江口アンナはこの冬で16歳になった。女なので法律上結婚できる年齢だ。自分は、独立の権利を得たのだ。アンナは16歳になったのを機に、ひとつ知りたいことがあった。それは自分の実の父親が誰かということだ。アンナの母親は、アンナが生まれてすぐに離婚し、子連れで再婚していた。だから今の父親とは血のつながりがなく、5歳下の弟、拓哉とは異父姉弟ということになる。それを知らされたのは12歳の誕生日の夜だ。いきなりドラマの主人公のような境遇に置かれ、アンナは黙って聞くばかりだった。とくに質問もしなかった。
 冬休み前の期末試験が終わるのを待って、アンナは母に言った。「ねえ、おかあさん、わたし16歳になったことだし、ここで一度、本当のおとうさんに会ってみたい」母の表情が一変する。「向こうも再婚してるの? わたしが会いたいって言ったら迷惑かな」「迷惑ってことはないと思うけど……」母は吐息を漏らし、「再婚してるかどうかは知らない。離婚してからは一度も連絡を取ってないから」と答えた。「どこに住んでいるの?」「東京だけど」「それは知ってるんだ」「うん……そうね」それから三日後、母から住所と電話番号を書いたメモを手渡された。「白川和樹という人です。連絡を取ったら、アンナと会うと言ってました。おかあさんと同い年の42歳で、今は独身だそうです。おかあさんとは大学の同級生でした。職業は演出家です。演出家というのは、お芝居の監督をする人です。劇団を主宰していて、本人も役者として舞台に出たりしています」なるほど、母は芸大の演劇科出身だ。そこで知り合ったのか。「おとうさんは知ってるの?」「知ってます。会わせてあげなさいと言ったのはおとうさんです」。その晩は熱が出た。ウィキペディアで検索したら、白川和樹の名でちゃんと載っていて、たくさんの情報があり、それ以外に写真もあって、ハンサムだったのだ。アンナはゆめを見ているようだった。実の父親にとうとう会える。
 翌朝、学校で親友の彩也香(さやか)と若菜(わかな)にこの件を教えると、二人は自分のことのように興奮し、抱きついて離れなかった。二人の意見にしたがい、実の父親はパパと呼ぶことにした。そして二人に励まされて、すぐに電話することになった。
 放課後、薙刀(なぎなた)の部活を終えてから、アンナはパパの携帯に電話をかけた。同じ部の彩也香と若菜も道場に残り、そばで見守ってくれた。パパはすぐに出た。「電話をくれてありがとう。勇気がいったと思います」「はい」「16歳になったんだってね。おめでとう」「ありがとうございます」「一応、親子なんだし、そんな丁寧な言葉遣いしなくていいよ」「はい」「昔のおかあさんに聞いたよ。ぼくと会いたいそうだけど、よかったら一度家に来ない? 場所は代官山だけど」「はい。行きます」電話を終えたら倒れそうになった。二人が駆け寄って支えてくれた。
 翌日は家の用事があると言って部活を休んだ。彩也香と若菜は補習を理由に部活を休み、その補習をサボって付き合ってくれた。代官山の駅を降り、住所を頼りに家を探すと、閑静な住宅街の中の荘厳なマンションにたどり着いた。インターフォンの前まで行き、ひとつ深呼吸して、部屋番号を押した。「アンナです」「どうぞ」部屋の前まで来て、チャイムを鳴らそうとしたとき、ロックを外す音がして、扉が開いた。「どうも、こんにちは」パパは笑顔で言った。ただし頬が小さく引きつるのをアンナは見逃さなかった。向こうも緊張している------。そう思ったら少し気がらくになった。アンナは豪華な室内に圧倒された。数々の美術品。アンティークな家具。「君のおかあさんに聞いたよ。アンナはいい子に育ってるって」。母はそんなことを言ったのか。半分はお世辞だろうけど。「もしかしたら、パパたちが離婚して、アンナを苦しめたのかもしれないね。大人の都合で振り回しておいて、その後のフォローもしてなかったし、その点については申し訳ないと思っている」「あの、わたし、怒ってないから」「そうなの? でもあえてよかった。アンナ、美人だね。学校でモテるだろう」「ううん。全然。パパこそモテモテでしょ」いきなりなごんだムードになり、アンナはうれしくなった。(また明日へ続きます……)