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ジェームズ・キャメロン監督『トゥルーライズ』

2012-12-21 06:12:00 | ノンジャンル
 ジェームズ・キャメロン監督・共同製作・脚色の'94年作品『トゥルーライズ』をWOWOWシネマで見ました。
 「スイス シャポー湖」の字幕。夜の邸宅に続々と乗りつける高級車。水中の金柵をトーチで焼き切るダイバー。邸宅の外を武装した警備員が歩き回っています。プールの氷を下からナイフで割り、現れる手。“ボートハウスから潜入。時間通り。ファイザル、来い”とバンの中でマイクに叫ぶアル。ダイバーはウエットスーツを脱ぐと、タキシード姿のハリー・レンクィスト(アーノルド・シュワルツネッガー)となります。暗視カメラで邸内を偵察するアル。裏口から邸内に入るハリー。厨房に文句をつけながら、シャンパングラスを手にして、ダンスホールへ入るハリーがワンカットでとらえられます。億万長者のハレドの姿を確認するハリー。アルの指令を受けたハリーは2階へ上がり、バルコニーから3階の部屋に侵入し、パソコンを起動させます。パスワードの解読を始めるファイザル。1階に戻ったハリーは、美人に話しかけ、彼女の名前がジュノーと知ったアルはすぐにネット検索で彼女が古代ペルシャ専門の古美術商であることを調べ、ハリーに伝えます。プールの穴を発見する警備員。ハリーはアルの警告を聞かず、ジュノーとタンゴを踊り始めます。警備員と目が合うハリー。ファイザルはパソコンとの接続に成功し、データをダウンロードし始めます。踊り終わって、ジュノーからローマのオフィスの名刺を渡されたハリーは、邸宅の外に出ると、警備員から招待状の提示を求められ、スイッチを押して、正門に仕掛けておいた爆弾を爆発させます。そのすきに警備員を倒し、逃げ出すハリー。追ってきた2頭のドーベルマンをお互いにゴッツンコさせ、追っ手を次々と射殺し、柵を乗り越え、森に逃げ込むハリー。スキーとスノーモビルでマシンガンを連射する追っ手から逃れたハリーは、アルらが迎えに来たバンに乗り込みます。飛行機で移動した後、本名のハリー・タスローの財布とパスポートなどや娘のデイナへの土産をアルから受け取り、最後に結婚指輪を渡されて、車を降り、自宅へ向かうハリー。妻のヘレン(ジェイミー・リー・カーティス)はベッドで眠ったまま、夫を迎えます。
 翌朝、スイス土産としてスノードームを娘に贈るハリーでしたが、喜んだ娘はハリーの姿が見えなくなると、「こんなつまらないもの!」と投げ捨てます。セールスマン会議で最新式受注システムが売れたと、コンピュータ商売が楽なのを妻にアピールするハリー。家族が居間からいなくなると、アルは秘かに暖炉の上にカメラ付きのタバコの箱を置きます。アルからメガネを受け取ったハリーは、そのメガネにタバコから転送された映像を見て、娘が金を勝手に持ち出すのを見つけますが、娘はボーイフレンドのバイクで姿を消します。
 アルと出勤するハリー。長い廊下を歩くと、彼らのレントゲン映像を見ていた女性が扉を開きます。瞳孔で本人チェックをすませ、“オメガセンター”に入る2人。上司のスペンサー(チャールトン・ヘストン)は、昨晩の不始末の説明を2人に求めると、アルはハルドが国際商業銀行から1億ドルの融資を受けていること、その銀行はテロ組織のバックアップをしていること、ハルドが核をカザフスタンから買って米国に持ち込むつもりでいるだろうことを告げます。スペンサーは裏付けの証拠が足りないと言い、ホワイトハウスに核が持ち込まれる前に何とかしろ、と2人に言います‥‥。

 ジェームズ・キャメロン版『ナイト&デイ』といった映画で、彼のエンターテイメントぶりが存分に楽しめる映画となっていました。ショットはきちんと存在しているのですが、それを感じさせないスムーズな編集ぶりで、必要最小限の数のショットで作られた、経済的な映画であったようにも思いました。また、ジェイミー・リー・カーティスが、トニー・カーティスとジャネット・リーの子であることも、一応付け加えておきたいと思います。なお、この後の詳しいあらすじなどに関しましては、私のサイト(Nature LIfe(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto))の「Favorite Movies」の「その他の傑作」のところにアップしておきましたので、興味のある方は是非そちらをご覧ください。

 →Nature LIfe(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

南伸坊・南文子『本人伝説』

2012-12-20 07:30:00 | ノンジャンル
 ジョセフ・ロージー監督・共同脚本の'82年作品『鱒』をWOWOWシネマで見ました。父の仕事である鱒の養殖を手伝っている、性に奔放なイザベル・ユペールと、やはり多くの女性との浮き名を流している国際金融ディーラーのダニエル・オルブリスキの日本への旅を中心として、イザベル・ユペールの夫で美術商としての自立を目指すも伯爵と同性愛者だった経歴を持ち、妻の行動に翻弄されるジャック・スピセール、ユペールを手に入れるため、オルブリスキを自殺に追い込もうとする社長ジャン=ピエール・カッセルと、そのことを指摘したために最後には彼に殺されてしまう、彼の妻ジャンヌ・モロー、そしてオルブリスキとカッセルの親しい仕事相手で近づく死を感じている日本人社長・山形勲らが織り成すドラマを描いたもので、“フランス人”ロージーから見た日本の風俗の風景や、アレクサンドル・トローネルによる美術を見ることができ、アンリ・アルカンの、時に陰影に富んだ、時にゆるやかなクレーン撮影をも楽しめる映画でしたが、人物関係が錯綜し、またユペールの肉体の貧弱さもあって、今一つ乗れませんでした。

 さて、本人;南伸坊さん、写真;南文子さんの'12年作品『本人伝説』を読みました。南さんのこれまでの作品『歴史上の本人』、『本人の人々』と同じく、本人の顔、髪型、衣装、表情など、伸坊さんが本人になりきって、伸坊さんの奥さんである文子さんが写真を撮り、その写真を伸坊さんが見ながら、本人になったつもりで文章を書くという試みです。
 今回取り上げられているのは(かっこ内は職業)、松田聖子(再々婚)、荒木経惟(写真家)、篠山紀信(写真家)、ヨーコ・オノ(芸術家)、草間彌生(前衛芸術家)、山下清(画家)、スティーブ・ジョブズ(天才)、ワンチュク国王(ブータン国王)、猫ひろし(カンボジア)、ウッディ・アレン(映画監督)、糸井重里&吉本隆明&鶴見俊輔&福岡伸一(“考える本人『笑いを語る』より”)、田中直紀(防衛大臣)、内田裕也(ロックンローラー)、由紀さおり(歌手)、橋本徹(大阪市長)、菅直人×鉢呂吉雄(2011年政局総集編・ヤメロ対談)、枝野幸男×野田佳彦(〃まつげ福耳対談)、前原誠司×仙谷由人(〃うまいこと対談)、斑目春樹&孫正義(写真と1文だけ)、伊集院静(作家)、野田佳彦(総理大臣)、長友佑都(インテル)、澤穂希(なでしこ)、島田紳助(一般人)、斎藤佑樹(プロ野球選手)、仁科亜季子(女優)、マツコ・デラックス(タレント)、池上彰(ジャーナリスト)、水嶋ヒロ(斉藤智裕)、仙谷由人(官房長官)、金正恩&渡部陽一(写真と1文だけ)、白川方明(日銀総裁)、宮里藍(プロゴルファー)、菅伸子×菅直人夫婦対談(付録・鳩山幸×鳩山由紀夫夫婦対談)、鳩山由紀夫(民主党代表)、鳩山幸(ライフコーディネーター)、鳩山邦夫(前総務大臣)、琴光喜(元大関)、玉置浩二(ミュージシャン)、舛添要一(参議院議員)、坂本龍馬(幕末志士)、浅田真央(フィギュアスケート選手)、スーザン・ボイル(歌手)、タイガー・ウッズ(プロゴルファー)、蓮舫(参議院議員)、ダルビッシュ有(プロ野球選手)、カン尚中(政治学者)、金正男(金正日長男)、勝間和代(経済評論家)、ヒラリー・クリントン(米国務長官)、茂木健一郎(脳科学者)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、石川遼(プロゴルファー)、白露山&バラク・オバマ(写真と1文だけ)、麻生太郎(内閣総理大臣)、星野仙一(北京五輪野球代表監督)、朝青龍明徳(横綱)、ペ・ヨンジュン(俳優)、パンダ(哺乳類ネコ目クマ科)、ダライ・ラマ14世(宗教家)、石破茂(防衛大臣)、藤原正彦(ベストセラーの秘密●『国家の品格』の著者)、リリー・フランキー(〃●『東京タワー』の著者)、石原慎太郎&浅野史郎&黒川紀章&吉田万三(2007年4月「週刊文春」都知事選告示をうけて一日に一挙四人本人になる)、以上です。
 今回は“まえがき”の部分から“本人術”の意義について、伸坊さんはかなり真剣に考えていて、それは蓮實重彦先生の『表層批評宣言』などとも通じ合うものだと思うのですが、一方で、伸坊さんは糸井重里さんの口を借りて、「笑いとは、人間の危機回避能力の一つである」と明確に述べられていて、やはりよく分かってらっしゃる方なのだなあ、と再認識させていただきました。文句無しにお勧めの本です。

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ロバート・ロッセン監督『ハスラー』

2012-12-19 07:55:00 | ノンジャンル
 ロバート・ロッセン監督・製作・共同脚本の'61年作品『ハスラー』をWOWOWシネマで見ました。
 街角で車を停め、降りて来た2人は、酒場に向かい、若い方の男・エディ(ポール・ニューマン)は、営業で先月1万7千ドルも売り上げたとバーテンに言います。2人は、賭けビリヤードを始めますが、酒を飲み、酔い始めたエディは、年配の同僚・チャーリーに次々と負けていきます。たまたまスーパーショットを決めたエディが、「今と同じショットをもう一度やってやるから、勝負しろ」とチャーリーに言い、数回失敗して、大金を失った後、まだ諦めずに、最後に残った105ドルを出して勝負を望むと、チャーリーは「酔っ払いからはもう金を取れない」と言って勝負を降りますが、それを見ていたバーテンは「俺が受けてやる」と言い出し、チャーリーが去った後、エディは見事にショットを決めます。車に乗って札束を数える2人の姿に重なって、ジャズの軽快な音楽が流れ出し、タイトルが始まります。
 音楽が止み、タイトルも終わると、朝のビリヤード場に2人が現れます。「静かだ。まるで死体置き場だ」と言うチャーリーに、「俺は生きて出る」と答えるエディ。エディはわざと周りの男たちに聞こえるように「俺は1晩で1万ドル稼ぎに来た」と吹聴します。そばの男に勝負しないかとエディは声をかけますが、男は「自分のキューを持ち歩く奴とは勝負しないが、お前でもファッツには勝てないだろう」と言い、ファッツが必ず毎晩8時にここに現れると教えます。
 その晩、背広姿で胸には花を飾ったファッツ(ジャッキー・グリーソン)が現れます。プレイしていたエディを見て、近付き、「なかなかやるな」と声をかけるファッツ。「お前があのエディ・ファルソンだって? 1ゲーム100ドルからでどうだ?」「あんたは大きく賭けるって聞いたぞ。1ゲーム200から始めよう」「いいだろう」。皆が注目する中、2人の対決が始まります。音楽が鳴り始め、オーバーラップでゲームの進行と拍手と時計が示されていきます。浮かない表情のファッツ。どんどん突くエディの得意げな顔。賭け金はどんどん上がり、やがてファッツの後ろ楯となっているボスのゴードン(ジョージ・C・スコット)がやって来ます。エディは酒を飲み始め、時計は早回りし、朝の8時になります。勝負しながら飲み続けるエディとファッツ。「もう1万1400ドルも稼いだんだ。手を引こう」と言うチャーリーに、「ファッツの方から止めようと言うまでは、止められない。俺は勝負しに来たんだ」と言うエディ。「もう25時間になるぞ」と言うチャーリーに、エディは頭を抱えて「酒をくれ」と言います。やがてファッツは休憩を取って、顔と手を洗い、さっぱりとした顔で現れます。「死んじまうぞ」とチャーリーは必死に止めようとしますが、「金をくれ、俺の金だぞ!」とエディは叫びます。微笑むゴードン。やがてガックリと首を落として座るエディの姿が映し出され、「起きろ、エディ。また負けだ」と言うチャーリーの声が聞こえます。椅子を蹴飛ばし、しわくちゃの金をポケットから出して、まだ勝負を続けようとするエディに、「もう終わりだ」とファッツは言うと、ゴードンに金を渡した後、上着を着て去っていきます。エディはそれを追い、よろめいて倒れ、意識を失ってしまいます‥‥。

 人を騙して金を稼ぐ者(ハスラー)に対して、反旗を翻す主人公という形は、『ボディ&ソウル』や『オール・ザ・キングス・メン』と同じ説話構造でした。軽快なジャズが鳴り出すとギャンブルが始まり、場面がオーバーラップで繋がれていくというのは、翌年のジャック・ドゥミの『天使の入り江』に影響を与えているのでは、と思ったりもしました。また、フェイド・イン、フェイドアウトが多用されて、流れるような印象を与える一方、単純なカット繋ぎで時間の経過を表している部分もあり、叙情に流れないという監督の決意が感じられました。ジャジーな音楽とともに、50年代のハリウッドの暗い雰囲気を濃厚に漂わせた映画でもありました。ポール・ニューマンの代表作の1本だと思います。なお、あらすじの詳細については、私のサイト(Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto))の「Favorite Movies」の「ロバート・ロッセン」のところにアップしておきましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

 →Nature LIfe(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

南伸坊『本人の人々』その2

2012-12-18 07:27:00 | ノンジャンル
 先日、母がテレビで見たという佐村河内守さんの交響曲第1番の第3楽章をユーチューブで聞かせていただき、圧倒されました。もっと広く知られていい方だと思います。

 さて、昨日の続きです。
 他に取り上げられている人物は、カルロス・ゴーン(日産自動車社長)、養老孟司(解剖学者)、椎名誠(作家)、鳥越俊太郎(ジャーナリスト)、安藤忠雄(建築家)、キアヌ・リーブス(俳優)、村上龍(作家)、清原和博(プロ野球選手)、日野原重明(聖路加国際病院理事長)、田岡俊次(『アエラ』スタッフライター)、瀬戸内寂聴(作家/天台寺住職)、市川新之助(歌舞伎俳優(子供の認知問題発覚の後))、マイケル・ジャクソン(ミュージシャン)、綾小路きみまろ(漫談家/司会者)、デイビッド・ベッカム(サッカー選手/イングランド代表)、安倍晋三(政治家)、ボブ・サップ(格闘家)、田中耕一(島津製作所フェロー(ノーベル賞受賞直後))、みのもんた(司会者/タレント)、松井秀喜(プロ野球選手)、竹中平蔵(経済財政・金融大臣)、Gackt(ミュージシャン)、ドン小西(ファッションデザイナー)、窪塚洋介(俳優)、タマちゃん(スーパーアイドル(ちなみに多摩川に現れたアザラシのことです))、猪瀬直樹(作家(まだ東京都副知事になっていない頃))、吉田拓郎(ミュージシャン)、福田康夫(内閣官房長官)、辻仁成(作家(ここでは中山美穂に扮した伸坊さんも見られます))、山崎拓(政治家(セックス・スキャンダルの直後))、中山雅史×秋田豊(サッカー選手/日本代表)、星野仙一(阪神タイガース監督)、土井たか子(社会党党首(秘書の経費流用疑惑が出た直後))、和泉節子(狂言プロデューサー)、犬神源太(「ジー・オーグループ」名誉会長(グループの破産が報じられた直後))、鈴木宗男(政治家(これもムネオハウスなどがスキャンダルとして報じられた直後))、石井一久(メジャーリーガー)、小澤征爾(指揮者)、寺原隼人(日南学園高・投手(もっぱら眉の細さについて語っています))、えなりかずき(タレント)、原辰徳(読売巨人軍監督)、若松勉(ヤクルトスワローズ監督(優勝して「ファンの皆様、おめでとうございます」と発言した直後))、手嶋龍一(NHKワシントン支局長)、宮崎駿(アニメーション作家)、五木寛之(作家)、嵐山光三郎(作家)、舛添要一×田嶋陽子(参議院議員)、大橋巨泉(タレント/参議院議員)、宍戸錠(俳優)、ジョージ・ブッシュ(第43代米国大統領)、塩川正十郎(塩爺)(何と、職業が“塩爺”!)、井上陽水(ミュージシャン)、田中真紀子(外務大臣)、小泉純一郎(第87代内閣総理大臣)、梅宮アンナ(タレント)、矢沢永吉(ミュージシャン)、新庄剛志(メジャーリーガー)、引田天功(イリュージョニスト)、イチロー(メジャーリーガー)、扇千景(国土交通大臣)、デヴィ夫人(タレント)、加藤絋一(自民党元幹事長(森喜朗内閣不信任決議案に賛成して泣いた直後))、アラファト(PLO議長)、田中康夫(長野県知事/作家)、中村江里子(元女子アナ)、叶美香(叶姉妹(これも職業が何と“叶姉妹”!)、森喜朗(第85、86代内閣総理大臣(外国からの賓客に「ハウアーユー」というべきところを「フウアーユー」と言ってしまって、世間から嘲笑を受けた直後))、以上です。
 表情の特徴まで真似ていて、それがそっくりだったりすると、もう写真を見ただけで爆笑するしかなく、伸坊さんの“本人術”の素晴らしさに、ついつい魅せられてしまいました。しかし笑わせてもらえるだけでなく、例えば五木寛之さんの言葉として「(前略)自分を愛していない人間は、他人を愛することができない。だから、たとえ幼稚な愛であっても、人はせめて、ナルシシズムからでも出発するしかないのではないか、とぼくは思うのです。(中略)人間は生まれてきて、生きつづけてきて、生きている存在。そこにまず人間のいちばん大きな価値があるのだ、ということを私たちは自覚していかなければならない。」という文章がさりげなく書かれていたりもして、とても勉強になる本でもありました。伸坊さんの“本人術”、前作の『歴史上の本人』より、数段レベルアップしているように思いました。素晴らしい写真が多く掲載されているので、皆さんも是非、直接手に取って読まれることをお勧めいたします。

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南伸坊『本人の人々』その1

2012-12-17 05:24:00 | ノンジャンル
 南伸坊さんの'03年作品『本人の人々』を読みました。
 まえがきから引用させていただくと、「(前略)私は単に、人間をわかりたいと思うばかりである。昔から『ヒトの身になって』考えよという。なかなかそうはいかないのだが、それは人々が『ヒトの身に』ならないからなのだ。私は文字通り『ヒトの身』になってみようと思った。(中略)私は、さまざまな本人になってみた。そうして、その本人の身になって文章を書いたのである。身になったまま、書くのがのぞましいが、実際には本人の身になった写真を、鏡を見るように『見ながら』本人としての言葉をつむぎ出す、という手順になったことが多かった。不思議なものだが、そのようにして書くと、ごく自然に自分の文章とは違う文章が書けるのである。外見は内面を映すが内面は外面に左右されるのだ。(中略)したがってこれは人物批評といったものとは根本的に違うものである。なにが近いかといえば、恐山のイタコに近い。故人になりきって話すとき、たとえばマリリン・モンローが東北弁であったとしても、聴く耳を持った人には、マリリンの声として聴こえるように、私の本人術も、あるいは受けての『才能』というか『能力』にかなり期待せざるを得ないときもある。そうしたときは、遠慮なく『才能』や『能力』を発揮していただきたいものだ。なぜといって、そのようにしたほうがオモシロイからである。『本人術』を論理的に展開するのは、私の手にあまるのでしないが、人々が思うほどに『本人』とか『自分』といったものが、確固としたものではない、というのは、こうしたことを実践してみると容易にわかることだ。もっとも人々の個性をあらわしているのは、本人の肉体であり、なかでも顔である。その顔になってみたらどうなるのか? この本は、そのようないわばオソロシイ事実をオモシロイ事実として表現している。」
 では、実際に文章を読んでみましょう。北朝鮮総書記の金正日の場合。「日本人は、ラチ、ラチ、とそればかりわめいていて、それしか言うことはないのか? 自分たちが、大東亜戦争の頃にどんな風であったのか、何をしていたのか、洗いざらい忘れてしまったとでもいうのか。共和国は今、戦時にあるのだ。日本がアメリカの奴らと戦っていた、あの大東亜戦争の頃と同じ状態だと思うがいい。日本にも、戦争を経験した人々は沢山いるだろう。日本は若者より年寄りの方が多いという話ではないか、年寄りが、みんな昔の事を何もかもすっかり忘れてしまったとでもいうのか。日本人は、全員が腰抜けとなって、アメリカの奴らの飼い犬になりさがったのか。アメリカの奴らは、自分たちだけは飛び道具を持ちながら、ほかの者には使ったら承知しないと言う、そういう卑怯者だ。卑怯者の飛び道具には、卑怯であっても飛び道具を使うしかない。そうしなければ、こちらがやられてしまうだけだ。アメリカの奴らは、飛び道具を使うなと禁止しておきながら、我が国がフセインのイラクに渡すはずのミサイルを渡していないのはサギだ、とわめいている。おかしな話ではないか!? 頭が狂っているとしか思えない。日本人は優秀なのになぜ、卑怯で間抜けなアメリカの奴らに、犬のようになついているのか? 私は日本人を憎んでいない。日本には、クロサワやミゾグチや、キタノや優秀な監督がいる。そして、引田天功や吉永小百合といった美女もいる。スシもあるし、うなぎも好きだ。スシはマグロの大トロが大好物だ。」といった具合です。また、チリ人妻のアニータの場合。「ダンナさん、大金持ち。ワタシ安心、お金もらう。大金持ち、全然ダイジョブ、心配ないノープロブレム。OH! ダンナさん、犯人の人ですよ。ワタシ知らない。お金が全部つかった、返せないよ。病院建てた。レストラン建てた。建物持ってけない。ムリですよ。お金はダンナさん8億円。ケンミン怒る、ゴメンナサイね、でも、私が知らないよ、悪くない。ケンミン怒る当たり前よ。でも、ね、もらったは、タッタ6億円、8億円もらった、ないよ、ウソよ。あの男、ウソつき。犯人ね。私、リコンした。関係ないね。私もらったは、私のお金。自由につかう当たり前ね。日本人、ケンミン私の怒る、違う。ウソつき信用できない。ワタシはだまされたは、ケンミンはだまされたはセイムでしょ? 同じでないですか? 私、もらった6億円。でも犯人の金、ドロボーの金、知らないよ。大金持ちのダンナさん、ウソ! ウソワカラナーイ。私、チリ人、日本語、すこしダケ。だまされる、しかたないね。(後略)」(明日へ続きます‥‥)

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