みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

「私は常に卵の側に立つ」~村上春樹さん「エルサレム賞」受賞スピーチ

2009-02-23 07:30:11 | ほん/新聞/ニュース
18日の「中日春秋」に、「エルサレム賞」を受賞した
村上春樹さんの現地でのスピーチのことが載っていました。

日本語訳を読んで、感動しました。

村上さんの講演全文と、関連の記事を紹介します。

【コラム】中日春秋 2009年2月18日 

 歩道では、車道側より、壁側の方が安全で、歩きやすいからだろう。英語で「壁を与える」と言えば、道を譲る、つまりは相手に有利な立場を譲る、という意味である
▼残念だが、イスラエルの「壁を与える」は正反対だ。二〇〇二年以降、「テロ防止」と称して、パレスチナ自治区を囲むようにめぐらした高い壁は、パレスチナの人々の自由な移動を阻み、彼らを閉じ込める形になっている
▼イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受けた作家の村上春樹さんが現地でのスピーチで、戦車など武力を「壁」の言葉に重ねたのもこれを意識したのかもしれない。対比して、壁にぶつかって割れる「卵」、すなわち無防備な民間人を挙げ、自分は常に「卵」の側に立つ、と宣言した
▼受賞拒否を求める声もある中、村上さんはあえて現地を踏み、メッセージを伝える道を選んだ。二〇〇一年の受賞者、米国のユダヤ人作家ソンタグさんも同じ道をとったけれど、彼女のスピーチは極めて直截(ちょくせつ)な「政治」の言葉によるイスラエル糾弾だった。村上さんは「文学」の言葉で語った気がする
▼「卵の上を歩く」という英語の表現がある。なにしろ壊れやすいから、気をつけて歩く、の意だ。先のガザ侵攻は、さながら卵を乱暴に踏みつぶして歩くような振る舞いだった
▼あの禍々(まがまが)しさ。「文学」の言葉が、そこに切り込めることを願う。(中日新聞 2009.2.18 )


【日本語全訳】村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ

 こんばんは。わたしは今日、小説家として、つまり嘘を紡ぐプロという立場でエルサレムに来ました。
 もちろん、小説家だけが嘘をつくわけではありません。よく知られているように政治家も嘘をつきます。車のセールスマン、肉屋、大工のように、外交官や軍幹部らもそれぞれがそれぞれの嘘をつきます。しかし、小説家の嘘は他の人たちの嘘とは違います。小説家が嘘を言っても非道徳的と批判されることはありません。それどころか、その嘘が大きければ大きいほど、うまい嘘であればいっそう、一般市民や批評家からの称賛が大きくなります。なぜ、そうなのでしょうか?
 それに対する私の答えはこうです。すなわち、上手な嘘をつく、いってみれば、作り話を現実にすることによって、小説家は真実を暴き、新たな光でそれを照らすことができるのです。多くの場合、真実の本来の姿を把握し、正確に表現することは事実上不可能です。だからこそ、私たちは真実を隠れた場所からおびき出し、架空の場所へと運び、小説の形に置き換えるのです。しかしながら、これを成功させるには、私たちの中のどこに真実が存在するのかを明確にしなければなりません。このことは、よい嘘をでっち上げるのに必要な資質なのです。
 そうは言いながらも、今日は嘘をつくつもりはありません。できる限り正直になります。嘘をつかない日は年にほんのわずかしかないのですが、今日がちょうどその日に当たったようです。

 真実をお話しします。日本で、かなりの数の人たちから、エルサレム賞授賞式に出席しないように、と言われました。出席すれば、私の本の不買運動(ボイコット)を起こすと警告する人さえいました。これはもちろん、ガザ地区での激しい戦闘のためでした。国連の報告では、封鎖されたガザ市で1000人以上が命を落とし、彼らの大部分は非武装の市民、つまり子どもやお年寄りであったとのことです。
 受賞の知らせを受けた後、私は何度も自問自答しました。このような時期にイスラエルへ来て、文学賞を受けることが果たして正しい行為なのか、授賞式に出席することが戦闘している一方だけを支持しているという印象を与えないか、圧倒的な軍事力の行使を行った国家の政策を是認することにならないか、と。私はもちろん、このような印象を与えたくありません。私は戦争に反対ですし、どの国家も支持しません。もちろん、私の本がボイコットされるのも見たくはありません。
 しかしながら、慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。この判断の理由の一つは、実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。おそらく、他の多くの小説家と同じように、私は人に言われたことと正反対のことをする傾向があるのです。「行ってはいけない」「そんなことはやめなさい」と言われると、特に「警告」を受けると、そこに行きたくなるし、やってみたくなるのです。これは小説家としての私の「気質」かもしれません。小説家は特別な集団なのです。私たちは自分自身の目で見たことや、自分の手で触れたことしかすんなりとは信じないのです。

 というわけで、私はここにやって参りました。遠く離れているより、ここに来ることを選びました。自分自身を見つめないことより、見つめることを選びました。皆さんに何も話さないより、話すことを選んだのです。
 ここで、非常に個人的なメッセージをお話しすることをお許しください。それは小説を書いているときにいつも心に留めていることなのです。紙に書いて壁に貼ろうとまで思ったことはないのですが、私の心の壁に刻まれているものなのです。それはこういうことです。

 「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」ということです。

 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?
 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。
 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。

 私の父は昨年、90歳で亡くなりました。父は元教師で、時折、僧侶をしていました。京都の大学院生だったとき、徴兵され、中国の戦場に送られました。戦後に生まれた私は、父が朝食前に毎日、長く深いお経を上げているのを見るのが日常でした。ある時、私は父になぜそういったことをするのかを尋ねました。父の答えは、戦場に散った人たちのために祈っているとのことでした。父は、敵であろうが味方であろうが区別なく、「すべて」の戦死者のために祈っているとのことでした。父が仏壇の前で正座している輝くような後ろ姿を見たとき、父の周りに死の影を感じたような気がしました。
 父は亡くなりました。父は私が決して知り得ない記憶も一緒に持っていってしまいました。しかし、父の周辺に潜んでいた死という存在が記憶に残っています。以上のことは父のことでわずかにお話しできることですが、最も重要なことの一つです。
 今日、皆さんにお話ししたいことは一つだけです。私たちは、国籍、人種を超越した人間であり、個々の存在なのです。「システム」と言われる堅固な壁に直面している壊れやすい卵なのです。どこからみても、勝ち目はみえてきません。壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを強く信じることから生じるものでなければならないでしょう。
 このことを考えてみてください。私たちは皆、実際の、生きた精神を持っているのです。「システム」はそういったものではありません。「システム」がわれわれを食い物にすることを許してはいけません。「システム」に自己増殖を許してはなりません。「システム」が私たちをつくったのではなく、私たちが「システム」をつくったのです。
 これが、私がお話ししたいすべてです。

 「エルサレム賞」、本当にありがとうございました。私の本が世界の多くの国々で読まれていることはとてもうれしいことです。イスラエルの読者の方々にお礼申し上げます。私がここに来たもっとも大きな理由は皆さんの存在です。私たちが何か意義のあることを共有できたらと願っています。今日、ここでお話しする機会を与えてくださったことに感謝します。ありがとうございました。
(仮訳=47NEWS編集部)

【英語全文】村上春樹さん「エルサレム賞」授賞式講演


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村上春樹さん、エルサレム賞記念講演でガザ攻撃を批判
朝日新聞 2009年2月16日

 【エルサレム=平田篤央】イスラエル最高の文学賞、エルサレム賞が15日、作家の村上春樹さん(60)に贈られた。エルサレムで開かれた授賞式の記念講演で、村上さんはイスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に触れ、人間を壊れやすい卵に例えたうえで「私は卵の側に立つ」と述べ、軍事力に訴えるやり方を批判した。
 ガザ攻撃では1300人以上が死亡し、大半が一般市民で、子どもや女性も多かった。このため日本国内で市民団体などが「イスラエルの政策を擁護することになる」として賞の返上を求めていた。
 村上さんは、授賞式への出席について迷ったと述べ、エルサレムに来たのは「メッセージを伝えるためだ」と説明。体制を壁に、個人を卵に例えて、「高い壁に挟まれ、壁にぶつかって壊れる卵」を思い浮かべた時、「どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ」と強調した。
 また「壁は私たちを守ってくれると思われるが、私たちを殺し、また他人を冷淡に効率よく殺す理由にもなる」と述べた。イスラエルが進めるパレスチナとの分離壁の建設を意識した発言とみられる。
 村上さんの「海辺のカフカ」「ノルウェイの森」など複数の作品はヘブライ語に翻訳され、イスラエルでもベストセラーになった。
 エルサレム賞は63年に始まり、「社会における個人の自由」に貢献した文学者に隔年で贈られる。受賞者には、英国の哲学者バートランド・ラッセル、アルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス、チェコの作家ミラン・クンデラ各氏ら、著名な名前が並ぶ。欧米言語以外の作家の受賞は初めて。
 ただ中東紛争のただ中にある国の文学賞だけに、政治的論争と無縁ではない。01年には記念講演でスーザン・ソンタグ氏が、03年の受賞者アーサー・ミラー氏は授賞式に出席する代わりにビデオスピーチで、それぞれイスラエルのパレスチナ政策を批判した。
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ガザ「報復戦」の裏に 
(朝日新聞 2009.1.17)

 イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が始まって、すでに3週間。パレスチナ側の死者は1100人を超えた。イスラエルはガザを支配するイスラム過激派ハマスが、ロケット弾攻撃を始めたことへの「報復」と主張している。だが、報復というにはあまりに度を越した戦争である。真相はどこにあるのか。

 イスラエルとハマズは昨年6月19日から6カ月の停戦に合意した。イスラエル側の発表では、ガザからのロケット弾発射は、停戦開始から10月末までの4カ月半で計14発。停戦前の5カ月半の計1072発に比べ、激減した。ハマスは停戦を順守していたことになる。
 11月には125発と急増したが、イスラエル軍が11月4日にガザ南部に侵入し、ハマスの戦闘員6人を殺害した後のことだ。12月27日の空爆開始時にオルメルト暫定首相は「われわれは平穏を望んだが、相手はテロで応じた」と語った。しかし、国際的人権団体アムネスティ・インターナショナルは「イスラエル軍によってパレスチナ人6人が殺された後に、事実上停戦は終わった」と指摘する。停戦を破綻させたのは、イスラエルの方だった。
 イスラエルの有力紙ハアレツは空爆開始後の12月31日付で、「イスラエル国防省は6カ月以上前からガザ攻撃の準備を進めていた」と報じている。国防省筋によると昨夏、ハマスとの停戦協議が始まるころ、バラク国防相が軍にガザ攻撃の準備を始めるよう指示。ハマスの拠点に関する徹底的な情報収集を命じたという。「長期にわたる準備、慎重な情報収集、秘密の協議、偽情報による世論誘導」それがガザ攻撃の背後にある」と記事は指摘する。巧みな世論誘導によってイスラエル国民は「最初に手を出したのはハマス」と信じ、国民の9割が攻撃を支持。国際的にも既成事実化している。
 イスラエルは「民間人は標的にしていない」とも繰り返している。しかし、狭いガザの人口は約150万人。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)ガザ事務所のギング代表は「人口密集地で軍事作戦をすれば、大勢の民間人が死傷するのは避けられない」と語る。
 実際、ガザにある独立系のパレスチナ人権センターによると、976人の死者のうち673人(69%)が民間人で、225人(23%)は子供だ。
 今回の攻撃に、国際社会では「過剰な武器使用」(パンギムン国連事務総長)との批判が高まっている。戦時の民間人保護を規定するジュネーブ条約では「民間人への攻撃や民間の住宅、非軍事施設への無差別攻撃」は「重大な違反行為」と規定している。米欧に本部をおく人権組織はイスラエルに「違法な攻撃を停止せよ」と抗議している。
       ◇
 イスラエル軍は05年秋にガザから撤退したが、それによってガザが主権を回復したわけではない。法的にも実際上も、ガザはなおイスラエルの軍事占領下にある。イスラエルはガザの検問所をすべて封鎖しており、住民はイスラエルの許可なしにガザを出ることも、外国と直接取引することもできない。
 ハマスがガザを支配した07年6月以来、イスラエルがガザの封鎖を続けていること自体が、そもそも国際法に違反しているー。そんな議論が、国連人権理事会や人椎組織では今回の攻撃の前から出ていた。
 国連人道問題調整事務所は昨年12月15日、「ガザ封鎖の影響、人間的尊厳の危機」と題する報告書を提出した。報告によると、イスラエルからくる燃料供給が止まって発電所が動かず、1日16時間の停電がある。水道も半分以上の住民に週に1回数時間しか流れない。昨年11月以降、ガザには1日平均6台のトラックしか入っておらず、「住民は毎日、水を蓄え、食糧や燃料を探すことで追われている」という。
また、製造業や農業などの産業も止まり、失業率は49%。長引く封鎖で日収が3ドル以下の極貧世帯が70%に上る。病院ですら医薬品の不足が深刻だ。
国連人権理事会のパレスチナ地域特別報告者のリチャード・フォーク氏は12月半ばに「イスラエルの封鎖は住民への集団懲罰を禁止するジュネーブ条約違反だ」とする声明を出した。
 ジュネーブ条約は、軍事占領をする占領国の義務として、「住民の食糧及び医療品の供給を確保する義務を負う。占領地域の資源が不十分な場合には、必要な食糧、医療品その他の物品を輸入しなければならない」と規定する。ガザ封鎖は、占領国の義務を果たしていないうえに、非人道的な抑圧を住民に加える措置といえる。

封鎖解除が和平への鍵
 国連のパン事務総長は昨年12月、イスラエルとハマスの停戦が終了した時に「双方が国際人権法を尊重して、ハマスは攻撃をやめ、イスラエルは封鎖を解除せよ」と訴えた。早急に解決すべき問題は①占領下の封鎖②住宅地へのロケット弾攻撃ーという二つの国際法違反だった。ところが、イスラエルは「ロケット弾への報復」として空爆を始め、状況を悪化させた。
 ガザの封鎖に対して日本を含め国際社会の関心は薄かった。停戦が終了した時点で日本外務省は声明で「ロケット攻撃の停止」と「イスラエルの自制」を求めただけで、封鎖によるガザ市民の苦境には触れなかった。
中東和平に至る道のりは3段階で考えなければならない。①イスラエル軍による自治区への攻撃の停止と軍の撤退 ②ハマスのロケット弾発射停止と占領地の封鎖解 ③交渉を通じイスラエルが占領を終わらせ、パレスチナ人とアラブ諸国もイスラエル敵やめ、その生存権を認めるガザの悲劇を速やかに終わらせるため、停戦交渉で「イスラエルの攻撃停止」と「ハマスのロケット弾攻撃停止」を交換条件とするのはやむを得ないが、占領地の封鎖が解除されなければ、ガザの人々の困窮は終わらない。それでは安定した停戦とはならず、中東和平プロセスを始めることもできないことを国際社会は認識すべきである。
(編集委員・川上泰徳)
(朝日新聞 2009.1月17日)



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