みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

新型プリウスやってきましたぁ/フウセンカズラ・谷渡りの木 別名:人工衛星の木・百日紅「夏祭り」

2011-07-31 22:32:12 | 花/美しいもの
エスティマハイブリッドが壊れてしまったので、
修理に出したら、80万から100万ほどかかるということ。

20万キロ以上走っているので買い替えることにしました。

廃車になってしまったエスティマとは修理に出したままお別れもせず。
2か月ほど代車に乗っていて、やっと新型プリウスが届きました。

   
新型プリウス(トヨタ自動車)
   

おふたりさまだし、もう大きい車はいらない、との判断。
価格もエスティマハイブリッドの半分くらいだし。

ドライブにでも行きたいのですが、勉強会の課題のファイルが続々と届いていて、
ほぼ缶詰状態。
夕方、近くの薬局の往復に約10分乗っただけ。
ぶつけるといけないので、さすが緊張しました。

帰ってすぐにパソコンの前に、逆戻り。

つ  か  れ  た  あ  - ー

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気分転換で家から外に出たついでに、庭の花を写しました。

フウセンカズラ
  

リョウブ、リコリス、・ ・ ・ あと忘れた。
   

谷渡りの木 別名:人工衛星の木
    

  

百日紅「夏祭り」は知らないうちに咲いていて、
   
日本ミツバチがたくさん来ていました。
  

きっと東の箱のニホンミツバチでしょう。
   

西の箱のミツバチは、  とうとう一匹もいなくなりました。

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国の原発対応に満身の怒り - 児玉龍彦/今さらですが 測定も評価も難しい…内部被ばく

2011-07-30 11:32:55 | 地震・原発・災害
ツイッターやブログなど、web上で共感の輪が静かに広がっている、
衆議院厚生労働委員会での児玉龍彦参考人の発言を紹介します。

一人でも多くの人に聞いてほしいので、ぜひ視聴してみてください。

  2011.07.27 国の原発対応に満身の怒り - 児玉龍彦 

2011年7月27日 (水) 衆議院厚生労働委員会
「放射線の健康への影響」参考人説明より
児玉龍彦(参考人 東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)

衆議院TVのこの会議のURL:
http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib3.php?deli_id=41163&media_type=wb


児玉教授の4つの緊急提案
14:10 (1) 国策として、食品・土壌・水を、日本が持っている最新鋭の機器を投入して抜本的に改善する。
14:36 (2) 緊急に子供の被曝を減少させるために新しい法律を制定する。
15:37 (3) 国策として、土壌汚染を除染する技術に民間の力を結集する。

時間制限のためか、4つ目の提言が話されていません。 



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児玉龍彦教授の衆議院厚生労働委員会での参考人説明の動画の
文字版も、守田敏也さんのブログ「明日に向けて」に全文紹介されています。

以下は、内部被ばくの新聞記事も含めて長いので、読みたい方はお読みになってください。

 明日に向けて(208)放射線の健康への影響について(児玉龍彦教授国会発言)改訂版

・・・・・・・・・・・・・
以下、児玉さんの発言のノートテークをお届けします。
(なお当初投稿したものは、画像・ノートテーク共に最初が切れて
いたので、初めから映っているものに差し替えました。この際、誤
字脱字など数か所訂正しました。何人かの方がアドバイスをください
ました。お礼申し上げます)

*****************************
衆議院厚生労働委員会 「放射線の健康への影響について」
児玉龍彦教授発言 7月27日
http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo


私は東京大学アイソトープ総合センター長の児玉です。
3月15日に、大変に驚愕しました。私ども東京大学には27箇所の
アイソトープセンターがあり、放射線の防護とその除染などの責任
を負っております。

私自身は内科の医者でして、東大病院の放射線の除染などに数十
年関わっております。まず3月15日の午前9時ごろ、東海村で5マイ
クロシーベルトという線量を経験(観測)しまして、それを文科省
に第10条通報ということで直ちに通報いたしました。

その後東京で0.5マイクロシーベルトを超える線量を検出しま
した。これは一過性に下がりまして、そのあと3月21日に東京で雨
が降り0.2マイクロシーベルト等の線量が降下し、これが今日ま
での高い線量の原因になっていると思っております。このときに
枝野官房長官が、さしあたり健康にあまり問題がないということを
おっしゃいましたが、私はじっさいにこのときにこれは大変なこと
になると思いました。なぜなら現行の放射線の障害防止法というの
は、高い線量の放射線が少しあることを前提にしています。このと
きは総量はあまり問題ではなくて、個々の濃度が問題になります。

ところが今回の福島原発の事故というのは、100キロ圏で5マイクロ
シーベルト、200キロ圏で0.5マイクロシーベルト、さらにそれを越
えて、足柄から静岡のお茶にまで汚染が及んでいることは、今日、
すべてのみなさんがご存じの通りであります。

われわれが放射線障害をみるときには総量を見ます。それでは政府
と東京電力はいったい今回の福島原発事故の総量がどれぐらいであ
るかはっきりとした報告はまったくしていません。

そこで私どもはアイソトープセンターの知識をもとに計算してみま
すと、まず熱量からの計算では広島原爆の29.6個分に相当するもの
が露出しております。ウラン換算では20個分のものが漏出していま
す。

さらにおそるべきことにはこれまでの知見で、原爆による放射能の
残存量と、原発から放出されたものの残存量は1年経って、原爆が
1000分の1程度に低下するのに対して、原発からの放射線汚染物は
10分の1程度にしかならない。

つまり今回の福島原発の問題はチェルノブイリ事故と同様、原爆数
十個分に相当する量と、原爆汚染よりもずっと大量の残存物を放出
したということが、まず考える前提になります。

そうしますと、われわれはシステム生物学というシステム論的にも
のをみるやり方でやっているのですが、総量が少ない場合には、あ
る人にかかる濃度だけを見ればいいです。しかしながら総量が非常
に膨大にありますと、これは粒子の問題です。

粒子の拡散というのは、非線形という科学になりまして、われわれ
の流体力学の計算ではもっとも難しいことになりますが、核燃料と
いうものは、砂粒のようなものが、合成樹脂のようなものの中に埋
め込まれております。

これがメルトダウンして放出されるとなると、細かい粒子がたくさ
ん放出されるようになります。そうしたものが出てまいりますと、
どういうことがおこるかというのが今回の稲藁の問題です。例えば
岩手の藤原町では、稲藁5万7千ベクレルパーキログラム、宮城県の
大崎1万7千ベクレルパーキログラム、南相馬市10万6千パーキログラ
ム、白河市9万7千パーキログラム、岩手6万4千パーキログラムと
いうことで、この数値はけして同心円上にはいかない。どこでどう
落ちているかということは、その時の天候、また例えばその物質が
水を吸い上げたかどうか、にかかります。

今回の場合も、私は南相馬に毎週行っています。東大のアイソトー
プセンターは現在までに7回の除染を行っていますが、南相馬に最初
にいったときには1台のNaIカウンターしかありません。農林省が
通達を出した3月19日には、食料も水もガソリンもつきようとして、
南相馬市長が痛切な訴えをWEBに流したのは広く知られていると
ころであります。

そのような中で通達1枚を出しても誰も見ることができないし、誰
も知ることができません。稲藁がそのような危険な状態にあるとい
うことは、まったく農家は認識されていない。農家は資料を外国か
ら買って、何十万という負担を負って、さらに牛にやる水は実際に
自分たちが飲む地下水にその日から代えています。

そうするとわれわれが何をやらなければいけないのかというと、ま
ず汚染地で徹底的な測定ができるように保障しなければいけません。
われわれが5月下旬に行ったときに1台しか南相馬になかったという
けれど、実際には米軍から20台の個人線量計が来ていました。しか
しその英文の解説書を市役所の教育委員会で分からなくて、われわ
れが行って、教えてあげて実際に使いだしてはじめて20個での測定
ができるようになった。それが現地の状況です。

それから先程から食品検査と言われていますが、ゲルマニウムカウ
ンターというのではなしに、今日ではもっとイメージングベースの
測定器が、はるかにたくさん半導体で開発されています。なぜ政府
はそれを全面的に応用してやろうとして、全国に作るためにお金を
使わないのか。3カ月経ってそのようなことが全く行われていないこ
とに私は満身の怒りを表明します。

第二番目です。私の専門は、小渕総理のときから内閣の抗体薬品の
責任者でして今日では最先端研究支援ということで、30億円をかけ
て、抗体医薬品にアイソトープをつけて癌の治療をやる、すなわち
人間の身体の中にアイソトープを打ち込むのが私の仕事ですから、
内部被曝問題に関して、一番必死に研究しております。

そこで内部被曝がどのように起きるかということを説明させていた
だきます。内部被曝の一番大きな問題は癌です。癌がなぜ起きるか
というと、DNAの切断を行います。ただしご存知のように、
DNAというのは二重らせんですから、二重のときは非常に安定的
です。

それが細胞分裂するときは、二重らせんが1本になって2倍になり、
4本になります。この過程のところがもの凄く危険です。そのために
妊婦の胎児、それから幼い子ども、成長期の増殖の盛んな細胞に対
しては、放射線障害は非常な危険性を持ちます。

さらに大人においても、増殖の盛んな細胞、例えば放射性物質を与
えると、髪の毛に影響したり、貧血になったり、それから腸管上皮
に影響しますが、これらはいずれも増殖の盛んな細胞でして、そう
いうところが放射線障害のイロハになります。

それで私たちが内部に与えた場合のことで知っている事例を挙げま
す。これは実際には一つの遺伝子の変異では癌はおこりません。
最初の放射線のヒットが起こったあとにもう一個の別の要因で、癌
への変異が起こるということ、これはドライバーミューテーション
とか、パッセンジャーミューテーションとか、細かいことになりま
すが、それは参考の文献をつけてありますので、後で、チェルノ
ブイリの場合や、セシウムの場合を挙げていますので、それを見て
いただきますが、まず一番有名なのはα線です。

プルトニウムを飲んでも大丈夫という東大教授がいると聞いて、
私はびっくりしましたが、α線は最も危険な物質であります。それ
はトロトラスト肝障害というところで、私ども肝臓医は、すごくよ
く知っております。

要するに内部被曝というのは、さきほどから何ミリシーベルトと
いう形で言われていますが、そういうのは全く意味がありません。
I131(ヨウ素131)は甲状腺に集まります。トロトラストは
肝臓に集まります。セシウムは尿管上皮、膀胱に集まります。
これらの体内の集積点をみなければ全身をいくらホールボディ
スキャンしても、まったく意味がありません。

トロトラストの場合、これは造影剤でして、1890年からドイツで用
いられ、1930年頃から日本でも用いられましたが、その後、20から
30年経つと肝臓がんが25%から30%起こるということが分かってま
いりました。最初のが出て来るまで20年というのが何故かと言うと、
トロトラストはα線核種なのですが、α線は近隣の細胞を障害しま
す。そのときに一番やられるのは、P53という遺伝子です。

われわれは今、ゲノム科学ということで人の遺伝子の配列を知って
いますが、一人の人間と別の人間はだいたい三百万箇所違います。
ですから人間を同じとして扱うような処理は今日ではまったく意味
がありません。いわゆるパーソナライズドメディスンと言われるよ
うなやり方で、放射線の内部障害を見るときにも、どの遺伝子がや
られて、どのような変化が起こっているかということをみることが、
原則的な考え方として大事です。

トロトラストの場合は、第一の段階でP53の遺伝子がやられて、それ
に続く第二、第三の変異が起こるのが20年から30年かかり、そこで
肝臓癌や白血病が起こってくることが証明されています。

次にヨウ素131、ご存知のように甲状腺に集まりますが、成長期の
集積がもっとも特徴的であり、小児に起こります。しかしながら1991
年に最初、ウクライナの学者が甲状腺癌が多発しているというときに、
日本やアメリカの学者は、ネイチャーに、これは因果関係が分から
ないということを投稿しております。なぜかというと1986年以前の
データがないから統計学的に有意だということが言えないということ
です。

しかし統計学的に有意だということが分かったのは、20年後です。
20年後に何が分かったかというと、86年から起こったピークが消えた
ために、過去のデータがなくても因果関係があるということがエビ
デンスになった。ですから疫学的な証明というのは非常に難しくて、
全部の症例が終わるまでだいたい証明できないです。

ですから今、われわれに求められている子どもを守るという観点から
はまったく違った方法が求められます。そこで今、行われているのは
国立のバイオアッセ―研究センターという化学物質の効果を見る、
福島昭治先生という方がチェルノブイリの尿路系に集まるものを検討
されていまして、福島先生たちが、ウクライナの医師と相談して500
例以上のある症例を集めています。

前立腺肥大のときに手術をしますと膀胱もとれてきます。これを見まし
て検索したところ、高濃度の汚染地区、尿中に6ベクレルパーリットル
と微量ですが、その地域ではP53の変異が非常に増えていて、しかも
増殖性の前癌状態、われわれからみますと、P38というMAPキナーゼと、
NFカッパーBというシグナルが活性化されているのですが、それに
よる増殖性の膀胱炎というのが必発性でありまして、かなりの率で
上皮内の癌ができているということが、報告されています。

それでこの量に愕然といたしましたのは、福島の母親の母乳から2から
13ベクレル、7名から検出されているというがすでに報告されていること
であります。われわれアイソトープ総合センターでは、現在まで毎週
だいたい4人ぐらいの所員を派遣しまして、南相馬市の除染に協力して
おります。

南相馬でも起こっていることはまったくそうでして、20キロ、30キロ
という分け方はぜんぜん意味が無くて、幼稚園ごとに測っていかないと
全然ダメです。それで現在、20キロから30キロ圏にバスをたてて、
1700人の子どもが行っていますが、実際には南相馬で中心地区は海側で、
学校の7割は比較的線量は低いです。

ところが30キロ以遠の飯館村に近い方の学校にスクールバスで毎日100
万円かけて、子どもが強制的に移動させられています。このような事態
は一刻も早くやめさせてください。今、一番その障害になっているのは、
強制避難でないと補償しないということ。参議院のこの前の委員会で
当時の東電の清水社長と海江田経済産業大臣がそのような答弁を行って
いますが、これは分けて下さい。補償問題と線引の問題と、子どもの
問題は、ただちに分けて下さい。子どもを守るために全力を尽くすこと
をぜひお願いします。

それからもう一つは現地でやっていて思いますが、緊急避難的除染と
恒久的除染をはっきりわけていただきたい。緊急避難的除染をわれわれ
もかなりやっております。例えば図表にでています滑り台の下、ここは
小さい子どもが手をつくところですが、滑り台から雨水が落ちて来ると
毎回ここに濃縮します。右側と左側にずれがあって、片側に集まって
いますと、平均線量1マイクロのところですと、10マイクロの線量が
出てきます。こういうところの除染は緊急にどんどんやらなくては
なりません。

またコケが生えているような雨どいの下、これも実際に子どもが手を
ついたりしているところなのですが、そういうところは、高圧洗浄機を
持って行ってコケをはらうと2マイクロシーベルトが0.5マイクロ
シーベルトにまでなります。

だけれども、0.5マイクロシーベルト以下にするのは非常に難しいです。
それは建物すべて、樹木すべて、地域すべてが汚染されていますと、
一か所だけを洗っても全体を下げることは非常に難しいです。

ですから除染を本当にやるときに、一体どれぐらいの問題がかかり、
どれぐらいのコストがかかるかといことをイタイイタイ病の一例であげ
ますと、カドミウム汚染地域、だいたい3000ヘクタールなのですが、
そのうち1500ヘクタールまで現在、除染の国費が8000億円投入されて
います。もしこの1000倍ということになれば一体どれだけの国費が必要
になるのか。

ですから私は4つのことを緊急に提案したいと思います。
第一に国策として、食品、土壌、水を、測定していく。日本がもってい
る最新鋭のイメージングなどを用いた機器を使って、半導体のイメージ
ング化は簡単です。イメージング化して流れ作業にしていくという意味
での最新鋭の機器を投入して、抜本的に改善してください。これは今の
日本の科学技術でまったく可能です。

二番目。緊急に子どもの被曝を減少させるために、新しい法律を制定
してください。私の現在やっていることはすべて法律違反です。現在
の障害防止法では、核施設で扱える放射線量、核種などは決められて
います。東大の27のいろいろなセンターを動員して南相馬の支援を行っ
ていますが、多くの施設はセシウム使用権限など得ていません。

車で運搬するのも違反です。しかしお母さんや先生たちに高線量のも
のを渡してくるわけにはいきませんから、今の東大の除染では、すべ
てのものをドラム缶に詰めて東京にもって帰ってきています。受け入
れも法律違反、すべて法律違反です。このような状態を放置している
のは国会の責任であります。

全国の国立大学のアイソトープセンターには、ゲルマニウムをはじめ
最新鋭の機種を持っているところはたくさんあります。そういうとこ
ろが手足を縛られたままで、どうやって、国民の総力をあげて子ども
を守れるでしょうか。これは国会の完全なる怠慢であります。

第三番目、国策として土壌汚染を除染する技術に、民間の力を結集して
下さい。これは例えば東レとかクリタだとかさまざまな化学メーカー。
千代田テクノルとかアトックスというような放射線除去メーカー、竹中
工務店などは、放射線の除染に対してさまざまなノウハウを持っていま
す。こういうものを結集して、ただちに現地に除染研究センターを作っ
て、実際に何十兆円という国費をかかるのを、今のままだと利権がらみ
の公共事業になりかねないいう危惧を私は強くもっています。
国の財政事情を考えたら、そんな余裕は一瞬もありません。どうやって
本当に除染をやるか。七万人の人が自宅を離れて彷徨っているときに
国会は一体何をやっているのですか。

以上です。
(なお文中の障害防止法とは、「放射線同位元素等による放射線障害の
防止に関する法律」のことと思われます。)


  特集ワイド:今さらですが 測定も評価も難しい…内部被ばく  

福島第1原発事故で大量に漏れ出た放射性物質。体が放射線を受ける「被ばく」という言葉が連日報道されるが、放射性物質が体の中に入り込んだ「内部被ばく」とは何なのか。今さらですが、おさらいしてみましょう。【宍戸護】

 ◇原爆被害では重視されず 髪を取り置くなど対策を
 Q 被ばくとは何ですか。
 内部被ばくの研究を長年してきた稲葉次郎・元国際放射線防護委員会(ICRP)委員 放射線を体の外から受けることを外部被ばく、呼吸や飲食を通して体に入った放射性物質から受けることを内部被ばくといいます。体に入った放射性物質を線源と呼び、1秒間に出る放射線の数をベクレルという単位で表します。放射性物質には放射性ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プルトニウムなどがあり、それぞれの性質により、α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)線などの放射線を出します。各線ごとに体に与える影響の大きさも違います。これらのあらゆる要素を取り込んで、人体への影響を勘案した単位がシーベルトで、累積100ミリシーベルトを超えると体に障害が生じる可能性が出てきます。
 内部被ばくの具体例としては、20世紀前半の米国で、ラジウムを含む蛍光塗料を使って筆で時計の文字盤などを作っていた労働者が、骨肉腫で死亡するケースが相次ぎました。筆先をなめながら作業し、体内にラジウムを取り込んだのが原因です。ラジウムは化学的性質がカルシウムに似ていて、骨に沈着し組織を破壊していました。
 ■
Q どういうメカニズムで体に影響するのですか。
 原爆症認定集団訴訟で内部被ばくについて証言している矢ヶ崎克馬・琉球大名誉教授(物性物理学) 体は60兆の細胞の集まりです。細胞には自らの情報を伝える遺伝子(DNA)があり、そのDNAはたくさんの原子が連なった分子からできています。一方、放射線にはα線、β線、γ線などがあり、α線が飛ぶ範囲は40マイクロメートル、β線は1センチ程度、γ線は体を貫通します。放射性物質のチリが体外にある時は主にγ線で被ばくしますが、体内にある場合はα線やβ線でも被ばくします。この二つの放射線はごく短距離で消滅しますが、その間に大きなエネルギーを集中的に出し、DNAの分子を切断し傷つけます。100ミリシーベルト以下でも安全とはいえません。ただしICRPでは、γ線のみを対象にしたモデルで、被ばく量を臓器ごとに平均化・均質化しており、低線量の内部被ばくで障害が出ることを認めていません。
 稲葉元委員 DNAの鎖は確かに切れたりしますが、DNAは壊れても修復する能力を持っています。修復できずにDNAが変質した細胞は自死したり、変質した細胞を免疫系がやっつける仕組みも持っています。いずれの監視網も逃れた細胞が最終的にがんになります。
 一方、放射性物質が体内にある間、体は被ばくし続けます。放射性物質には物理学的半減期のほかに、代謝を通して体の中から排出されていく生物学的半減期があります。物理学的半減期はセシウム137が30年、放射性ヨウ素は8日、ストロンチウムは29年、プルトニウムは2万4000年。生物学的半減期はセシウムが100日、放射性ヨウ素が80日、プルトニウムは数十年。ストロンチウムは数年~20年という最近の報告もあります。臓器別では、セシウムは筋肉に蓄積し、放射性ヨウ素は、甲状腺に集まります。カルシウムと性質が似ているストロンチウムは骨に、プルトニウムは肺や骨、肝臓に沈着します。
 ■
 Q 被害について分かっていることを教えてください。
 広島で被爆し、被爆者治療に携わってきた全日本民医連顧問の肥田舜太郎医師 広島・長崎の原爆被害が参考になります。広島で閃光(せんこう)(ピカ)と爆風(ドン)に遭った多くの人は発熱から吐血に至る被ばくの急性症状で亡くなりました。続けて爆発後、市街地に入っただけで原爆病となり死亡した人が相次ぎました。症状は下痢や口内炎、鼻血、紫斑などで、血を吐いて亡くなりました。その後、「体がだるい」と「ぶらぶら病」を訴える人も大勢出ました。当初は原因が分からず、多くの人は「怠けている」と差別された。原因を探して30年後、米国人研究者の著書で、内部被ばくを知りました。
 矢ヶ崎教授 広島・長崎の被ばくの大きさを評価するため、日米両政府の共同研究機関などが4回、調査報告書を出しています。このうち内部被ばくに触れたのは86年の報告書だけで、しかも事実上内部被ばくを否定する内容でした。06年以降、各地の裁判で原爆症の人々の内部被ばくを認める判決が出てきますが、日本政府は事実上内部被ばくの被害を認めていません。
 稲葉元委員 広島、長崎の長期調査は、基本的には外部被ばくのみという考え方に基づいています。ただし、今回の福島の事故では、内部被ばくもきちんと測定し、評価しないといけません。
 ■
 Q がんとの因果関係は?
 肥田医師 占領軍の調査は原爆投下4年後に開始されました。それまでに多くの人が亡くなりましたが調査されていません。また、爆心地から半径2キロ外の被爆者、つまり内部被ばくの被害者は事実上除外されました。検査が受けられると喜んで病院に行き、がっくりして戻ってきた患者さんの表情を覚えています。内部被ばくを測定する装置ホールボディーカウンターや尿検査で体内にある放射線量の一部を測定することはできますが、がんとの因果関係をはっきりと証明することは今も難しいのが実情です。
 矢ヶ崎教授 ホールボディーカウンターは体を突き抜けるγ線を測定するのであって、体から飛び出してこないα線やβ線をとらえることはできません。しかしα線やβ線によって体の中で被ばくしていることは確かです。欧州の放射線専門家で作る欧州放射線リスク委員会によると、内部被ばくの実際のひどさは、外部被ばくの600倍の影響があるというチェルノブイリ以後の研究もあります。

 Q 被害に備え、国や個人がやるべきことは?
 稲葉元委員 国が示している食品の暫定基準値はもっと分かりやすくしたほうがいいと思います。国には、学校給食のような日常食の放射線量を目安として出すことを検討してほしい。
 肥田医師 人の命の重さを考えれば、福島第1原発からなるべく遠ざかるしかない。福島にいる子どもを他県に疎開させる仕組みを政府には作ってほしいと思います。
 矢ヶ崎教授 現実的な個人の対策として、散髪の際、髪の毛の一部を取っておくことを勧めます。放射性物質が含まれており、がんになったときの証拠になります。国は自らの責任で全国民の健康管理をし、被害者を救済する医療制度を設けるべきです。
==============

 ◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を t.yukan@mainichi.co.jp
ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2011年7月28日 東京夕刊


  ヒバクシャからの警告:/2線引き 内部被ばく、対応疑問 

◇「政府はもっと真剣に考えよ」
 東日本大震災の大津波が襲った翌日の3月12日、福島第1原発の1号機が水素爆発する映像を自宅のテレビで見た全国被爆体験者協議会長の小川博文さん(68)=長崎市=は、ぼうぜんとなった。プラントメーカー技術者の経験から、原子炉が制御不能になったことが容易に想像できた。「放射性物質がまき散らされ、発がんなど将来にわたり不安を抱える私たちのような『核被害者』が生まれかねない」
 小川さんは長崎地裁で係争中の「被爆体験者」集団訴訟の原告団長だ。被爆者健康手帳を申請して却下された395人が、国や長崎県などを相手取り処分の取り消しなどを求めている。国が定める長崎原爆の被爆地域は、爆心地から南北に最大約12キロ、東西約7キロの細長い範囲で、小川さんたちはその外にいた。広島と同様に国の線引きで、被爆者と区別された。訴訟では、放射性降下物を井戸水や農作物とともに体内に取り込み「内部被ばく」し、がん発症など健康被害を受けたなどと主張し「被爆者」として認めるよう訴えている。
 原爆投下時、小川さんは2歳7カ月で、爆心地から南西に10・1キロの畑で作業する母のそばから海を眺めていた。「目の前で2メートルくらいの青い光を見た」。小1で慢性腎炎になるなど病気がちで、小学校では2年留年した。今も体の不調を抱える。
 26歳でプラントメーカーに入社。08年に廃炉が決まった浜岡原発1号機(静岡県)の建設にも約1カ月間従事した。原子炉について独学した。もとより、放射線被害の怖さは身をもって知っている。以後、原発での仕事は極力避けてきた。
 国は、原発事故で半径20キロ圏などで住民を避難させる一方、集団訴訟では「被爆地域外で内部被ばくによる人体への影響があったと結論付けるデータはない」と主張する。原告らは、広島で黒い雨を浴びながら援護対象にならない人たちと同じく、国の対応に矛盾を感じている。
 チェルノブイリ周辺で放射線調査をした元気象研究所研究室長の増田善信さん(87)は「原発事故と原爆の違いはあるが『被ばく』は同じ。放射性セシウムによる汚染牛の問題は内部被ばくを象徴している。微量摂取した人が全て病気になるとは限らないが、政府はもっと真剣に考えるべきだ」と警告する。
 07年11月の提訴から間もなく4年。小川さんは「一刻も早く勝訴し、内部被ばくの危険性も提起したい。そして、放射線を浴びたヒバクシャが今も生きていることをフクシマの人たちに伝え、勇気づけたい」と語った。【下原知広】=つづく
==============
 ■ことば
 ◇被爆体験者

 長崎市の爆心地から半径12キロ以内で原爆に遭遇しながら、被爆者援護法で定められた被爆地域外とされた人。長崎ではすり鉢状の地形から、12キロ圏内でも被爆地域に入らない場所がある。健康被害を訴える人も多く、02年に国が「長崎被爆体験者支援事業」と位置付けた。当初、医療支援は▽感染症▽がん▽外傷--以外の健康被害が対象だったが、05年から精神疾患などに限られた。受給認定されているのは7823人(11年5月末現在)。一方、被爆者は多くの病気で医療費の自己負担がなく、健康管理手当(月額3万3670円)などが支給される。
毎日新聞 2011年7月27日 東京朝刊


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「フェミニズムの先駆者」に誇り 退職の上野千鶴子が特別講義(朝日新聞)

2011-07-29 08:52:08 | ジェンダー/上野千鶴子
上野千鶴子さんの7月9日の特別講演が、朝日新聞に載りました。

記事の最後には、「この講義の模様はインターネットで視聴できる(http://wan.or.jp/)」と、
ちゃんとWANのサイトも紹介されています。

WANウイメンズ アクション ネットワーク

上野千鶴子さんの講演の記事は、わたしも、7月10日のブログにアップしました。
上野千鶴子さんの感動的な講演「生き延びるための思想」
/【悩みのるつぼ】性教育はオトナのほうが必要(2011-07-10)


きょうは、8月の「議員と市民の勉強会」の課題のレジメを見るのに忙しくなりそうなので、
とりいそぎ、記事だけでも紹介します。

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 「フェミニズムの先駆者」に誇り 退職の上野千鶴子が特別講義 
2011年7月28日  朝日新聞
 
 今年3月に東京大学を退職した社会学者・上野千鶴子の特別講義が9日、東大で開かれた。3月に予定されていた最終講義が、震災の影響で延期されていた。
 上野は1982年、『セクシィ・ギャルの大研究』で論壇デビュー。フェミニズムと女性学の代表的な論客として活動し、老後の女性シングルの生き方を論じた『おひとりさまの老後』(2007年)は、ベストセラーになった。
 自らを「女性学というベンチャーの創業者」という上野は、フェミニズムを「女性解放の思想と行動」、女性学を「フェミニズムのための理論と研究」と定義し、車の両輪にたとえた。70年代のウーマンリブ運動からフェミニズムが、さらにその実践を言語化、理論化するために女性学が生まれたという。
 女性学は当事者の学問であり、40年前に、大学の外で民間学として始まった。『当事者主権』という共著書もある上野は、当事者の権利とは「私の運命は私で決める、という誰にも譲り渡すことのできない至高の権利だ」とする。社会的弱者はその権利を長く奪われてきたが、いまや女性学だけでなく、患者学、ケア学など、「弱者」とされてきた当事者の視点に立った学問は大きな潮流となった。
 「超高齢化社会が来てよかったと思っている。かつて強者であった人も、最後には誰かに支えてもらわないと自分の生を全うできない。強者も、自分が弱者になる可能性を想像しなければならない社会だからです」
 フェミニズムも女性学も、その意味では、女性だけのためのものではない。弱者が弱者として尊重される社会をめざすものなのだ。
 「フェミニズムの権威、とは呼ばれたくないが、パイオニアと呼ばれることには誇りを持っている」
 もちろん、それは一人が切り開いたものではない。上野自身、19世紀末までさかのぼる女性運動の先人たちから「バトンを受けついできた」という自覚がある。
 「私はフェミニズムの評判がどんなに悪くなっても、この看板は下ろさない。語る言葉を持たなかった女たちが、言葉をつくるために悪戦苦闘してきた。その先輩たちのおかげで私はいる」
 上野が講演の最後をこう締めくくると、教え子も多数詰めかけた会場に万雷の拍手が響いた。
「恩返しのために、次の世代へ渡す時期が来た。バトンは受け取る人がいないと落っこちてしまう。どうぞ受け取って下さい」
 この講義の模様はインターネットで視聴できる(http://wan.or.jp/)。(樋口大二)


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7/29(金)午後6時半~「未来につなげる・東海ネット」結成集会/福島原発事故の関連本、紹介。

2011-07-28 16:30:01 | 地震・原発・災害
長年、反原発運動をやっている友人から
以下の結成集会の呼びかけメールが届きました。

明日の夜、名古屋で開催とのこと。
「福島第1原発の事故をそれぞれの団体・個人の活動を生かしつつ、
情報交換をしながら必要と思われるところで横につながれるようなネットワークにしたい」人、
ぜひご参加ください。

 <7月29日(金)>
■「未来につなげる・東海ネット」結成集会

と き:7月29日(金)午後6時半~8時半
ところ:名古屋YWCA(ビッグスペース)
内 容:記念講演:河田昌東さん(チェルノブイリ救援・中部)
    会の進め方の提案
    各プロジェクトの報告と参加呼びかけ
    参加各団体からのアピール
主 催:未来につなげる・東海ネット
参加 費:資料代:500円
連絡先:名古屋市昭和区鶴舞3-10-8
tel:050-3500-2887
http://tokainet.wordpress.com/

 東北大震災に起因する福島第1原発事故という未曾有の大事故が現在進行形で続いています。
地震と津波の被害に加え、原発震災という事態の中で、拡散した放射能が食物や環境など
さまざまなところに影響を与え、住民は非常に困難な生活を余儀なくされています。
エネルギー政策を原子力に頼り、原発の危険性を指摘されながらも地震多発国である日本に、
54基もの原発を建設してきた結果がこの大惨事を引き起こしました。
 とりわけ、今後30年間に87%の確率で起こるといわれている、
東海地震の震源地にある浜岡原発は現在運転が中止がされていますが、
政府・電力会社は運転再開を諦めてはいません。
すでに、様々な団体が、原発事故に関して、集会や講演会、パレードなどを企画していますが、
問題を解決するには、より力を結集して取り組む必要があると考えた団体・個人があつまり
、「未来につなげる・東海ネット」を立ち上げることとしました。
福島原発事故が提起した課題は様々あり、その全部に共同で対処することはできませんが、
それぞれの団体・個人の活動を生かしつつ、情報交換をしながら
必要と思われるところで横につながれるようなネットワークにしたいと考えています。
広く皆様の参加と賛同をよびかけるために、7月29日に結成集会を行います。


■「未来につなげる・東海ネット」ホームページ 
脱原発社会を実現する市民のネットワーク
はこちらから。

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後半は、さいきん読んだ原発事故関連の4冊を紹介します。

中井久夫さんの「災害がほんとうに襲った時」は、大災害が起きた時に、
人はどのように考え行動するのかという阪神大震災の記録です。

『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(広瀬隆著/朝日新聞出版) 

 『福島原発の真実』(佐藤栄佐久著/平凡社新書) 



『暴走する原発 チェルノブイリから福島へ これから起こる本当のこと』
広河隆一
チェルノブイリから福島へ 戦慄の明日
チェルノブイリ原発事故以降、ウクライナとベラルーシ、周辺諸国でどのように汚染が広がり、人々が食べ物から被曝していったか、5年後、10年後のデータで明らかにしていきます。
 2011年5月1日現在、日本の子どもたちが通う福島県の幼稚園・小・中学校で暫定基準とされた放射線の年間被曝許容量は、ウクライナで強制避難地域とされた土地で年間に被曝する放射線量の4倍です。このままでは、チェルノブイリの被曝の悪夢が、日本で再現されてしまいます。
 50回以上チェルノブイリ原発事故被災地の取材を重ねた著者が、現地と協力して93年に避難民健康調査をしたデータも掲載。事故直後の政府からの「健康に影響はない」発言、避難地域をなるべく小さくしようと動いたこと、食べ物の放射線基準値の引き上げ…旧ソ連と2011年の日本は同じ事が起きているのが読み進むにつれて戦慄をもって迫ってきます。
 これから福島がどのように復興していく道があるのかを考えるための必読書です。 

編集者からのおすすめ情報巻末に広瀬隆さんの特別寄稿を10ページ掲載しています。
広瀬さんが抱いている危機感が尋常ではない強さで伝わってきます。
「広河隆一と広瀬隆が揃って話をするということは、日本にとって最悪の事態です」と広瀬さんが言うとおり、「日本にとって最悪の事態」を読み解き、理解し、行動へつなげていく一助にこの本を役立ててください!

 2011年5月30日、ウクライナから、広河隆一さんに、有功勲章が授与されました。20年に渡るチェルノブイリの子どもたちへの支援に感謝してのものです。有功勲章というのは、ウクライナ国家にとって、実際に役立つ功績のあった人に贈られる名誉ある勲章だそうです。チェルノブイリ被災者への支援で、これまでウクライナから勲章を授与された人は、広河隆一さんだけだそうです。広河さんは、顧問をつとめる「チェルノブイリ子ども基金」とともに支援活動を続けてきました。ウクライナでは大変有名な支援組織です。
 授与式でウクライナ大使が「チェルノブイリ原発事故と福島原発事故は事故は違う形でしたが、結果的には同じ悲劇になってしまいました」と述べていました。事故後、避難所へ毛布を2000枚寄付されたそうで、「まさかウクライナが日本を助ける日がくるとは想像していなかった」とも。
 ウクライナでは、ハンディな放射能検知器がとても普及しているそうです。これからは日本でもそういうものが多く必要になることでしょう。
 広河さんたちは、「市民放射能検査所」を立ち上げる運動も始めました。



 中井久夫「災害がほんとうに襲った時」(中井久夫著/みすず書房)  
 
中井久夫「災害がほんとうに襲った時」電子データの公開および無償頒布につきまして(最相葉月)

このたびの東北関東大震災で亡くなられた皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また厳しい避難生活を余儀なくされている皆様、そしてご家族やご友人の安否を今も気遣われている皆様に心よりお見舞い申し上げます。

私も東京の自宅で震度5強を経験しましたが、徐々に明らかになる被害の甚大さに茫然としております。自分が何をすればよいのか、混乱のあまり躁状態となった頭を少しでも整理しようと、崩壊した書棚から崩れ落ちた一冊の本を読み返しました。阪神大震災で精神科救急にあたった医師や看護師らの地震発生から50日間の手記をまとめた、中井久夫編『1995年1月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち』(1995年3月刊、みすず書房)です。

援助者もまた被災者であるときに何が起こるのか、役割分担はどうするのか、ボランティアには何が期待されているのか、医薬品が足りないと患者に何が起こるのか、といった急性期ならでは逼迫した問題に、神戸大学医学部精神科とその応援に全国から集まった医師や看護師らがいかに対処したかが描かれています。

一気に読み終え、やはりこれはかけがえのない記録であるとその意義を再認識しました。そして、編者である中井久夫氏の手記「災害がほんとうに襲った時」を被災地で連日救援活動に当たられている医師や看護師、カウンセラーら病院関係者、その後方支援にあたられている方々、またこれから支援を考えておられる方々になんとか届けられないものだろうかと思いました。

当時神戸大学教授だった中井氏は精神科救急の司令塔として、被災したスタッフや全国からやってくるボランティアの調整役を果たされました。このときの活動がきっかけとなり、PTSDや心のケアへの関心が高まり、兵庫県こころのケアセンターが設立され、中井氏が初代所長に就任されたことはすでにご存知の方も多いかと存じます。

もちろん阪神大震災と東北関東大震災では、災害の種類も規模も物流の状況も違います。直後から物資やボランティアの人々が近県を経由してやってきた阪神大震災の経験をそのまま当てはめることはできないと思います。

しかしながら、ここには想定外の災害に初めて見舞われた一人の医師の逡巡、苦しみ、気づきがあります。災害の種類や時代を超えた普遍的なメッセージがあります。

今こそ読まれるべきではないかとの想いを強くした私は、まことに僭越と思いつつ無償配布のご提案を中井氏にいたしましたところ、「かまいません」と瞬時にご快諾いただきました。版元のみすず書房の担当編集者である守田省吾氏のご協力も得て、ここに公開させていただきます。一人でも多くの皆様に届きますよう、心当たりの方がおられましたらご案内いただけると幸いです。今、困難な任務に就いておられる皆様を心より応援いたしております。(2011年3月20日最相葉月)

*「災害がほんとうに襲ったとき」は中井久夫編『1995年1月・神戸 「阪神大震災」下の精神科医たち』(1995年3月刊・みすず書房)に収録されています
*本稿の電子データの公開および無償頒布につきましては、著者の中井久夫氏とみすず書房の許諾を得ております

中井久夫
1934年、奈良県生まれ。京都大学医学部卒業。神戸大学名誉教授。精神科医。著書に『中井久夫著作集』全6巻別巻2(岩崎学術出版社)、『西欧精神医学背景史』『臨床瑣談』(いずれも、みすず書房)、『分裂病と人類』(東京大学出版会)、『治療文化論』(岩波現代文庫)、『こんなとき私はどうしてきたか』(医学書院)、『家族の深淵』(毎日出版文化賞、みすず書房)、訳書に『カヴァフィス全詩集』(読売文学賞、ギリシア国・文学翻訳協会賞、みすず書房)など。




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上野千鶴子さん登場の新刊二冊~『“わたし”を生きる―女たちの肖像』『脱原発社会を創る30人の提言』

2011-07-27 19:23:13 | ジェンダー/上野千鶴子
インタビューの名手、島崎今日子さんの『“わたし”を生きる―女たちの肖像』が届きました。
ありがとうございます。

この本には、16人の個性的ですてきな女性たちが登場。
『婦人公論』にのった上野千鶴子さんのロングインタビューも収録されています。

上野さん以外の15人は『アエラ』の「現代の肖像」にのったもの。
上野さんのと何人かは読んだことがありますが、全員揃うと圧巻です。
届いてすぐに読んだのですが、ほんと面白くて引き込まれました。



『“わたし”を生きる―女たちの肖像』 島崎今日子【著】
紀伊國屋書店
 
(2011/07/12 出版)紀伊國屋書店web

詳細
それぞれの人生は当然のごとく違っていても、踏み越えてきた障害や抱える悩みや葛藤は相似形である。
悩みを抱え、もがきながら、仕事を通して自分を解放してきた16人。

1 表現者の孤独(山田詠美・作家―欲望を文学に昇華する永遠の“あばずれ”;夏木マリ・俳優―カッコよく終わりたい;綾戸智恵・ジャズシンガー―はみ出しだらけの歌姫;萩尾望都・漫画家―少女漫画が文学を超えた日)
2 女が動かす(林文子・ダイエー元会長兼CEO―経営にジェンダーはない;北村明子・演劇プロデューサー―芝居の魅力を教えましょう;宇津木妙子・女子ソフトボール元代表監督―全方位の愛で世界の頂へ;野田聖子・参議院議員―「雑巾がけ」を厭わず頂上を目指す)
3 闘う女(上野千鶴子・社会学者―日本一ケンカが強い学者;長与千種・プロレスラー―女子プロレスブームの立役者;北村道子・スタイリスト―身体が歓喜する服;木皿泉・脚本家―日常を輝かせる魔法のドラマ)
4 明日の女子(北原みのり・ラブピースクラブ代表―エロとフェミニズムの合体;澤田知子・写真家―自画像写真で世間を嗤う;風神ライカ・プロボクサー―孤独の闇に突き出す拳;本谷有希子・劇作家―「ぜつぼう」という名の檻を破れ)

ページの中には、もうひとりの〈あなた〉がいる――インタビューの名手として知られる著者による、各界を代表する女たち16人のノンフィクション。
◆少女マンガの神様・萩尾望都
◆スタイリストの草分け的存在で、アーティストやクリエイターから熱い支持を受ける北村道子
◆高卒のOLから巨大企業の会長にまでのぼりつめた林文子(現・横浜市長)
◆日本で一番ケンカのうまいフェミニスト・上野千鶴子
◆女子プロレスブームを巻き起こした長与千種
◆日本初の女性による女性のためのセックスグッズショップを設立した北原みのり
をはじめ、悩みを抱え、もがきながらも、さまざまな分野で先駆者・改革者として活躍してきた女たちの肖像。現代を生きる女性が仕事や人生に迷ったとき、型や枠にしばられすぎず、自分らしく生きる勇気を与えてくれる一冊。
・・・・・・・・・・・・・・(以下略)・・・・・・・・・・・・・・・・・


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上野千鶴子さんが登場するもう一冊は、『脱原発社会を創る30人の提言』。
原発について発言している30人が提言しているタイムリーな本です。
出版社は、コモンズ。
上野さんとの共編著『市民派政治を実現するための本~わたしのことはわたしが決める』の出版社です。

『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』をさがしていたら、
原発コーナーに、一緒に平積みで並んでいました。

いま注目されているいろんな分野の人の脱原発への提言は、
重層的で読みごたえがあります。



『脱原発社会を創る30人の提言』(コモンズ) 

脱原発社会とは
近代文明のあり方を問い直し
次世代のいのちを思いやること
30人の心に沁み入るメッセージ

-------------
脱原発への舵は切られた

自然エネルギーの開発、電力料金体系の見直し、節電…
原発なしで何の問題もない!
いまこそ進む方向を変え、子孫が安心して暮らせる未来を創ろう
作家やアーティストから政治家・原発専門家・有機農業者までの
熱い想いと政策提言!

--------------------------------------------------------------------------------
<目次>
大江正章
メルトダウン後の世界を結い直す――まえがきに代えて 

池澤夏樹(作家・詩人)
 <提言01> 昔、原発というものがあった 
坂本龍一(音楽家)
 <提言02> 7世代後のことまで考えて決めよう
池上彰(ジャーナリスト) 
 <提言03> 脱原発にはリアリティがある 
日比野克彦(アーティスト)
 <提言04> 千年先に伝えなくては 
小出裕章(京都大学原子炉実験所)
 <提言05> 少欲知足のすすめ 
後藤政志(元原子炉格納容器設計者)
 <提言06> シビアアクシデントは不可避である 
崎山比早子(高木学校)
 <提言07> 問われる放射線専門家の社会的責任 
飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
 <提言08> 地域分散型の自然エネルギー革命 
田中優(環境活動家・未来バンク事業組合理事長)
 <提言09> 電力需要は大幅に減らせる 
大島堅一(立命館大学教授)
 <提言10> 脱原発の経済学 
篠原孝(農林水産副大臣)
 <提言11> 政治は脱原発を実現できるか 
保坂展人(世田谷区区長)
 <提言12> 脱原発はもはや政治的テーマではない 
吉原毅(城南信用金庫理事長)
 <提言13> 原発に頼らない安心できる社会をつくろう 
上野千鶴子(社会学者・元東京大学教授)
 <提言14> 3・11と8・15――民主主義と自治への道
宇都宮健児(日本弁護士連合会会長)
 <提言15> 被災者の救済と脱原発の確実な推進を 
星寛治(有機農業者・詩人)
 <提言16> 原発と有機農業は共存できない 
菅野正寿(有機農業者・福島県有機農業ネットワーク代表)
 <提言17> 次代のために里山の再生を 
明峯哲夫(農業生物学研究室)
 <提言18> 天国はいらない、故郷を与えよ 
秋山豊寛(ジャーナリスト・宇宙飛行士)
 <提言19> 真の豊かさに気づくことから〝脱原発〟は始まる 
高橋巌(日本大学准教授)
 <提言20> 引き裂かれた関係の修復――原発を止めるためのムラとマチの連携を 
渥美京子(ルポライター)
 <提言21> 誰かのせいにせずに――排除の論理から共生へ 
藤田和芳(大地を守る会代表)
 <提言22> 効率優先社会からの決別 
上田紀行(文化人類学者)
 <提言23> 抑圧的「空気」からの脱却 
纐纈あや(映画監督)
 <提言24> いのちのつながりに連なる 
大石芳野(写真家)
 <提言25> 自然への畏れ――「東電フクシマ」からの脱却へ 
仙川環(作家)
 <提言26> 脱原発は人生の軸を変えるチャンス 
鈴木耕(編集者・ライター)
 <提言27> 私が雨を嫌いになったわけ 
斎藤貴男(フリージャーナリスト)
 <提言28> 脱原発と監視社会 
瀬川至朗(元毎日新聞論説委員)
 <提言29> 原子力とマスメディア 
中村尚司(JIPPO専務理事)
 <提言30> 原子力の軍事利用も平和利用も民衆の生活を破壊する 
瀧井宏臣
想像力の翼を手に入れよう--あとがきに代えて 
--------------------------------------------------------------------------------
<書評>
 池澤夏樹(作家)、坂本龍一(音楽家)、篠原孝(農水副大臣)、飯田哲也(環境エネルギー政策研究所長)、上野千鶴子(社会学)など、各界で活躍する30人が、“脱原発”へ向けて提言する。
 ただ、各人が感情的に“脱原発”を発言しているのではない。共通するのは、将来のエネルギー確保をどう考えるのか――という内容。国民がこのテーマを考える場合に役立つ考え方を数多く示す。
 坂本龍一氏は「原発を進めたいならば東京、大阪に造るべき。そこから出る放射能廃棄物は電気を使う東京へ埋めるのがよい」。
 飯田哲也氏は、「原発がなくなると電力不足になる」との考えは古い固定観念。原発の多くが老朽化して、10年後には、原発での電力供給は現在の3割から1割以下になる。2020年までに原発をなくしながら、自然エネルギーでの代替、節電などを訴える。
 上野千鶴子氏は、日本は立法、行政、司法の三権が原発推進を容認してきた。研究者も魂をカネで売った。脱原発の判断は民主主義の資金製になると語る。(『日本農業新聞』11年7月25日より) 


並んで写っている『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』の
中日新聞の書評、前に紹介しましたけど再掲しますね。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
[著者]開沼 博


[評者]川村 湊(文芸評論家)
■都市化の幻想煽った「原子力」

 二つの「原子力ムラ」がある。官・政・財・学の世界が癒着し、危険で不経済な発電用原子炉を日本中で現在五十四基も稼働させた「原子力マフィア」といったほうがいい「ムラ」と、その原発と関連施設が立地する「ムラ」だ。この本で取り上げられているのは、もっぱら後者で、具体的な対象はまさにタイムリーな「フクシマ」という原子力ムラである。
 もちろん、この大部で綿密な社会学的著述が、3・11以降、にわかにまとめられるはずはない。この本は今年一月十四日に東大大学院学際情報学府に修士論文として提出された「戦後成長のエネルギー-原子力ムラの歴史社会学」が基である。それが『「フクシマ」論』という書物となって出されたのは、当然、3・11の原発災害が引き金となっている。「注目されるべきではない研究」が、にわかに注目の的となってしまったのだ。
 「フクシマ」という原子力ムラが形成されたのは、戦前と戦後、そして現在に至るまでの日本の近代における<中央と地方>の葛藤と共犯の歴史に関わっている。衰退してゆく地方の村を一発逆転で近代化、都市化する幻想のメディアとして「原子力」があった。柏崎、福島(常磐)、玄海など、原発の立地する原子力ムラは、かつて石炭や石油(そしてウラン!)の産地であり、エネルギー転換の政策の下でムラが徹底的に衰亡し、過疎化する過程で、「原子力」という打ち出の小づちとも、やがては全身を滅ぼす麻薬ともなりうるものを<誘致>してしまったのである。
 「東京へゆくな ふるさとを創れ」と戦後詩人の谷川雁はうたったが、「東京になるな」とはいわなかった。「フクシマになるな」と、この若い福島県いわき市出身の社会学者は、自分の故郷に向かって言わなければならなかった。3・11以降、真に読むべき原発本が二十代の著者によって書かれたことを称(たた)えたい。
2011.7.24 中日新聞  


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夏の京都~曼殊院門跡・詩仙堂/一乗谷「中谷」のでっち羊羹

2011-07-26 16:56:22 | たび/紀行/温泉
WAN拡大会議の翌日、曼殊院門跡と詩仙堂に行ってきました。

前日の宿舎の、関西セミナーハウスのすぐお隣り。
お庭がすてきな曼殊院門跡。

 曼殊院門跡  
   

   

   



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そのあと、女ばかりでワイワイガヤガヤと歩いて「詩仙堂」へ。



  詩仙堂
史跡 詩仙堂 丈山寺
石川丈山は、隷書、漢詩の大家であり、
わが国における煎茶(文人茶)の開祖と言われている。
丈山は、家康に仕え武勲をたてただけでなく、平素から読書に親しみとくに詩を好みました。三十三歳で隠退後は藤原惺窩について朱子学をおさめ、駿河清見寺の説心和尚に禅を学び、五十九歳で詩仙堂を造営し、没するまでの三十余年を、清貧の中に聖賢の教えを自分の勤めとし、詩や書や作庭に寝食を忘れてこれを楽しんだ風雅な文化人でもありました。
その庭は当時でも代表的な名園でしたが、後世修理が加わった今でもこの趣をそこなうことなく現代に引き継がれています。
詩仙堂には様々な文献や書などが遺されており、ホームページ上では全て御紹介しきれませんが、通常展示以外に、毎年、五月二十三日の丈山忌後の五月二十五日から三日間は「遺宝展」としての特別展示などの行事も行っています。


   

こちらのお庭は散策できるので、一回りしてきました。
  

 

  
暑い京都ですが、清涼感のあるお庭で、
静寂の京都を、たんのうしてきました。
(静寂をやぶって咲いていたのは、わたしたちのおしゃべりの花)

お昼を過ぎていたので、詩仙堂でおすすめのお店を紹介していただきました。

詩仙堂をくだったところにある一乗谷「中谷」。

   

   

  
夏らしくさっぱりとした京風「いろどりごはん」。
おいしいガールズトークも弾みました。

お土産には、この「中谷」のでっち羊羹が有名だそうです。
  

ということなので、一本買いました。
竹皮に包んで蒸してあるので、皮のついたままはさみで切ります。

口に入れるとほのかに竹の香りがして、
甘みを抑えたもっちりとした羊羹です。1

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原発にこのまま頼っていけるのか?(下)●「人任せでは命守れない」寺町みどり

2011-07-25 17:34:01 | 地震・原発・災害
きょうは連れ合いのバースディ。
昨日、名古屋で途中下車して買ってきた、、好物の「堂島ロール」をプレゼントしました。
賞味期限がきょうまでだったので、二人でペロッと完食し、
さすが、お昼ごはんはパスしました(笑)。

 


友人にいただいた一点物のてづくりの素敵なガラス皿で涼しげに。

朝日新聞岐阜版の特集【浜岡停止 市民たちに聞く】の
「原発にこのまま頼っていけるのか?(下)」がアップされたので、紹介します。
松井さん、兼松さん、安楽さんは全員、知り合い。
最後の●「人任せでは命守れない」は、わたしの記事です。

「『フクシマ』論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」(開沼博著)の書評が
中日新聞にも掲載されましたので、あわせて紹介します。
本が品切れだったのですが、やっとわたしも入手して読み終えたところです。

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 【浜岡停止 市民たちに聞く】原発にこのまま頼っていけるのか?(下) 
2011年07月23日 朝日新聞

●事故は「史上最悪の公害」 岐阜の医師・松井英介さん
 岐阜市の医師、松井英介さん(73)=放射線医学=は、内部被曝(ひばく)の危険性を一貫して強く訴えてきた。1回だけ外部からX線を浴びるレントゲン撮影と違い、大気や食物から体内に取り込んだ放射性物質が、長時間繰り返して細胞の至近距離で照射するからだ。
 もちろん、外部被曝も強力な場合は確実に人体に影響を与える。66年前の8月6日、原爆によって広島で死亡した人たちが顕著な例だ。しかし、当日は爆心地から遠い場所にいながら、肉親捜しや作業のため数日後に現地に入った多数の人々も放射線障害に苦しんでいる。これが内部被曝の恐ろしさだ。
 松井さんによると、少しの損傷であれば染色体は正常に回復する。だが、多くの箇所が何度も破壊されると、元とは違う部分と結合することがある。この染色体の異常が、ガンや先天性障害の原因になる。
 政府が示す様々な被曝許容量は内部被曝を考慮していない。だから、福島県内の汚染がれきの処理基準を緩和しようという動きも出てくる。松井さんは「線量は低レベルでも細胞にとっては脅威。他県で焼却・埋め立てすれば新たな内部被曝を生む」と警告する。
 アスベスト被害の救済にも取り組んだ松井さんは、今回の事故を「史上最悪の公害」とみる。国民と原発労働者に計り知れない生命の危険をもたらしたからだ。
 松井さんは、福島県の子どもの集団移転や、農林水産業で生計を立てていた世帯が別の場所で同じ業を営めるような措置を提唱する。そして、「公害である以上、原因者の国と東京電力らが費用負担するべきだ」。

 ●あらゆる想定、クリアせよ 名古屋の市民団体・安楽知子さん
 名古屋市の安楽知子さん(48)は、「核のごみキャンペーン・中部」で、静岡県の中部電力浜岡原子力発電所の監視を続けている。菅直人首相の要請で運転を停止しているが、地震に対する認識がそもそも甘いのではないかと危惧している。中電が想定する東海地震の揺れは、国の中央防災会議が作ったモデルを前提にしているからだ。
 安楽さんによると、モデルはあくまで平均的な数値。地震で特に強い揺れを放つ「アスペリティー」と呼ばれる領域の位置も、震源域の深さも実際に地震が起きるまでは分からない。
 国の原子力安全委員会は2006年、原発の耐震指針を28年ぶりに見直した。しかし、07年の中越沖地震の際、新潟県の柏崎刈羽原発では想定以上の揺れを観測。放射能漏れも引き起こした。そして今年、福島では……。
 「原発を設置するなら、あらゆる想定で一番厳しい条件をクリアしてから」。安楽さんが電力会社に求めることだ。ただ、そうなるとコストがかさみ電気代に跳ね返る。ただでさえ浜岡原発は、防波壁に金を費やしている。そこまでして造らなくてもいい、と思う。
 気になるのは電力会社だけではない。当時東大大学院教授だった原子力安全委員長の班目春樹氏が07年2月、浜岡原発をめぐる訴訟で「ちょっと可能性がある、そういうものを全部組み合わせていったら、物なんて造れない。割り切りです」と証言したことだ。
 「国民に実験台になれということなのか。運試しに付き合っていると大変なことになる」と安楽さん。「大変なこと」はすでに始まっている。

 ●放射能ゴミ、受け入れ阻止を 岐阜の市民団体代表・兼松秀代さん
 「放射能のゴミはいらない! 市民ネット・岐阜」。文字通り、放射性廃棄物の受け入れ阻止を訴える団体だ。岐阜市の兼松秀代さん(63)が代表を務める。
 1995年8月、旧動燃(原子力研究開発機構)が瑞浪市に超深地層研究所を作るという新聞記事を読んだ。「何だろう」。友人と2人で動燃中部事業所に聞きに行った。「地層を科学します」「開かれた研究施設にします」。意味が分からなかった。きちんと説明できないのは何か変だと思い、勉強を始めた。
 動燃が86年には東濃ウラン鉱山で高レベル放射性廃棄物地層処分の研究を始めていたこと、岡山県・人形峠での動燃のウラン再燃料化実験が問題になっていること。いろいろ分かってきた。「こんなに馬鹿にされて……」。心底腹が立った。以来、超深地層研究所の動向に目を向けている。
 放射性廃棄物を研究所に持ち込まない。動燃と県、瑞浪、土岐両市の4者が結んだ協定に明記されている事項だ。しかし、兼松さんは「研究所周辺は大いにありうる」と警戒する。
 フィンランドやスウェーデン、フランスなどヨーロッパでは、研究所を含む原子力施設の近隣地域に処分場の建設が決まったり、候補地になったりしているからだ。政権交代後の事業仕分けで、「絶対に(処分場に)ならないという前提か」と問われた文部科学省は「そこは非常に微妙です」と答えている。
 兼松さんらは、放射性廃棄物拒否条例の制定などを求める質問書を2010年12月、古田肇知事に出した。回答はまだない。(青瀬健)

 ●「人任せでは命守れない」 山県の市民団体事務局・寺町みどりさん
 山県市の寺町みどりさん(59)は「女性を議会に 無党派・市民派ネットワーク」事務局。30年近く前に、核廃絶を訴える市民団体を作った。原発にも目を向け「細々と」反対運動を続けていた1986年、チェルノブイリの事故が起きた。
 岐阜に最も近い原発は福井県にあり、1年の7割は東海地方に向かって風が吹いている。これを市民に幅広く知らせようと88年3月、関西電力美浜原発前の砂浜から風船2千個を飛ばした。県内では八百津町や大野町で見つかった。一部はたった2時間後に拾われていた。複数のメディアが取り上げたが、どれだけ市民が関心を持ったのかは分からない。
 そして福島の事故。発生を知った寺町さんは、6年前に始めたブログと、2年前からかかわっている女性総合情報サイト「ウィメンズアクションネットワーク」に、次々に新着情報をアップした。
 原発に限った反対運動は今はしていない。事故を受けて「続けていたらよかった」というじくじたる思いはある。だが、長年の蓄積をもとに情報やその意味を伝えることはできる。
 「事故は起きる。次は福井かもしれない。明日かもしれない」。そうなった場合に、どう対応するのかを日々考えている。
 チェルノブイリでも神戸でも、行政が機能しないさまを見てきた。
 「人任せでは命と暮らしは守れない。できるだけ多くの情報を仕入れて、自分で信じられると思ったものを選んで欲しい」。その一助にと、日々発信を続けている。 


 【浜岡停止 市民たちに聞く】 原発にこのまま頼っていけるのか? (上)(2011-07-23)

浜岡停止 国会議員に聞く
原子力政策のあり方について、県選出の国会議員はどう考えているのか聞いた(朝日新聞)
 

 「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか [著者]開沼 博
[評者]川村 湊(文芸評論家)

■都市化の幻想煽った「原子力」
 二つの「原子力ムラ」がある。官・政・財・学の世界が癒着し、危険で不経済な発電用原子炉を日本中で現在五十四基も稼働させた「原子力マフィア」といったほうがいい「ムラ」と、その原発と関連施設が立地する「ムラ」だ。この本で取り上げられているのは、もっぱら後者で、具体的な対象はまさにタイムリーな「フクシマ」という原子力ムラである。
 もちろん、この大部で綿密な社会学的著述が、3・11以降、にわかにまとめられるはずはない。この本は今年一月十四日に東大大学院学際情報学府に修士論文として提出された「戦後成長のエネルギー-原子力ムラの歴史社会学」が基である。それが『「フクシマ」論』という書物となって出されたのは、当然、3・11の原発災害が引き金となっている。「注目されるべきではない研究」が、にわかに注目の的となってしまったのだ。
 「フクシマ」という原子力ムラが形成されたのは、戦前と戦後、そして現在に至るまでの日本の近代における<中央と地方>の葛藤と共犯の歴史に関わっている。衰退してゆく地方の村を一発逆転で近代化、都市化する幻想のメディアとして「原子力」があった。柏崎、福島(常磐)、玄海など、原発の立地する原子力ムラは、かつて石炭や石油(そしてウラン!)の産地であり、エネルギー転換の政策の下でムラが徹底的に衰亡し、過疎化する過程で、「原子力」という打ち出の小づちとも、やがては全身を滅ぼす麻薬ともなりうるものを<誘致>してしまったのである。
 「東京へゆくな ふるさとを創れ」と戦後詩人の谷川雁はうたったが、「東京になるな」とはいわなかった。「フクシマになるな」と、この若い福島県いわき市出身の社会学者は、自分の故郷に向かって言わなければならなかった。3・11以降、真に読むべき原発本が二十代の著者によって書かれたことを称(たた)えたい。
2011年7月24日 中日新聞



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ベラルーシの放射線防護研究所による「農作物への放射能対策」/「セシウム汚染牛肉」の拡大

2011-07-24 22:27:38 | 地震・原発・災害
ウィメンズアクションネットワークWANの拡大会議に参加。
一泊して、京都の詩仙堂などを散策して帰ってきました。
暑いなか、歩き回ったので、さすがぐったり疲れました。

連れ合いは、田の草取りをしているので、迎えに来てもらえる夕暮れまで、
名古屋と岐阜の本屋さんのはしご。

帰ってから、「【浜岡停止 市民たちに聞く】 原発にこのまま頼っていけるのか?(下)」をアップしようとおもっていたのですが、
まだ朝日新聞webにアップされていません。
(上)は紙版に載ってすぐにアップされたのですが、
日曜日だから担当者もお休みなのでしょうか。

ということで、原発関連で、朝日の記事は延期して、
原発関連で、「農作物への放射能対策」という有用な情報がMLで届いたので紹介します。

 011年7月22日(金)
■ベラルーシの放射線防護研究所による「農作物への放射能対策」
"Countermeasures against radionuclide for agricultural products"
by a Belarus radiation protection organization


ベラルーシの放射線防護研究所、「ベルラド研究所」による「農作物への放射能対策」の日本語版が発表されました。コーディネート・編集・翻訳を担当した大下雄二さんから提供された日本語版をここに掲載します。研究所所長のネステレンコ博士は、ロシア語の原文を英語に訳してくれたということで、この日本語版は英語版からの翻訳ということです。

東北をはじめとする日本の農業関係者の方にぜひ紹介してください。ベルラド研究所は、「もし皆様が農作物等への放射能の取り込みを低減させる技術を直接詳しくお知りになりたいのならベルラド研究所では日本からの招待を受ける用意があります」と言っています。詳しくは下記をご覧ください。

(このブログの関連過去記事:アレクセイ・ヤブロコフ「過小評価ではなく影響を最小限にする対策を」)

論文は以下に画像ファイルで掲載しているほか、下記リンク(Google
Doc)
からダウンロードできます。ここをクリック→農作物への放射能対策 ベルラド研究所

日本の皆様へ

私は、地震と津波による犠牲者とそのご家族の皆様に心より同情申し上げます。また福島第一原子力発電所事故の大災害により被害を受けられた皆様に、全く同じ魔の放射能の中にほぼ25年の間曝されてきたベラルーシの人々を代表しまして、私は皆様がくじけず自信を失われないことを願っております。また私どもが得た、以下にお示しした経験がいくらかでも貴国においてお役に立てますよう心より願うものであります。私たちは生き抜くことが出来るのです!

ベルラド研究所所長 アレクセイ・ネステレンコ
2011年7月20日


所長のネステレンコ博士のメッセージで始まるこの論文は、「1.表土の改善」、「2.土地の抜本的改良」、「3.菜園と庭では、次のアクションを実行するのが、望ましい」の3部からなり、チェルノブイリ事故による汚染に対処した長年の経験と調査研究にもとづいた具体的な農地の放射能対策を提案しています。

最後の団体紹介の部分と、子どもの内部被曝を軽減した実績のあるペクチン食品混和剤「ヴィータペクト」の紹介がありますので抜粋して紹介します。

●放射線防護研究所“ベルラド”について
放射線防護研究所“ベルラド”(ベルラド研究所)は、1990年に政府とは独立した組織として設立されました。ベルラド研究所がゴールとするところは、チェルノブイリゾーンの住民や食品等の放射能をモニターすること、放射能の測定管理の発展に寄与すること、放射能によって汚染された地域の人々に対して必要な科学的調査を実施することによって放射能から人々を守ること、またこれら実施内容の結果をより発展させ組織化することです。


●研究所の科学的活動の主な目的について
・子供たちの体内のセシウム137の蓄積をホールボディカウンダーにより監視し、ペクチンの服用により放射能から守ること。
・食品に含まれる放射能を管理する地域センターをネットワーク化し、放射能の危険を人々に知らせること。
・ベラルーシでの放射能に関わる事業として線量計や食品に含まれる放射能を検査する機器の製造とその発展に関わること。
・ペクチン食品混和剤“ヴィータペクト(Vitapect)”の生産に関わること。
・子供たちを放射能から守るため、チェルノブイリ地域の教員や親に対する放射能環境教育のためのセンターを組織すること。

1990年よりベルラド研究所は、地方放射能管理センター(LCRC)において、食品に含まれるセシウム137の測定を行っております。LCRCは、チェルノブイリの被害を克服するため国家委員会から経済的な支援を受けた(学校や救急施設などの)地方協議会により設立されました。これらLCRCは、チェルノブイリ原発事故によって影響を受けたゴメリ、ブレスト、モギリョフ、ミンスクの各地域で最も大きな村々によって作られました。現在ベラルーシでは83のLCRCがあり、内23はドイツからの人道的経済支援により運営されています。

ベルラド研究所のデータバンクは、食品に含まれる放射能の検査データを32万件以上有しております。私どもは、セシウム137のレベルが、放射能の共和国公衆上限レベル(RDU)を超えないようにする技術を確立し、この技術はホールボディカウンターで子供たちの体内組織にある放射性同位体を確定し監視する場合の基本としています。

研究所では、ホールボディカウンター研究室(WBC)を設立し、ベラルーシ共和国研究施設認証システムにより、その独自性と技術的能力に対して認証を受けました。(認証番号
BY/112 02.1.0.0385)研究室が所有する全部で7機のホールボディカウンター(SCRINNER-3М)とマイクロバスは、ドイツ、アイルランド、アメリカ、ノルウェイのチェルノブイリ慈善団体による経済援助により購入されました。

●ベルラド研究所 農作物への放射能対策
研究所では、遠征隊を組織し、ベラルーシ共和国内のチェルノブイリで汚染された地域の学校で子供たちの体をホールボディカウンターでの測定や、子供たちの遊び場の放射能の測定をしています。1996年から2001年には、ベルラド研究所ではゴメリ、ブレスト、ミンスク、グロドノ、ビテブスクの各地域で12万5000人以上の子供たちの体をホールボディカウンターで測定しました。この子供たちの測定結果は、放射能への防護対策を実施するためにベラルーシ共和国の厚生省や地方自治体へ送られます。

体内の臓器に広い範囲で放射能が蓄積している子供たちのリストは、ベラルーシやアイルランド、ドイツ、フランス、アメリカ、オーストリアの慈善団体に提示され、改善が必要なグループの中に入れられます。

2000年の4月からベルラド研究所は、ベラルーシ厚生省の認可を受け、ペクチン食品混和剤のヴィータペクトの製造を開始しました。ヴィータペクトは、りんごペクチンをベースとして7種類のビタミンと 4種類の微量元素から成っています。フランスやウ
クライナでも同様のものが製造されていますが、ヴィータペクトはそれより2分の1から3分の1位価格が安くなっています。ヴィータペクトは放射性核種や重金属を体内の臓器から効果的に取り除きます。2001年6月、当研究所は、フランスの医師らと共同でヨーロッパ基準に基づいた二重“ブラインド”メソッドによるヴィータペクトの効果を実験しました。

これによると21日間に渡って子供たちにヴィータペクトを服用させたところ32人の子供たちの体内からセシウム137が(平均で)66%減り、一方で同時に偽薬を服用したグループではわずか14%しかセシウムが減らないという結果となりました。

もし皆様がこのような情報に関心を持たれたのなら、もし食品の放射能を検査されたいのなら、またホールボディカウンターで測定をされたいのであれば、もしくはヴィータペクトを手に入れたいとお考えであるならば“ベルラド”放射線防護研究所にご連絡いただくかお越しになっていただきたいと存じます。

もし皆様が農作物等への放射能の取り込みを低減させる技術を直接詳しくお知りになりたいのならベルラド研究所では日本からの招待を受ける用意があります。

●ベルラド研究所の連絡先:
住所: 2 Marusinsky pereulok 27. Minsk. 220053. Belarus
電話番号: +375 17 289 03 83 Fax: +375 17 289 03 84
E メールアドレス: belrad@nsys.by (お問合せ等は英語でお願いします)
U R L:http://www.belrad.nsys.by/ 

●この論文の日本語版製作者氏名:
コーディネート・編集・翻訳:大下 雄二
(連絡先 radecontamination@gmail.com )
翻訳協力:中野 廣幸(産業通訳・翻訳・一般計量士)

以下、本文です。各ページはクリックすれば大きく見られます。文書はここからもダウンロードできます。
(この本文は上に述べたようにリンク先を開いてお読みください。=送信者)



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出かける前に見た、昨日の毎日新聞のクローズアップ2011。
セシウム汚染牛肉の続報です。

クローズアップ2011:セシウム汚染 牛肉価格下落、拡大 

 肉牛セシウム汚染の拡大は、消費者の牛肉離れや価格下落を招いた。農林水産省は暫定規制値を超えた汚染牛肉の買い取り方針を打ち出したが、畜産農家からは「不十分」と全頭検査を求める声が相次ぐ。国産牛の信頼回復には何が必要なのか。

 ◇近畿「売り上げ1割減」
 東京市場で取引される牛肉の価格は、今月上旬には主流の去勢和牛A4等級で1500円台だったが、福島県南相馬市から出荷された牛肉で規制値を超える放射性セシウムの検出が公表された8日を境に急落。18日には福島県外でも汚染された稲わらを牛に与えていた実態が明らかになり、19日に一気に607円まで値下がりした。出荷自粛などで品薄となったことから、21日には1400円台まで持ち直した。
 東日本以外の生産者にも不安は広がっている。22日には高級ブランド「松阪牛」で有名な三重県大紀町で汚染された稲わらの使用が判明。三重県の農業団体関係者は「牛肉自体には問題がないが、消費者の牛肉離れが進まないか」と心配する。農林水産省食肉鶏卵課も「牛肉の需要は景気や消費者心理に左右されやすい。震災による自粛ムードで落ち込んでいたところに放射能問題が追い打ちをかけた」と話す。
 大手スーパーや外食産業からは国産牛肉が姿を消しつつある。日本チェーンストア協会によると、直近の売り上げは前年同期と比べ4割減った。敬遠ムードは「近畿圏の店舗でも牛肉の売り上げが約1割減っている」(ライフコーポレーション)など全国に拡大。同協会は22日、菅直人首相あてに安全対策や検査体制の強化を求める緊急要望を提出した。焼き肉店「牛角」などを展開するレインズインターナショナルは21日から九州の一部と北海道を除く店舗で国産牛提供を中止している。
 食肉業界は流通過程で多くの業者が関わり、影響は生産農家や小売りにとどまらない。農水省が20日開いた業界関係者への説明会で、仲卸業者が「納入済み在庫も返品され、倉庫がいっぱい。どうしたらいいのか」と悲痛な声を上げた。福島第1原発事故後、風評被害を受ける地元生産者を応援するフェアが各地で開かれた。その間に入り福島県産牛を買い支えてきたが、消費者の動向を気にする小売店の買い控えに直面しているという。
 畜産農家から委託を受け食肉市場での販売を手掛ける卸売業者でつくる社団法人「日本食肉市場卸売協会」(東京都千代田区)も、取引価格の下落に伴い収入が激減。担当者は「苦しいのは生産者だけでなく、卸売業界も同じ。損害賠償の対象に含めるよう(東京電力に)検討してほしい」と訴える。【行友弥、久田宏、武内亮】

 ◇国、全頭検査に否定的
 生産者への補償と肉の信頼回復が待ったなしの課題となる中、農水省は暫定規制値超えの牛肉買い取りを打ち出した。来週にも具体的な方法を公表する見通しで、実現すれば原発事故に伴う一連の食品汚染では初めてとなる。
 「なぜ牛だけなのか。農作物も買い取ってもらわなければ農家は生活できない」。露地栽培の原木シイタケなどが出荷停止中のJAそうま(福島県南相馬市)の職員は不公平感を漏らす。
牛肉の「特別扱い」について鹿野道彦農相は22日、「既に(市場に)出ているものがあり、何らかの措置を講じる必要がある」と、他の食品に比べ流通範囲が広い点を強調した。政府は01年のBSE(牛海綿状脳症)発生時にも、在庫牛肉を買い取った過去がある。今回は政府は出荷停止の農水産物を東電の賠償の対象としており、「買い取り」と「補償」の調整も必要だ。
 一方、畜産業界が政府に求めている対策は「全頭検査」だ。22日、稲わら汚染が発覚した宮城県登米(とめ)市で県と市が畜産農家約200人を集め説明会を開いた。県の職員が「1頭当たり30分から1時間かかり、1日に何頭できるか分からない」と消極姿勢を示すと、農家側は「全力を尽くせ」と反発。市職員が慌てて「必要な検査はやる」となだめる一幕もあった。
 だが、鹿野農相は「実効性も現実性も大事」と、福島県内の特定地域以外での全頭検査実施には否定的だ。検査に使うゲルマニウム半導体検出器は1台約2000万円で重さは約2トン。ほこりのない場所に置き、床の補強も必要になる。さらに、各地の食肉処理場は今もBSEの全頭検査を行っているが、1頭ずつ肉を切り取って調べる放射線濃度の調査は比較にならないほど大変な作業となる。
岩手県を代表する「前沢牛」の畜産農家を抱える奥州市。「JA岩手ふるさと」は22日の支部役員会で、今月予定されていた前沢牛26頭の出荷自粛を決めた。「出荷を続けないとブランドは維持できない」との意見も出たが、和牛価格の急落もあり、8月からの再開を目指す方向で決着した。同JA畜産課の高橋浩一課長は嘆く。「国が責任を持って全頭検査や買い上げをしなければ、食肉業界が壊滅する」【井上大作、津久井達、金寿英】

 ◇消費者団体「冷静な行動を」
 放射線への不安と業界の苦悩を、消費者はどう受け止めればいいのか。
 消費者団体「食のコミュニケーション円卓会議」(東京)の市川まりこ代表は「専門家は今発覚している程度の汚染肉を少量食べても健康に問題ないと言っている。全頭検査は福島では必要かもしれないが、多額の税金で肉を買い上げ焼却することが必要か、議論すべきだ」。消費科学連合会の犬伏由利子副会長は「米国でBSEが問題になった時は国産牛の信頼が高まったことを思い出してほしい。日本の畜産業がだめになれば自分たちの首を絞めることになる」と冷静な消費行動を呼びかける。
 一方、東京消費者団体連絡センターの矢野洋子事務局長は「行政やマスコミが数値を丁寧に説明するなど正しい情報を提供することが不安払拭(ふっしょく)につながる」と話した。【小島正美、浅野翔太郎】
毎日新聞 2011年7月23日 


きょうは疲れたので、これでおしまい。
これからお風呂に入って「イ・サン」を見てから寝ます。

ではまた、明日。

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【浜岡停止 市民たちに聞く】 原発にこのまま頼っていけるのか?(上)

2011-07-23 07:20:43 | 地震・原発・災害

ペヒーノ二個とイチジクを収穫しました。

   

イチジクはそのまま冷蔵庫へ、ペピーノは半分に切ってみました。

   

クリーム色のペピーノは、ちょっと甘くて、メロンと梨を足したような味と香り。
そのまま冷やして食べましょう。
   

大きめの白いペピーノは、香りはよいのですが、
甘みがなくてウリのようなので、スライスして浅漬けに入れることにしましょう。
   

夕ご飯は、今日も無農薬野菜尽くし。
賀茂なすの田楽と、  

白ゴーヤとバラ三枚肉の炒め物。

 
じっくり蒸し焼きした賀茂なすはとろけるようなやわらかさで、
ナスじゃないみたいです。

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朝日新聞岐阜版の特集【浜岡停止 市民たちに聞く】。
昨日の「原発にこのまま頼っていけるのか?(上)」が
webにアップされていたので、紹介します。

きょうの(下)には、わたしも登場。
また明日紹介する予定です。

【浜岡停止 市民たちに聞く】 原発にこのまま頼っていけるのか?(上)
2011年07月22日 朝日新聞

福島第一原子力発電所の事故による放射能被害は広まる一方だ。暴れ出したら制御できないエネルギーに、このまま頼っていけるのか。「安全」と「便利さ」について考える市民たちに聞いた。

◆子どもたちの健康が心配
 北方町の「かえる農園」で野菜約60種類を栽培する石井伸弘さん(39)は原発事故後の3月19日、名古屋市の街頭で署名を呼びかけていた。静岡県の中部電力浜岡原発を止めよう、という内容だったと記憶している。頼まれて署名したことはあるが、自分が依頼するのは初めてだった。
 事故は衝撃的すぎた。「本当にやばい。日本はどうなるんだろう」。何かできないかと友人に電話をかけたのが署名の日だった。妻の久美子さん(35)と2人の息子と出かけた。
 その後、名古屋市での反原発パレードに2回参加し、岐阜での開催を思いたった。事故から3カ月後の6月11日に岐阜市内で開いた「さよなら原発パレード・ぎふ」でトラクターに乗って列を先導。最終的には約500人に膨らんだ。この日は全国各地で同様の取り組みがあり、6万7千人が参加したとされる。
 石井さんは「原発に疑問を持って声を上げている人がいることを多くの人に知ってもらいたい」と願う。もっともパレードをするだけでは運転を止められないことは分かっている。
 原発がなくても生活できることを証明するため、太陽光など他のエネルギーを使う方法があることも知人らに呼びかけ始めた。
    ◇
 久美子さんは初め、伸弘さんが原発に反対する理由が分からなかった。お出かけのつもりで署名活動やパレードについて行き、図書館で放射能に関する本を読むうちに「これはちょっとただごとではない」と思うようになった。
 5月に福島市に住む学生時代の友人からメールが届いた。夫を残し、2人の子どもと新潟市の実家に避難しているという。「福島では毎日放射線が検出される。子どもを育てようと思ったら国の言うことは信じられない」。そんな嘆きも添えられていた。
 石井さん夫婦にも4歳と0歳の子どもがいる。被災地で危険な環境にさらされた子どもは、将来何らかの病気になるかもしれない。久美子さんは「住む場所の違いだけで、こんなに差があるなんて」と胸が痛んだ。「止められるものなら、止めなきゃいけない」。岐阜から原発NOの声を上げ続けている。

◆行動起こしたことなく反省
 垂井町の宇都宮亮二さん(35)は、被災者を支援するNPOのボランティアスタッフだ。福島、宮城、茨城の3県から西濃地区に移り住んだ5家族の就職相談や子供の入園・入学手続きを手伝った。
 「原発は処分場のない施設。トイレのない家だ」。高校の物理教諭だった父親が口にするのを聞いたことがある。そのせいか、原発に否定的だが、特に行動を起こしたことはなく節電とも無縁だった。
 原発事故で周辺住民は避難を余儀なくされた。5家族の中には、子どもを西濃地区の公立保育園に通わせたいが、住民票を故郷に残したいと希望する家族もいた。
 そんな姿を目の当たりにして、「自分たちは原発立地の人々にリスクを押しつけて生活してきたのではないか」と感じた。漠然と原発に反対しただけで行動しなかったことを反省したという。
 被災地復興の具体案や原発政策の行方は、まだ見えない。宇都宮さんは「できる限り市民感覚の意見を国に伝え、反映させたい」と考える。岐阜から数十キロの福井・敦賀原発の動向については、特に注意を払うつもりだ。
 宇都宮さんらの元には今、「夏休みの間、母子だけでも避難したい。滞在できる施設はないか」という問い合わせが北関東を中心に約20件ある。少しでも多くの人たちの希望に添えるよう力を尽くしている。それが今、自分にできる「行動」だと考えている。

◆原発推進は「公共の福祉」か
 垂井町の宇都宮亮二さん(35)は、被災者を支援するNPOのボランティアスタッフだ。福島、宮城、茨城の3県から西濃地区に移り住んだ5家族の就職相談や子供の入園・入学手続きを手伝った。
 「原発は処分場のない施設。トイレのない家だ」。高校の物理教諭だった父親が口にするのを聞いたことがある。そのせいか、原発に否定的だが、特に行動を起こしたことはなく節電とも無縁だった。
 原発事故で周辺住民は避難を余儀なくされた。5家族の中には、子どもを西濃地区の公立保育園に通わせたいが、住民票を故郷に残したいと希望する家族もいた。
 そんな姿を目の当たりにして、「自分たちは原発立地の人々にリスクを押しつけて生活してきたのではないか」と感じた。漠然と原発に反対しただけで行動しなかったことを反省したという。
 被災地復興の具体案や原発政策の行方は、まだ見えない。宇都宮さんは「できる限り市民感覚の意見を国に伝え、反映させたい」と考える。岐阜から数十キロの福井・敦賀原発の動向については、特に注意を払うつもりだ。
 宇都宮さんらの元には今、「夏休みの間、母子だけでも避難したい。滞在できる施設はないか」という問い合わせが北関東を中心に約20件ある。少しでも多くの人たちの希望に添えるよう力を尽くしている。それが今、自分にできる「行動」だと考えている。
 


浜岡停止 国会議員に聞く
原子力政策のあり方について、県選出の国会議員はどう考えているのか聞いた(朝日新聞)
 

きょうはWANの拡大会議があるので、もうすぐ京都に出かけます。
おとまりは修学院ちかく。楽しみです。

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【書評】「フクシマ」論―原子力ムラはなぜ生まれたのか(開沼博 著)

2011-07-22 11:06:36 | 地震・原発・災害
8月6,7日の第二回「議員と市民の勉強会」が近づいているので、
参加者から課題のファイルが届き始めていて、気分は勉強会モード。
今回は、盛り沢山なテーマなので、気合を入れてちゃんと準備しなくちゃ。

明日は、京都でWAN(ウイメンズ アクション ネットワーク)サイトにかかわっている人たちの
拡大合宿があって出かけるので、きょうは自宅でお仕事。
並行して、夏服と冬服の入れ替えをしています(今ごろ!)。

伊吹山のお花をアップしようと思ったら、
「台風6号の影響で、3.1km地点で土石流が発生し調査と復旧工事のため、少なくとも7月25日(月)まで「通行止」』とのこと。

ブログの記事が長いとのコメントもありましたので(笑)、
きょうは短めの記事にします。

日曜日の朝日新聞の書評に、前に紹介した開沼博さんの著書、
「「フクシマ」論―原子力ムラはなぜ生まれたのか」の紹介が載っていました。

事故直後の3月に上野さんちでお会いした時は、
「社会学的視点からフクシマの原子力ムラの論文を書いた」というお話だったのですが、
きゅうきょ青土社から本の形で世に出て、あっという間に、注目の一冊になりました。

【私の視点】福島原発事故:「信心」捨て自ら考えよう(開沼博)/議会の会派って必要?(朝日新聞)2011-03-31

出版にあたっては、上野千鶴子さんも、メッセージを寄せていらっしゃいます。 

原発は戦後成長のアイコンだった。フクシマを生み出した欲望には、
すべてのニッポンジンが共犯者として関わっている。
それを痛切に思い知らせてくれる新進気鋭の社会学者の登場!―― 上野千鶴子


ひとりでも多くのひとに読んでほしい本。

 「フクシマ」論―原子力ムラはなぜ生まれたのか [著]開沼博
[評者]上丸洋一(本社編集委員)
2011年7月17日 朝日新聞

■能動的に原発を「抱擁」した歴史
 福島は、どのようにして「原子力ムラ」となり「フクシマ」となったか。その主題を「中央と地方」「戦後成長」との関係から追究する。約400ページの本書は一部を除いて3・11以前に書かれた。福島県生まれの若い研究者の学術論文が、未曽有の大震災をへて注目を集めている。
 「(原発が)ないならないほうがいい」
 著者のインタビューに福島県の50代の女性が答える。それでも「出稼ぎ行って、家族ともはなれて危ないとこ行かされるのなんかよりよっぽどいいんじゃないか」と。
 原子力ムラは自ら能動的に原発を「抱擁」(受容)している。その「幸福感」に著者は着目し、ムラを受動的な存在とみる見方を退ける。
 本書を読みながら、私は水上勉のエッセー「『原発の若狭』のこと」(青林舎刊『原発切抜帖(きりぬきちょう)』所収)を思った。
 郷里・若狭になぜ原発が集中するのか、水上が元小学校長の知人に尋ねる。「二男三男・子女」を「都会奉公」に出してきた「貧困な農漁民」が「世間なみのくらし」を求めて一手に引き受けてしまった、と知人が答える。
 「原発がきて、やっとのことで、都市と同格になった気もする」
 それぞれ固有の事情もあるにせよ、フクシマと若狭は深いところでつながっている。フクシマを知ることは、若狭を知り、日本を知ることだ。フクシマは「他者」ではなく「私たち」であることを本書は改めて気づかせてくれる。
 幸福感――。水上勉は先のエッセーにこうつづる。
 「都市生活者の二男三男よ。長男の国、辺境の寒村は、放射能まみれになっても、きみたちが、健康で、優雅な文明生活を味わえて、せめて、二DKのマンションでくらせるように、人のいやがる原発を抱えてがんばっているのだ、という声を、私は若狭の地平からきく思いがする」
    ◇
 かいぬま・ひろし 84年福島県いわき市生まれ。東大大学院の博士課程に在籍。専攻は社会学。



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「フクシマ」論  原子力ムラはなぜ生まれたのか
開沼 博 著 
201106刊/四六判/412頁
C0030 定価2310 円(本体2200 円)
ISBN978-4-7917-6610-9

“大文字” 言葉で書かれたものばかりの 「原発本」 の中で、福島生まれの
著者による本書は、郷土への愛という神が細部に宿っている。―― 佐野眞一

原子力ムラという鏡に映し出される戦後日本の成長神話と服従のメカニズム。
本書の刊行はひとつの奇跡だ。―― 姜尚中

原発は戦後成長のアイコンだった。フクシマを生み出した欲望には、
すべてのニッポンジンが共犯者として関わっている。
それを痛切に思い知らせてくれる新進気鋭の社会学者の登場!―― 上野千鶴子
開沼 博 著   


 現役東大院生が『原子力ムラ』を擁護!?  
日刊SPA! ‎2011年7月3日‎

復旧作業が続き予断を許さない福島原発。3・11以降も訳知り顔で福島原発を語る人は少なくないが、06年から福島原発の周りでフィールドワークを続けてきた社会学者がいた。開沼博――1984年、福島県いわき市生まれ。現在は東京大学大学院学際情報学府博士課程に在籍する若手社会学者だ。
 著者の開沼博氏は福島で「原発が止まると困る」という声にならない声にも耳を傾けている

開沼 私は06年から福島を中心に青森や新潟の原発立地地域とその周辺でフィールドワークを行ってきました。福島県いわき市に生まれ育ちましたが、必ずしもそれが研究の動機ではありません。動機は「日本の無意識」を明かすことでした。つまり、私たちの意識の中での「日本」のイメージは、時に「東京」や「先進国としての豊かさ」とヒモ付けられがちですが、そこに現れない無意識的なものこそが、実は日本を形作っているということを解き明かしたかったのです。そのためにも「東京=私たちの意識する日本」の源としてのエネルギーを支える福島、あるいは東北というものを見る必要があると考えました。・・・・
・・・・・・・・・・・(以下略)・・・・・・・・・・・・・ 


きょうの朝日新聞岐阜版には、「原発にこのまま頼っていけるのか?」という特集の「上」が載りました。
明日の「下」には、わたしのインタビューも登場します。
お近くの方は、読んでね。

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