入り口の「原発コーナー」に厚さ10cmほどはあると思える本。
『非原発 「福島」から「ゼロ」へ』(一葉社 )です。
東京新聞「こちら特報部」が連載していた記事を本にまとめたもので、
読んでみたいと思っていた本です。
東京新聞(中日新聞)は福島原発事故の当初より
「非(反)原発」の立場を鮮明に貫いていて
「原発関連報道」は、他紙には追従を許さないほどの質と量で読みごたえがあります。
分厚い本なのでまだ読み始めたばかりですが、
この本を読んで、あらためて「非(反)原発」の思いを新たにしています。
【書評】非原発 「福島」から「ゼロ」へ 東京新聞「こちら特報部」編著(2013年3月10日 東京新聞)
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昨日の朝日新聞の社説も、
二つとも「原発と政治」がテーマでした。
原発と政治―未来にツケを回すのか 2013年6月29日(土)付 朝日新聞 あの日。地震と津波の脅威にがく然としていた私たちに追いうちをかけたのが、「福島第一原発で全電源を喪失」「原子炉の冷却不能」というニュースだった。 爆発で原子炉建屋が吹き飛ばされる映像を目にして、背筋が凍った。 そのことを、よもや忘れたわけではあるまい。 安倍政権の原発政策である。 自民党は参院選の公約で、原発の再稼働について地元の理解を得ることが「国の責任」と明記した。 「安全性が確認された原発は動かす」が、安倍政権の基本方針だ。首相は国会閉会後の記者会見で「原子力規制委員会の基準を満たさない限り再稼働しない」と言い回しを変えたが、規制委さえクリアすれば、原発というシステムには問題ないという認識のようだ。 折しも7月8日に、新しい規制基準が施行され、既存の原発が新基準に適合しているかどうかの審査が始まる。 確かに、新基準はさまざまな点で改善はされている。 旧来は規制当局が電力会社に取り込まれ、電力側が基準づくりや審査を都合よく誘導していた面があった。 新基準は、活断層を厳しく吟味するほか、地震・津波対策やケーブルの不燃化、電源・冷却手段の多重化、中央制御室のバックアップ施設などを求める。 今後も新たな基準を設けた場合、既存原発に例外なく適用することになったのは前進だ。過酷事故が起きることを前提に対策を求めた点も評価する。 しかし、新しい基準への適合は「安全宣言」ではない。規制委が、「安全基準」から「規制基準」へ名称を変えたのも、そのためだ。安倍政権はそこから目をそらしている。 なにより、福島の事故があぶり出したのは、安全対策の不備だけではない。 たとえば、原発から出る危険なゴミの問題である。 使用済み核燃料や廃炉で生じる高レベルの放射性廃棄物をどこにどうやって処分するか、まったく手つかずのままだ。当座の保管場所さえ確保できていないのが現状である。 安倍政権は発足当初から、使用済み核燃料を再処理して利用する核燃料サイクル事業の継続を表明した。6月の日仏首脳会談でも、両国が協力して推進していく姿勢を強調した。 しかし、計画の主役だった高速増殖炉は失敗続きで見通しがつかない。使用済み燃料から取り出したプルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料を商業炉で使うプルサーマル発電に頼るしかないが、これまでに取り出したプルトニウムを消化しきるのも難しい。 ましてや、青森県六ケ所村の再処理工場を動かせば、プルトニウムをさらに増やすことになり、核不拡散を定めた国際公約に違反する。 こうした負の側面に目をつぶり、課題を先送りするような原発回帰は「政治の無責任」としかいいようがない。 原発というシステム全体の見直しを怠るなかでの再稼働は、矛盾を拡大させるだけだ。 規制委の審査も、リスクの高い原発をふるい落とす仕分け作業と位置づけるべきである。「NO」とされた原発は、政府がすみやかに廃炉措置へと導く手立てを講ずる。 基準への適応が認められた原発も、再稼働するには「本当に必要か」という需給と経済面からの検討が欠かせない。 事故当時に比べると、節電意識や省エネ投資が進み、少なくとも需給面では乗り切れる情勢になった。 あとは、原発が動かないことによる電気料金の値上げがどの程度、生活や経済活動の重荷になっているかという問題だ。 負担感は人や立場によって異なるだろう。議論には根拠のあるデータが欠かせない。 民主党政権時代に試行したコスト等検証委員会や需給検証委員会のような枠組みをつくり、国民に公開された場で合意を形成しなければならない。 その際、火力発電の燃料代の増加といった目先の負担や損失だけでなく、放射性廃棄物の処理費用や事故が起きた場合の賠償など中長期に生じうるコストも総合して考える必要がある。 未来世代に確実にツケが回る問題に手を打つことこそ、政治の仕事である。 |
原発と政治―「地元」をとらえ直そう 2013年6月29日(土)付 朝日新聞 原発が事故を起こせば、極めて広範囲に打撃を与える。 この最低限の教訓さえ、まだきちんと生かされていない。 国は福島の事故後、防災対策を準備する「重点区域」を、原発の8~10キロ圏から30キロ圏に広げた。対象の自治体は45市町村から135市町村に増えた。 原発を再稼働するなら、これら「地元自治体」から同意を得るのが不可欠だろう。 実際、関係する自治体は電力会社に、再稼働時は同意を条件とする立地自治体並みの協定を結ぶよう求め始めている。 だが、交渉は難航している。関西電力が早期の再稼働をめざす福井県の高浜原発では、30キロ圏内に入る京都府や滋賀県の自治体が関電と交渉中だが、関電は認めようとしない。 立地自治体の側にも、被害地域を広く想定する国の方針に反発する動きがある。 福井県は全国最多の14基の原発が集中立地し、大きな災害が起きれば原発が相次いで事故を起こす心配がある。 ところが、県は「国の避難基準があいまい」などとして、隣接する他府県の自治体との交渉を後回しにし、避難先を県内に限る計画をつくった。 その結果、美浜原発の過酷事故を想定した6月の避難訓練では、美浜町民は原発から遠ざかる滋賀県ではなく、県の計画に従い、大飯原発のある県内のおおい町へ逃げた。これが、住民の安全を第一に考えた対応だと言えるだろうか。 背景には、原発事業者と立地自治体との特別な関係がある。事業者は自治体に寄付金や雇用の場を提供し、自治体は危険な原発を受け入れる。 「地元」が広がれば、事業者にとっては再稼働のハードルが上がり、立地自治体もこれまで通りの見返りが得られる保証はない。事故の現実を目の当たりにしてもなお、双方に、そんな思惑が見え隠れする。 こんないびつな関係を続けることは、もう許されない。 事業者は30キロ圏内の自治体と協定を結び、監視の目を二重三重にする。自治体は広域で協力し、発言力を強める。そして万一の際の避難計画をつくる。 もたれあいでなく、住民の安全を第一に、緊張感のある関係を築かねばならない。 しかも、これからは新しい規制基準のもと、再稼働できない原発も出てくる。 国策に協力してきた自治体にとっては厳しい事態ではある。原発への依存から方向転換するのは容易ではない。 ただ、福井県も「エネルギー供給源の多角化」を掲げ、液化天然ガス(LNG)の受け入れ基地の誘致に動き出すなど、脱原発依存に向けた試みが垣間見える。 安倍政権は、再稼働への理解に努力するのではなく、新たな自立への支援にこそ、力を入れていくべきだ。 |
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