あと残っているのは50株くらいあるビオラだけです。


たくさんあるので、15センチ間隔で、枝垂れ梅の下から
センダンの下まで隙間なく定植しました。



それでも10株くらい残ったので、
水仙とチューリップの鉢に植えました。




一部花が咲いていますが、ぜんぶ咲いたらきれいでしょうね。
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話しは変わりますが、
東京都内で女性の政治参加をすすめるイベントが開かれました。
こちらの新聞記事では見つけられなかったのですが、
東京新聞と毎日新聞のwebサイトにアップされていたので紹介します。
オッサン政治の壁 怒る女性議員 参政権70年、都内でシンポ 東京新聞 2015年12月2日 終戦後に衆院議員選挙法が改正され、女性が参政権を得てから今月17日で70年を迎える。だが、いまだに国会や地方議会の女性議員の割合は、国際的に最低レベルの1割程度。男性中心の政治がもたらす問題を語り合うイベントが1日夜、東京都内の2カ所であり、女性議員たちが独善的で上から目線の「オッサン政治」の実態を報告した。 (柏崎智子、石原真樹) 上智大学(千代田区)で、学生や研究者ら約二百人が参加して開かれたシンポジウム「女性のリーダーシップで社会を変える」。与野党の女性国会議員三人が顔をそろえた。 「おしりや胸を触るのは当たり前。お酒が入ると、下着見せたら一票やると平気で言う。女性候補者がいかにみじめか思い知った」 自民党の野田聖子衆院議員は、二十九歳で初めて国政選挙に出て落選後、次の選挙に向けて選挙区回りをしていた時に男性有権者から受けたセクハラの数々を打ち明けた。当時、同党の衆院議員に女性は皆無だった。 初入閣した時は、男性先輩議員にすれ違いざま「スカートをはいていると大臣になれるんだな」と言われ、凍り付いた。「いい子にしていれば引っ張ってくれるが、かわいくないことをするとたたく。『背伸びはいいけど、おれと肩を並べちゃいけないぜ、ベイビー』みたいな」 民主党の辻元清美衆院議員は、五月に安全保障関連法の審議で安倍晋三首相から「早く質問しろよ」とヤジを飛ばされた。「私が男だったら飛ばさなかっただろう。いつも質問席に立つだけで男性議員らからヤジの嵐。生意気な女だという思いが突き刺さる」と女性蔑視の空気を語った。 少数でも女性議員がいることで、政策の中身は変わる。民主党の蓮舫参院議員は、児童虐待防止法の制定に取り組んだ時、男性議員がなかなか理解を示さなかったと話した。「『しつけでしょ』と。しつけで内臓破裂しますか」 米国ではヒラリー・クリントンさんが大統領選の有力候補となっている。日本で女性総理は誕生するかという質問に、野田さんは、九月の自民党総裁選で告示直前まで立候補を模索した経緯を振り返り「不可能ではないという感触を得た」と答えた。次回への意欲も語り、会場を沸かせた。 ◇ 「オッサン政治」は、男性ばかりが幅を利かす今の政治に物申そうと、フェイスブック上のグループ「全日本おばちゃん党」を立ち上げた谷口真由美大阪国際大准教授が使い始めた言葉。女性たちのうんざりした気持ちに合って共感を呼び、「怒れる女子会」でも合言葉になっている。 ◆地方でも 渋谷区の東京ウィメンズプラザでは、男性中心の政治から脱却を呼び掛ける市民団体が「怒れる大女子会2015」を開き、約百人が参加した。四月の統一選で初当選した女性議員らが地方議会の現状を語った。 自身がシングルマザーの太田安由美(あゆみ)・高松市議は、つらい思いをしている女性を助けようと議員になったが、地域や議会では「女は政治に口を挟むな」という圧力が強く、ストレスで髪の毛が抜けたという。「委員会の司会をしながら居眠りする男性議員もいて、勘弁してほしい」 加賀谷富士子・群馬県議は、選挙に出ると「子どもが小さいのに」と批判されたが、「地元から女性議員をという後押しもあった」と報告した。 怒れる大女子会は、昨年十一月に続き二回目。前回からの一年間で、趣旨に賛同した各地の女性たちが独自に「怒れる女子会」を開く動きが広がり、その数は百近くに上った。愛媛県の女性市議は「二十年続けた議会に女性を送る活動が途絶えそうだったが、女子会で新たな風が吹き込まれた。来年の参院選には女性候補を立てたい」と発言した。 |
女性国会議員:野田・辻元・蓮舫の3氏が超党派でシンポ 毎日新聞 2015年12月02日 自民、民主の女性国会議員3人が、党派を超えて女性の政治参加などについて語り合うシンポジウムが1日夜、東京都千代田区の上智大で開かれ、学生ら約200人が参加した。3議員は自民から野田聖子衆院議員、民主から辻元清美衆院議員と蓮舫参院議員と論客ぞろい。「女性のリーダーシップで社会を変える」をテーマに、議員活動への思いのほか、議会活動中などに性差別の言葉を浴びせられた体験などを赤裸々に語った。【中村かさね】 今年は国政における女性参政権獲得から70年の節目に当たる。現在の日本の国政における女性議員の割合は衆議院で9.5%、参議院で15.7%と世界的に見ても低い。 それでも女性の政界進出が進み、党派を超えた女性議員の連携がDV(ドメスティックバイオレンス)防止法制定(2001年)につながった経緯もある。蓮舫氏は「女性の横のネットワークはすごく大事」と語った。野田氏は「リーダーは弱みを見せるべきだ。例えば子育て中の私は、朝8時からの会議には出られない。優秀な女性は何でもやっちゃうが、やっちゃうと次が続かない」と訴えた。 会場の学生からの「女性が首相になるにはどうすればいいか」という質問には、今夏の自民党総裁選で出馬断念に追い込まれた野田氏は「出るんじゃないですか? 私の感触からいうと、不可能ではない」と答えた。 さらに野田氏が「脅しはなかった。次は総裁選に出られるよう、3年もあれば準備できるんじゃないか」と発言すると、蓮舫氏は「壊すべき層が分厚いと思うけれど、(女性首相は)絶対実現できると思う」と応じた。 一方、この日、最も盛り上がったのは、政治活動中に受けた性差別に関する話題だった。 野田氏は、初めて国会議員に立候補した1990年当時を振り返り、「お尻や胸を触られるのは当たり前。お酒が入ると『下着を見せたら1票やるぞ』と言われる。女性候補者がみじめだと思い知った」と述べた。 また、98年の初入閣時のエピソードとして先輩議員から「スカートをはいていると大臣になれるんだな」と言われたことを紹介。野田氏は「男性優位っていうのは『ある程度までは背伸びしてもいいよ、お嬢ちゃん。だけど俺と並ぶのは許さないぜ、ベイビー』みたいなところがあって」と話すと、会場からはどよめきや笑い声が湧いた。 辻元氏は、先の通常国会で安全保障関連法案を審議する衆院特別委員会で安倍晋三首相から受けたヤジを引き合いに、「質問席に立っただけでヤジの嵐。生意気な女だ、という思いが突き刺さってきますよね」と苦笑い。蓮舫氏は「地方では、写真を撮る時に必ず肩や腰に手を回すオヤジがいる。否定すると場が固まります。でも声を上げていけば、徐々に徐々に社会が変わる。あきらめないことが大事」と語った。 |
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