庭に咲く3種類の西洋シャクナゲに鉢植えの
火祭り(ひまつり)か仲間入り。
キマタ種苗店で半額で売っていたもの。
花色は外が緋赤で中心が薄い赤のグラデーション。
とても美しい花です。
次つぎに咲く「ブライトアンズ」。
源平花桃の東下には「パープルマジック」。
赤紫の上品な花です。
「ブライトアンズ」と一緒に植えたのですが、
昨年は咲きませんでした。
シャクナゲは花を長く残すと、翌年は咲かない性質が強いので、
花びらがしおれて咲き終わりかけた花を、
できるだけ早く摘み取るようにしています。
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後半は、
中日新聞の憲法と新型コロナウイルス関連の社説です。
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中日新聞の憲法と新型コロナウイルス関連の社説です。
社説:自由と権利守るために 憲法を考える 2020年5月4日 中日新聞 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府は特別措置法に基づく緊急事態を宣言しました。外出や仕事がままならない状態が続きますが、私たちの自由や権利はどこまで制限され得るのか。憲法を考える機会でもあります。 安倍晋三首相は四月七日、七都府県を対象に緊急事態を宣言し、その九日後に対象を全国に拡大しました。期限は大型連休が終わる今月六日となっていますが、政府はさらに延長する方針です。不自由な生活は、しばらく続きます。 都市封鎖はなぜ回避? 新型コロナウイルスの発生源とされる中国の武漢市や、イタリアなど欧米の都市では交通が遮断され、外出が厳しく制限される「都市封鎖」が行われました。 日本でも、小池百合子東京都知事がロックダウン=都市封鎖の可能性に言及したことはありましたが、結局行われませんでした。 緊急事態を宣言した記者会見で首相はこう述べています。「今後も電車やバスなどの公共交通機関は運行されます。道路を封鎖することなど、決してありませんし、そうした必要も全くないというのが専門家の皆さんの意見です」 不要不急の外出や県境を越えた移動は控えるよう要請はありましたが、強制ではありません。公共交通機関もほぼ通常通りです。日本ではなぜ都市封鎖が行われなかったのか。 憲法一三条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めます。移動の自由は国民の権利を構成する重要な要素です。公権力による強権的な制限は基本的人権の尊重を定めた憲法に反します。 いくら安倍政権でも、憲法に反し、法律に定めのないことを強行することは許されないのです。 権利の制限は抑制的に もちろん憲法に定める権利の保障は無制限ではありません。歴代内閣は「公共の福祉のために必要がある場合に、合理的な限度において国民の基本的人権に対する制約を加えることがあり得る」との立場で、公共の福祉の内容や制約の範囲は、立法の目的などに応じて判断する、としてきました。 例えば、災害対策基本法や武力攻撃事態における国民保護法は、道路交通の遮断や、一部地域への立ち入り制限を認めています。 ただ、新しい日本国憲法下で民主主義国家へと生まれ変わった戦後日本が、国民の権利の制限には抑制的だったことも確かです。旧明治憲法下で国民の権利や自由が奪われ、日本国民だけで約三百十万人という犠牲を強いた戦争への反省からにほかなりません。 新型コロナの感染拡大を機に、憲法を改正し、緊急事態条項を設けるべきだとの意見が自民党などから相次いでいます。安倍首相も「今般の新型コロナウイルスへの対応も踏まえつつ、国会の憲法審査会で与野党の枠を超えた議論を期待したい」と述べています。 緊急事態条項は、首相が二〇二〇年までの施行を目指すとした自民党の改憲四項目に盛り込まれたもので、異常かつ大規模な災害発生時に、国会議員の任期を延長する特例を設けたり、国会の議決を経ず法律と同じ効力がある政令の制定権を内閣に与える内容です。 現行憲法にある基本的人権尊重は維持されるため、緊急事態発生時に法律と同一効力の政令制定権を認めても人権は守られるとの主張なのでしょう。 とはいえ第一次世界大戦後の戦間期に、当時最も民主的とされたドイツのワイマール憲法が、ヒトラー総統率いるナチス政府に法律の制定権を与える全権委任法によって骨抜きにされた歴史的経験を踏まえれば、危うい内容です。 さらに注意すべきは、条文全般にわたる改憲案を示した一二年の自民党草案が、国民の権利を最大限尊重するとしつつも、「公益及び公の秩序に反しない限り」と留保を付けていることです。 武力攻撃や内乱、大規模災害発生時の緊急事態条項も設け、内閣の政令制定権や国民に国や公の機関の指示に従う義務も課しています。「三権分立」や「人権尊重」の停止もいとわない改憲思想を見過ごすわけにはいきません。 国民の「不断の努力」で 国民の自由や権利はどこまで制限され得るのか、またその必要性がどこまであるのか。今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、民主主義社会における課題を、あらためて提起しています。 憲法はこう記します。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」 今を生きる私たちの命や暮らしを守ると同時に、先人たちが勝ち取った自由と権利をどう守り、次世代に引き継ぐのか、私たち一人一人の覚悟も問われています。 |
社説:コロナ改憲論の不見識 憲法記念日に考える 2020年5月3日 中日新聞 「憲法改正の大きな実験台と考えた方がいい」-自民党の大物・伊吹文明元衆院議長が言ったのは一月三十日でした。政府が新型コロナウイルス感染症対策本部を立ち上げた当日です。安倍晋三首相も「緊急事態条項」の言葉を挙げて、国会の憲法審査会での議論を呼び掛けていました。 緊急事態条項とは何でしょう。一般的には戦争や大災害などの非常時に内閣に権限を集中する手段とされます。暫定的に議会の承認が省かれたり、国民の権利も大幅に制限されると予想されます。明治憲法には戒厳令や天皇の名で発する緊急勅令などがありました。憲法の秩序が一時的に止まる“劇薬”といえそうです。 危機感ゼロだったのに でも、一月末ごろ、政府に緊急事態の危機感は本当にあったのでしょうか。むしろコロナ禍は「改憲チャンス」とでもいった気分だったのではと想像します。 なぜならコロナ対策は各国に比べて後手後手。政府は東京五輪・パラリンピック開催にこだわっていたからです。まるで危機感ゼロだったのではないでしょうか。 つまりは必要に迫られた改憲論議などではなく、「コロナ禍は改憲の実験台」程度の意識だったのではと思います。それでも、改憲の旗を掲げる安倍政権には絶好の機会には違いありません。 実際に国会の憲法審査会では与党側が「緊急事態時の国会機能の在り方」というテーマを投げかけています。 「議員に多くのコロナ感染者が出た場合、定足数を満たせるか」「衆院の任期満了まで感染が終了せず、国政選挙ができない場合はどうする」-。 こんな論点を挙げていますが、「もっともだ」と安易に納得してはいけません。どんな反論が可能なのか、高名な憲法学者・長谷部恭男早大教授に尋ねてみました。こんな返事でした。 「非常時」とは口実だ 「不安をあおって妙な改憲をしようとするのは、暴政国家がよくやることです」 「大型飛行機が墜落して、国会議員の大部分が閣僚もろとも死んでしまったらどうするかとか、考えてもしようがないこと」 確かに「非常時」に乗じるのが暴政国家です。ナチス・ドイツの歴史もそうです。緊急事態の大統領令を乱発し、悪名高い全権委任法を手に入れ、ヒトラーは独裁を完成させたのですから…。 衆議院の任期切れの場合なら、憲法五四条にある参議院の「緊急集会」規定を使うことが考えられます。「国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」との条文です。この点も長谷部教授に確かめると「『できる』が多数説です」と。 つまりコロナ禍を利用した改憲論はナンセンスと考えます。不安な国民心理に付け込み、改憲まで持っていこうとするのは不見識です。現在、国会議員に感染者はいません。ならば今後、感染しないよう十分な防護策を取ればよいだけではありませんか。 それにしても明治憲法にはあった緊急事態条項を、なぜ日本国憲法は採り入れなかったのでしょう。明快な答えがあります。一九四六年七月の帝国議会で、憲法担当大臣だった金森徳次郎が見事な答弁をしているのです。 <民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護するには、政府一存において行う処置は極力、防止せねばならない> <言葉を非常ということに借りて、(緊急事態の)道を残しておくと、どんなに精緻な憲法を定めても、口実をそこに入れて、また破壊される恐れが絶無とは断言しがたい> いつの世でも権力者が言う「非常時」とは口実かもしれません。うのみにすれば、国民の権利も民主政治も憲法もいっぺんに破壊されてしまうのだと…。金森答弁は実に説得力があります。 コロナ禍という「国難」に際しては、民心はパニック状態に陥りがちになり、つい強い権力に頼りたがります。そんな人間心理に呼応するのが、緊急事態条項です。 しかし、それは国会を飛ばして内閣限りで事実上の“立法”ができる、あまりに危険な権限です。 法律で対応は可能だ ひどい権力の乱用や人権侵害を招く恐れがあることは、歴史が教えるところです。言論統制もあるでしょう。政府の暴走を止めることができません。だから、ドイツでは憲法にあっても一度も使われたことがありません。 コロナ特措法やそれに基づく「緊急事態宣言」でも不十分と考えるなら、必要な法律をつくればそれで足ります。罰則付きの外出禁止が必要ならば、そうした法律を制定すればよいのです。 権力がいう「非常時」とは口実なのだ-七十四年前の金森の“金言”を忘れてはなりません。 |
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