常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

春蘭

2021年04月13日 | 
この季節、里山に自生する春蘭は人気がある。昔から愛されてきたランで、花は食用にされ、採取して自宅の庭で育てる人も多い。実から発芽せせて成長させるのが難しいため、山取りが行われてきた。自生の春蘭が貴重になってきたため採取も規制されている。薄緑の花は目だたない。ひっそりと咲くので、見つけるのも難しい。ぽつんと草陰に咲いているのはいかにも気品がある。古くから墨絵や茶器のモチーフになっていることも頷ける。

春蘭や雨をふくみてうすみどり 杉田久女

別名にほくり、じじばばなどとも呼ばれる。里山に親しんでいる人は、どこに咲いていた、など情報交換に余念がない。桜も満開から、花吹雪に移りはじめた。コロナの猖獗とは関係なく、季節は進んで行く。
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Youth 青春

2021年04月12日 | 日記
この頃、自分の年齢を告げると、「若いですね」と言われることが多い。確かに昔の同窓会などに出席すると、若い時代の俤を失っている人が多くなっている。自分が若くいられるのは、会社勤めをしていた頃から、生活にウォーキングを取り入れたためと思っている。若いと言われてつい頭に浮かぶのは、サムエル・ウルマンの詩Youth(青春)である。この詩に初めて出会ったのは、20年ほど前に、詩吟の大会である先生が朗吟したのを聞いた時だ。

青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。

サムエル・ウルマンは、ユダヤ系のアメリカ人でユダヤ教の協会を作り、アラバマ大学の設立にも尽力した教育者でもあった。金物店を経営する民間人であった。この詩が日本に紹介されたのは、戦後、日本に進駐した米軍の元帥、マッカーサーの愛唱詩であったことによる。GHQは皇居前の第一生命ビルに置かれ、元帥の執務室にはこの詩のコピーが貼られ、日々愛唱したという。

終戦後、日本の出版がままならない時代、アメリカの雑誌「リーダーズダイジェスト」の翻訳が出回っていた。ここにこの詩の英文が掲載されると、これを読んで日本でもこの詩に感動する人が、静かに広がっていった。詩の翻訳をしたのは、羊毛工業の経営に携わった岡田義夫という人であった。彼も元帥がしたように自分の翻訳した詩を事務室の壁に貼りだしていた。それを見た同窓の米沢高等学校の校長が見つけて書き写して、学校で紹介したという。新聞でそれが紹介されたりするうちに、口づてに広がりを見せ、財界に「青春の会」なるものまでできていった。

真の青春とは
若き
肉体のなかに
あるのではなく
若き
精神のなかにこそある

サムエル・ウルマンがこの詩を書いたのは、1918年で彼が78歳の時であった。ウルマンの80歳の誕生日には家族、友人、知人が集まって盛大なお祝いのパーティーが開かれた。この席で披露されたのが私家版の詩集「80年の歳月の頂から」である。Youthももちろんこのなかに収録された。

ところで、このウルマンの詩は、マッカーサー元帥が持ってきた詩とは違っている。原詩は何人も人の手で改変が行われいたのだ。これを見つけたのは、あの「千の風になって」を作詞・作曲した新井満氏である。原詩にはwireless station、wiresというフレーズがあるが、これがマッカーサー版からは抜け落ちている。新井氏が指摘するのは、このwireless station(無線基地)とwires(電線)とタイタニック号の遭難事件とのかかわりである。

さあ
目を閉じて
想いうかべてみよう
あなたの心のなかにある
無線基地
空高くそびえ立つ
たくさんの
光り輝くアンテナ(新井満訳)

遭難事件が起きたのは1912年、ウルマン62歳のときだ。乗船していた人2,208人、水死者1,513人。最大の海難事故である。しかし助かった人が695人いる。この人たちの命を救ったものこそwireless station(無線基地)であった。2,400㌔離れた大西洋上から、この事故をニューヨークまで伝えてきた。ウルマンが伝えたかったメッセージはこの新技術によって勇気と希望を持ち、困難に負けず生きることであった。

アンテナは
受信するだろう
偉大な人からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ
世界がどんなに美しく
驚きに満ちているか
生きることが
どんなに素晴らしいか(新井満訳)

この誕生パーティーの4年後、ウルマンは永眠した。青春のなかにある家族や世間の人々へ、ウルマンが伝えたかったことは、心のアンテナを立てて命のメッセージを受け取ることであった。いま、通信技術がここまで発達して、世界中からメッセージを受け取ることはウルマンの時代とは比較にならないほど容易になっている。若き精神は、この時代のテクノロジーによって取り入れることが約束されている。ただ、アンテナを張る意思を持つものにだけ許された約束である。
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妖怪

2021年04月10日 | 日記
目に見えない恐怖。一向に収まらない新型コロナウィルスはさしづめ現代の妖怪であろうか。このウィルスは、人間の身体に入って生きのびる。やっかいなことは、無症状の人のなかでウィルスが息をひそめて、新しい生き場所を求めていることだ。

室町時代の『御伽草子』に付喪神というのがある。つくもは九十九の意味で、百にひとつ足りないこと、つまり年老いたもののことである。道端に捨てられた古い文書があった。人のために尽くして、ぼろぼろに古くなった文書だが、人の扱いの余りのひどさに激怒した。「われらこの時、この身を虚ろにして造化の手に従はば、必ず妖怪となる。」というと、船岡山の
麓に住みつき、京の街に出没しては、貴賎、男女はもちろんのこと、牛馬などあらゆる動物を捕らえて食った。

妖怪は勝ち誇って驕り集い、街中で囲碁、双六、博打、絵合わせなどにうち興じその数をどんどんと増やして行った。一方、現代の妖怪は、京都などの狭い世界ではなく、人の住む世界中で勝ち誇って地球狭しと暴れまわっている。京都の妖怪のその後は、護法童子から諫められ自分たちの非を悟る。その上、一連上人の教えに従って帰依して仏になった。この護法童子の役目を担うのは、世界各地で開発されたワクチンである。このワクチンの力で猖獗を究める妖怪、コロナウィルスがその勢力が衰えていくはいつの日であろうか。

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城山

2021年04月08日 | 登山
城山は標高230m、山形百名山の一である。長谷堂城と言った方が通りがよい。かの天下分け目の関ケ原合戦で、家康についた最上義光と石田についた直江兼続が激戦を繰り広げた古戦場である。NHKの大河ドラマの「天地人」が放映されたのは、2009年であるから、この舞台が話題になって10年以上が経過した。城山は山形市の西方、盆地の南縁部にある丘陵である。その麓に本沢川が流れ、上山狸森を経て置賜の小滝を結ぶ街道の要衝である。戦国の時代、自然の地形に人間の手が加えられた、堅牢な城の遺構がそのまま残っているのがこの城山である。

山登りのもう一つに形。遺構に触れながら、歴史を振り返る。曲輪、水堀、切岸、虎口などなど、戦国の築城の用語が遺構の説明に使われる。冒頭の写真を見て欲しい。林の奥、写真の最奥部は平坦な台地になっている。これが曲輪(くるわ)と呼ばれる台地で、城の本丸があった場所をさしている。そこへ至る道は、ジグザクに切られ、切岸という人工の崖を作って敵の進入を防ぐ工夫が随所にこらされている。切岸は場所によって高さ10メートルにも及ぶ崖地だ。この崖を人の足では容易に登ることはできない。道の処どころに地形を利用した帯曲輪が設けられている。周囲を逆茂木を打って囲み、城を守る軍勢が駐屯する場所であった。

本丸に至る斜面には、おびただしい射干が植えられている。5月にはあの美しい花を咲かせるが、これを植えたのも理由がある。葉が平べって滑りやすく、斜面を登るのを難しくしている。葉に掴まろうものなら、たちまち抜けて支えにならない特徴がある。なお道を進むと、矢竹の群生地がある。さらに進めば礫石塚がある。弓矢に使う矢を作り、敵の進入には石を落して防ぐ武器として使用するためである。頂上の曲輪にたてば、関ケ原合戦の折の直江軍の本陣のあった菅沢山も一望、霞ガ城をでて直江軍と対峙した義光軍の陣地もまた一望である。

2万の直江軍を迎え撃つ長谷堂城の志村氏5千の城兵は、義光軍と呼応しつつ、この堅牢な城の防備策を駆使して、この城を死守した。直江軍としても、いざ迎え撃つ義光軍へと進めば、背後から挟み打ちの形で攻めてくる志村軍を無視できない。睨みあうこと十数日、東軍勝利の報はこの地の届いた。直江は退却を決意し、総大将の直江兼続がシンガリを率いて退却していった。そんな合戦の日が目に浮かぶ城山の山行であった。この城の詳細を解説してくれたのは、畑谷城で案内のボランティアを務める村山さん。近くにある菅沢古墳の案内していただいた。

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満開の桜

2021年04月06日 | 
桜が満開になると、花を見に、写真をとりに人が集まってくる。ここでは、宴会をする人はいない。着物に身をつつんだ若い女性。語らうでもなく、花の下を静かに歩む老人、子どもを連れた家族。春の日がさす桜並木には、人々の心を癒す香りがある。

さくら さくら
やよいの空は
見わたすかぎり
かすみか雲か
匂いぞいずる
いざや いざや
見にゆかむ

雨が降って色がふかまり、満開になって散るのを待つ。明日から寒気が入って気温が下がるらしい。ほんの数日、花が散るのをのばしてくれるか。
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