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京都の寺町で開催された「暮らしのクラフト ゆずりは」の「東北の手仕事展」を訪れたミモロ。ギャラリー内の温もりあふれる工芸品を見て回っていた時のこと。
陳列棚に、ひっそりと置かれた硯に気づきます。
「これ、なぁに?」と、「ゆずりは」を主宰する田中陽子さんに尋ねることに。
「じゃ、その硯のお話をしましょうね」と田中さん。
なにやら訳ありの硯のようです。
その硯は、宮城県石巻市雄勝町で作られたもの。そもそも雄勝町は、日本の硯の約90%を生産する硯の町。女性の黒髪のような艶とすべりが特徴の高品質の硯石「雄勝石」を産出しています。
3月11日の東日本大震災の津波は、この硯の町を飲み込み、壊滅的な被害をもたらしました。
田中陽子さんが、以前からおつきあいのある硯職人さんを訪ねるために、被災した雄勝町に向かったのは、7月の上旬のこと。「本当に、早く行きたかったのですが、私自身の体調不良から、やっと行けたのは7月になってから・・・。それまで、本当に行きたくても行けず、辛い思いをしました」と田中さん。
訪れた雄勝町は、以前の面影は全くない瓦礫の町に変わり、その景色に、言葉もなく、ただ立ち尽くしたそう。やっとひとりの硯職人に連絡が取れ、電話で話を聞くことができたのでした。
かつて、この町にいた40人を越す硯職人さんのうち、2人が亡くなり、30人以上が、この地を離れ、残ってのはわずか4人に。
作業所だったコンクリート造りの元町役場の建物は、3階まで水に浸かったものの、流されず、かろうじてそこに。田中さんは、その3階にドロドロになりながら、上がったそう。
そこで、田中さんが目にしたのは、泥まみれになり、無残に割れた硯の姿でした。
硯職人だけでなく、雄勝町の住民が、ひとつひとつ泥の中から掘り出して、津波で残った3階建ての建物に、運びいれた硯です。
欠けて無残な姿になった硯でも、人々が、かつて大切に作ったもの。瓦礫の泥の中に、そのままにしておけないという思いだったのでしょう。使い物にならないと知りながらも、掘らずにはいられない思いが、ヒシヒシと伝わります。
その部屋の奥に目を転じた田中さん。そこに白い紙を巻かれた硯が、並べられているのに気づきます。
その数約800個。震災以前、別の場所にあった雄勝硯協同組合の建物は、津波で全壊。当時、在庫として出荷を待っていた硯は、3~4万個あったそう。そのうち1万個を泥の中から地域の人々が拾い上げ、使い物になる4000個のうちの一部をここに保管していたのです。
7月の暑さの中、避難所から2時間かけて、雄勝町に通い、黙々と硯の仕分けし、泥を洗う職人さん。
「何かしていないと落ち着かない・・・」と言葉少なに語るその姿に、田中さんは、「この残った硯に、手を掛けたら、売り物になりますか?」と思い切って尋ねました。「はい、できると思います」との返事に、田中さんは、その硯を販売する決意を固めます。
それが、今、ここにある硯です。
帰る道すがら、目にした夕焼けの美しさが、今も、心に残っていると語る田中さん。
目の前に広がる雄勝の入り江の穏やかさ、そしてどこかから聞える小鳥のさえずり・・・。
変わらぬ穏やかな自然の営みと変わりはてた町の姿のコントラストに、戻れない時間を改めて感じたそうです。「でも、きっと今できることがあるはず・・・それをただするしかない・・・」と。
でも、田中さんは、信じています。
「私たち、東北人の底力を・・・。厳しい自然の中で生まれ、育った手仕事の素晴らしさは、決して失われないものだと」。他の工芸品の作家さんたちも、工房を流されたり、ご家族に被災した方がいらしたりと、苦しい状況にいる方も多いそう。でも、決して東北の地を離れたくないと。それは、そこに生活の根があり、生きる原点があるからと。
「絶対、春は来るの!東北の人は、どんな厳しい冬でも、いつかそれが過ぎて、春が来ることを知っているの。そうでしょ。ミモロちゃん」
「はい!そう思います。春よ、来い・・・早く、来い・・・クスン」ミモロはそういいながら、ちょっと目に涙が・・・胸がいっぱいになってしまった様子です。
*雄勝の硯の売り上げは、すべて職人さんに。硯は予約注文で、オンラインショッピングでも購入できます。詳しくは、「ゆずりは」のホームページや、東京などで開催される企画展会場で。東京は、9月29日~10月9日まで蔦サロン(東京都港区南青山5-11-20 電話03-3409-8645 11:00~19:00)で
「あのー。ミモロもひとつ予約していいですか?」とお願いします。
あれ?ミモロ、お習字するの?
「うん、これから習うつもり・・・だって、こんなに素晴らしい硯があるんだもの。生き残った硯だよ。すごくパワーがあると思う。これを持っているだけでも、なんかどんな状況でも生き残れる気がする・・・」
ミモロ、これはお守りじゃないのよ。
「でも、この硯でお習字を練習すれば、くじけそうになっても、がんばらなくちゃって思えるでしょ・・。一生大切に使うんだもん!」
硯が手元に届くのを楽しみに、ミモロは「またね・・・」と田中さんに名残惜しげに挨拶しました。