ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

東北の大地で育まれた工芸品。十和田湖畔「ゆずりは」の東北の手仕事展へ

2011-09-25 | アート
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9月のある日。京都の寺町通のアーケードを歩いていたミモロは、「ギャラリエヤマシタ」という鳩居堂近くのギャラリーの前で、「東北の手仕事」と書かれた看板に、ふと目を止めました。

それは、青森県十和田湖畔で東北6県(青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島)の伝統工芸品を扱う「暮らしのクラフト ゆずりは」というお店が企画する展示即売会です。ミモロは、トコトコとお店の中へ。


「もしかして、ここは、東北から来たお店?京都で出会えるなんて感激!」。ミモロは、そう思いながら、店の中へ。
ギャラリー内には、布、バック、着物や帯、鉄瓶、木のお弁当箱など、さまざまな品が陳列されています。ワレモコウなどの山野草やぶどうの蔓が絡まった木が、活けられて、写真で見たことがある東北の山が、ミモロの頭に浮かびます。

まずミモロが、興味惹かれたのは、ぶどうづるの手提げ籠。岩手の山に入って集めた野生のぶどうの蔓を、本当にたくさんの手間暇かけて、編める素材を作り、丁寧に編み込んだ籠です。一見、武骨な感じの籠ですが、見るほどに、手仕事ならではの温かさと味わいが伝わってきます。

「あ、これも、すごくいい感じの色と風合い・・・」ミモロが、次に近づいたのは、やはり岩手で織られた羊毛の織物。へインボーンの模様もしゃれた大振りのストールです。
「わーフワフワでやさしい肌触り」

ミモロは、羊毛の織物に頬ずりして、うっとり。
これはホームスパンによる毛織物。ホームスパンとは、英国生まれの毛織物で、厳選した羊毛を手染めして、手で紡ぎ、手織りで仕上げたものです。岩手には、明治時代に伝えられ、かつては、日本各地で生産されていたましたが、今では、そのほとんどが岩手に。手で紡ぎ、手で織られた毛織物には、空気がいっぱい含まれて、織った人の温もりといっしょに、本当にあたたかに人を包みます。

「ホント、温かーい!羊さんに抱っこされてるみたい・・・・東北の大地の匂いがする・・・」
ミモロは、毛織物の中にすっぽり包まれて、しあわせそう。


「これ、なぁに?」次にミモロが触ったのは、曲げわっぱの弁当箱。
木の香りが仄かに漂い、手に持つと、木のぬくもりが伝わってくるよう。使うほどに味わいが出る品です。「こういうお弁当箱に、おむすび入れて出掛けたいね。きっと美味しいよ」とミモロ。

東北は、手の温もりあふれる工芸品の宝庫です。
みなさんお馴染みの南部鉄瓶や茶托。


繭から糸を紡ぎ、染め、織られた紬なども、東北を代表する工芸品です。


「ここにある品は、みんな、すごく温かいね・・・見たり、触ったりしていると、しあわせな気分になる」
「気に入ったものは、見つかりましたか?」と「ゆずりは」の店主、田中陽子さん。
「あのね。どれも、とってもやさしいの。どうして?」とミモロは不思議そうに尋ねます。


青森生まれの田中陽子さんが、十和田湖畔で東北在住の工芸作家さんの品を置くお店「ゆずりは」を始めたのは、もうかれこれ20年前のこと。工芸作家というより、東北の暮らしの中で生まれ、育まれた手仕事を、ひたすら作り続けた方々でした。長く厳しい東北の冬。短い春から秋の時期に集められ、準備された素材を、雪に閉ざされた時間に、ひとつひとつ手で工芸品へと仕上げます。そこは、必ず訪れる春への思いを込めながら。
田中さんが、東北各地を訪ね、出会ったそんな作家さんたちは、200人以上。何度も足を運び、お願いして作っていただいた品ばかりです。作家さんには、ご高齢の方も多く、今、残し、伝えなくてという思いが、田中さんを動かしていたのでしょう。

私も十年ほど前から、何度も東北を訪れました。雄大な自然、大地を包むブナの木々、その美しさは、強く心に残っています。そんな土地で育まれた工芸品は、華美な装飾も、きらびやかさもありません。むしろ飾り気のない武骨な感じ、でも、そこに多くを語らず、ひたすた黙々と生きる、力強さと生命力が伝わってきて、見る人、触れる人の心を打つのです。


京都での企画展を終え、9月28日からは東京で「東北の手仕事展」が行われます。
詳しくは、「ゆずりは」のホームページを。

今、ぜひ、見てほしい企画展のひとつです。


明日は、田中陽子さんに伺ったお話をお伝えします。お楽しみに・・・・。



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夕暮れ時、子供たちの姿が戻る奈良、今井町。一度は訪れたい古き町並みが残る町

2011-09-24 | 旅行
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奈良、今井町の散策をしているミモロ。16時を回り、そろそろお家に戻る時間になりました。

「お腹もいっぱいだし、お家まで帰れるエネルギーもあるよ」

ミモロは、帰路は、近鉄を使って、京都に戻ることに。そこで一番近い「近鉄八木西口駅」を目指します。
近鉄橿原線に乗れば、京都駅まで乗り換えなしで到着でき、とても便利。時間もJRよりかかりません。
(来るときは、三輪神社に寄ったので、JRを使いました)

ミモロは、駅に向かう道を、古い町並みを楽しみながら、トコトコ歩きます。


「郵便局も町家の構え。あ、ポストも古いタイプを使っていて、町並みにぴったり」

道沿いには、骨董店なども。

今井町は、外部からの敵などの襲来に備え、町の構造も工夫が。

奥まで見通せないように、道が曲がったり、T字路になっています。
でも、今は、見通しが悪く、車が通る道には、ミラーが設置されています。


「これって、町並みの雰囲気に合わないけど、交通事故を防ぐためには、必要だね」。

ミモロが、今井町に到着した昼ごろ、だれも通っていなかった道に、あれ、人の姿が・・・・。

小学校から帰る子供たちの姿です。

かつて、商業で賑わっていた今井町。今も多くの人々が、古き町家に暮らしています。今井町の魅力は、観光のためだけに整備された町並みではなく、実際にそこに暮らしがあることなのです。でも、昔は、住民の多くが、今井町内で仕事をして生計を立てることができましたが、今は、大半が大阪などに勤めに出ているそう。今井町は、いうなればベッドタウン化しています。だから、昼間は、人影もまばらなんです。

ランドセルを背負った子供たちの姿を見たミモロは、なんか嬉しそう。
「だって、子供がいるってことは、この町に未来があるってことでしょ?それに、やはり町には、生活感があるのがいいよね。昼間より、なんか町が目覚めた感じがする!」


日本でも貴重な街並みが残る今井町。古く崩れかけた町家や町並みの風情を損なう建物の修理や改装が推進されています。この素晴らしい町並みを、いかに守り、そこに暮らす人たちがいかに快適に過ごせるようにするかが、この町の未来への課題といえます。

「でもね、1日、散策するには、すごく面白いところ。ぜひ来てみてね」とミモロ。

週末や季節により、いろいろなイベントも開催しています。
関西の旅で訪れたい場所のひとつです。

*今井町に関する情報は、「橿原市観光協会 今井町並み散歩」で。


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奈良、今井町の歴史的建造物の「町家茶屋 古伊」でいただく「きつねそば」

2011-09-23 | グルメ
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重要文化財の「今西家住宅」を見学したミモロ。

さらに今井町の散策を続けようと、「今西家住宅」を出た途端、突然、「なんかもう歩けない・・・なぜかエネルギーが出ない。フー」と、言い出しました。「そうだ!お腹が空いてるからだ・・・」。やはり原因は、それでしたか。

そして、「今西家住宅」のすぐ近くに、食事と喫茶ができる「町家茶屋 古伊(ふるい)」を見つけました。でも時間は、3時近く。食事には、中途半端な時間です。

「いい雰囲気のお店だけど、この時間に何か食べられるかなぁ・・・」ミモロは、ちょっと心配そう。


「あのー、今の時間でも、何か食べられますか?」と、まずは、お店の方に尋ねます。「大丈夫ですよ。おそばや柿の葉ずしなど、いろいろありますよ」

お店の建物の原形は、18世紀後半に建てられたもので、その後、修復などを繰り返し、今の姿に。店内は、心和む古き町家の設え。長い年月を経た調度品なども店内を飾ります。
ミモロは、お座敷に上がって、「きつねそば」¥550を注文しました。

少し待つと、大好きな「きつねそば」がミモロの前に。

「来た来た!うーん、お出汁のいい香りがする」ミモロの鼻はピクピクと。


大きなお揚げとかまぼこが入った蕎麦。ほどよい甘さのお揚げの味のよさに、ミモロは夢中でいただきます。


関西に暮らして、ミモロは、すっかり「きつねそば」が大好きになりました。丼を埋めるような大きさのお揚げで、甘く煮込んだお味がとても美味しいんです。ミモロによると「きつねそばやうどんは、関西の方が、お揚げが美味しい」とのこと。以前行った伏見稲荷のそばでも、やはり美味しいきつねそばを食べました。それぞれのお店が、工夫した味付けで、値段も手ごろ。まさに関西の日常の味です。ぜひご賞味あれ!


「あー美味しかった!ごちそうさま」ペロリと食べたミモロは、やっと元気を取り戻したよう。

「また、いらしてくださいねー」とお店の方に見送られ、「そろそろお家に帰らなくちゃ」ミモロは、駅への道を急ぎます。

*「町家茶屋 古伊」今井町4-6-13 電話0744-22-2135 営業時間:平日10:30~17:00 土・日曜・祝日~17:30 休:4~5月、10~11月は月曜。ほかは月・火曜 「今西家住宅」から100m東へ。
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今井町で最も長い歴史を誇る、重要文化財の「今西家住宅」を見学

2011-09-22 | 旅行
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今も昔の面影を色濃く残す奈良・今井町。
ミモロは、トコトコと町の散策を続けます。


江戸初期、東西600m、南北310mの周囲にぐるりと濠を巡らし、その中に、1100軒、約4000数百人の人々が暮らす財力豊かな町でした。その豊かさを物語るように、立派な構えの町家が軒を連ねる町は、今も、人々が暮らす生活の町でもあるのです。

さて、ミモロは、今井町の西門の近くにやってきました。
細い路地を見つけたミモロ。「こういう道って、入りたくなるよねー」と、漆喰で塗られた壁が続く路地を奥へと進みます。この路地は、どうも大きな家の裏のよう。路地を抜けると、表通りには大きな町家の玄関が。

ここは、今井町でも惣年寄筆頭を務めた由緒ある「今西家」。慶安3年(1650)に建てられた町家ですが、その構えは、まるで城郭のような堂々と風格漂う「八つ棟造り」と呼ばれる豪壮な建物。
今井町で最も古い民家で、国の重要文化財です。

「あのー見学したいんですけどー」とミモロは、インターホンを押して、お願いします。
やがて大きな玄関の扉の一角が空き、中へ。いよいよ見学がはじまります。(ミモロは、たまたまラッキーにも当日訪れて見学することができましたが、事前に見学の申し込みをおすすめします)

入れていただいた場所は、この家の玄関部分。玄関といっても、広々した土間が続き、高い天井の空間です。
「わー広い」高い天井を見上げて、思わず声が。

正面には、一段、いいえ3段ほど高くなった場所の奥に座敷が続く不思議な造り。


主人が訪問者を見下ろす「上から目線」の造りで、ほかの町家とは違う雰囲気です。
ミモロが不思議に思っていると、
「今からこの家の解説をしますから、どうぞ、こちらにいらしてください」との声。
広い土間の一角で、解説がはじまりました。さっそくミモロも聞くことに。


いただいた解説書によると・・・・。
今井町の場所は、昔、興福寺の寺領で、戦国大名の一族である今西家のご先祖、川井権兵衛清長が、永禄9年(1566)より、この地に移り住んだことから、今日に通じる今井町の歴史が始まります。
共に町に移り住む郎党と一向宗の門徒が結び、町の周囲に濠を築き、自衛都市として、信長の勢力に対抗する時代を迎えます。その後、信長により武装解除されるものの、自治権を有し、以前より深い絆のあった堺と同様、商業で栄えて行きます。徳川の世になり、高度な自治を展開する今井は、江戸、大坂、京都、奈良と同様に、惣年寄、町年寄を置く町制のもと、発展してゆきます。

この今西家は、元和7年(1621)、時の郡山城主、徳川家康の孫、松平忠明のすすめにより、今井の西に位置することから「今西」の姓を名乗ることになったそう。

江戸時代、大きな戦いはないものの、盗賊などから豊かな財力を誇る町の安全を守るため、今西家は、司法権、行政権を委ねられ、奉行のような役割を担っていたそう。

この家の高い位置の座敷と土間の関係は、時代劇によく登場するお白洲のような罪人を裁く場でもあったのです。


「フーム、そう言われてみると、この家の造りがよくわかるー。主人が威厳が保つように、座る位置が高いんだね」とミモロも納得の様子。

土間の片隅には、罪人を入れる部屋もあり、かつては牢屋も敷地内にあったそう。

家の中を覗くと、6間続きの座敷が奥へと広がっています。
仏間には、りっぱな仏壇がチラリ。

「あ、お庭も広そう・・・」ミモロは、トコトコと土間を過ぎて、お庭へ。


「ホントに大きなお家だねー」。ミモロは、庭に置かれた石に座って、しばしお庭を眺めます。

ミモロ、そこから先には、行ってはダメよ。「わかってるもーん。これ止め石でしょ」
う、ミモロ知ってたのね。「もちろん!」

「今西家」の解説をしてくださったのは、この家の奥様の今西優美さん。

「今井町を多くの方に、知っていただきたいもの。今後、町の歴史的な建造物を舞台に、いろいろな文化的なイベントができたらと思っています。ぜひ、一度、今井町にいらしてくださいね」とのメッセージも。

大阪や京都、奈良の旅に出かけたら、ちょっと足を伸ばしてみては、いかがでしょうか。

*「今西家住宅」奈良県橿原市今井町3-9-25  電話0744-25-3388 見学の場合は、事前に連絡をしてください。見学は有料。






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厳しい規制が作った美しい町並みの今井町。歩くほどに、興味惹かれる町。

2011-09-21 | 国内旅行
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今井町の散策をスタートしたミモロは、町の奥へと進みます。

内部を見学した「高木家住宅」の同じ通り(中尊坊通り)沿いには、酒造業を営む「河合家住宅」が。
建物は、18世紀中頃の2階建ての堂々とした構え。豪商らしい店構えです。

「あ、ここのお家にも飾りがある・・・」
ミモロが関心を抱いたのは、それぞれの家の壁にある家紋のような意匠です。

今井町の町家の造りには、屋根の反り具合、色使い、軒の出し方などなど、厳しい規制がありました。(今流に言えば、建築基準法でしょうか)。まずは、そこをクリアさせなくてはいけませんが、それ以外の屋根の煙出し、鬼瓦、むしこ窓(軒と屋根の間の部分の窓)、出格子などに、個性を発揮しています。

町全体の美しさを厳しく守るという、昔の町の指導者の美意識の高さが、町並みの美しさを造り、今も、多くの人を引き付ける魅力的な町に。

厳しい規制の中でも、町衆は、それぞれの個性を発揮。各々の美意識の高さにも驚かされます。

時代の流れで、それぞれの家が、昔の規制に関係なく、改築や増築をし、今井町の古い美しい町並みが、損なわれたことも。昭和30年代から、町並みを守る運動が起き、50~60年代には、住民と行政が一体となり、調査や話し合いを進め、平成5年には、重要伝統的建造物群保存地区に選定され、現在も積極的に歴史的町並みを活かした町づくりを推進しています。


「近江八幡もそうだったけど、町全体をトータルに考えて、町づくりをした昔の人ってスゴイね。それだけ、トップの人の力が強かったということだけど・・・・。今は、住人が、みんなで守っている町並みなんだねぇー」ミモロは、通りを歩きながら、いっそう興味を深めたよう。

ミモロが、壁の張り紙に足を止めました。
「おみやげだって・・・なんだろ?」
店の中を、さっそく覗きます。

手作り醤油のお店「恒岡醤油醸造本店」です。

明治末期から、醤油醸造を始め、1年以上、熟成した諸味から作るお醤油です。

「いろいろな種類のお醤油があるね。おみやげに持って歩くのは、重いけど、宅急便で送ってもらえるんだって・・・」


お刺身大好きのネコのミモロは、お醤油にもこだわりがあるみたい・・・。

*「恒岡醤油醸造本店」奈良県橿原市今井町3-2-34 (今井町の御堂筋沿い)電話0744-22-2071 年末年始休 9:00~17:00 


お店のそばには、寺内町今井町発展の基となった浄土真宗本願寺派の「称念寺」が。

山門は、明治天皇がお立ち寄りになった際に、談山神社から移築されたもの。
本堂は、2002年に重要文化財に。浄土真宗寺院の本堂としては、本山の本願寺以外、初の指定です。
現在も、修復が進んでいますが、かつては荒廃した状態だったことも。


ミモロが訪れた時もいろいろな場所にシートがかけられ、修復作業の真っ最中という感じ。
「今度、またゆっくり見たいね・・・」とミモロ。

ミモロは、さらに町の西へと、トコトコと歩きます。



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