馬場屋敷で見た松本押絵雛
「白拍子(しらびょうし)」
広辞苑によると「白拍子(しらびょうし)」とは『平安末期から鎌倉時代にかけて行われた歌舞。また、これを歌い舞う遊女。直垂(ひたたれ)・立烏帽子(たてえぼし)に白鞘巻の刀を差すなどの男装で歌いながら舞い、伴奏には鼓、ときには笛・銅びょうしなどを用いた。』とあります。
松本の押絵雛は、天保年間 (1830~1844)に始まったとされ、錦絵を基にして小さな押絵雛が作られていたようです。
明治頃からは需要に応えるために分業化(顔描き・顔張・胴張・下絵描き・心拵え・台造りなど)が進み、押絵雛も大型化してきたようですし、松本の特産品として県外にまで販売されていたようです。
松本の押絵雛は鉄道が開通した明治後期から、次第に座雛に取って代わられるようになり、大正期には技術を保有する人が途絶えてしまい姿を消しました。
しかし、博物館や民家に残る押絵雛を参考に松本押し絵雛研究会(ベラミ人形店)がその技術を復活させて、復元製作されています。