(15)2009.12.14(幸せ)
どんどんと手が動く日は楽しそうだ 私が何も言わなくでも絵が進んでいく。
それが私の幸せでもある。
今日は出来上がった絵を前にして合評会をした。
「おばあちゃん今日はどんな楽しいことあったん?」
「そがなもん、なにもないけどの」
「黄色がいいね、青い風船が楽しそうに空に飛んでいきそうや。幸せになる絵やね」
「この紫が . . . 本文を読む
(14)2009.12.6(再会)
年老いたら自由時間がたっぷりある。 母は一日ベッドで過ごす。どこにも行けない。 何もすることのない生活。 それをチャンスと考えたら、人はそこから若返る。
ほんの少しでもやることを見つけたら、それだけで幸せになれるんだよ。 幸せな母がここにいる。
貧乏と肩を並べた生活で子育てを二回もやった。気がついたら自分のことは何も . . . 本文を読む
(13)2009.12.1(わらわるる)
毎週土曜日、それが母と私のお絵かき教室になった。私の知る限り、これまで描線一本引いたことのない母だった。
スケッチブックを膝の上に広げてマーカーを持たせても、スイッチが入るのに時間がかかる。
マーカーを持っても手が動かない いやなのだろう・・・・ 辛抱強く待っていると、絵というより字を書き始めた。自分の名前らしいが、う . . . 本文を読む
(12)2009.11.21(ツバキ)
年の瀬も迫っているのに、温かくていい天気だった。
真っ先に母を外に連れ出す。車椅子を押して外に出たらピンクの椿がきれいだった。
「ツバキやで、おばあちゃん」
「ほに、きれいやなあ」 ほっこりした母の笑いが帰ってくる。
裏のこずえから鳥の声が聞こえている。それが静けさを際立たせてくれる。
平和な一日だ。
「これもき . . . 本文を読む
(11)2009.11.14(四角い絵)
スケッチブックをもてあそぶばかりで なかなか絵を描き始めない母。 そんな日があっていいんだけれど、絵を描く面白さが伝わらなくて、戸惑った日。
「今日は四角を描いてみようか」
「そうかの」
母は上の空で答える。やっと少しだけ絵が描けると、私は諦めて散歩に誘った。座っているベッドから車椅子に移る。
靴を履 . . . 本文を読む
(10)2009.11.7(踊る色)
一本線を引くと、その線が次の線を誘う。 そうして次々線が生まれる。その上から色が重なる。形を意識しないから、どんな絵が生まれるのか本人も知らない。それが母にとっての本物の絵の証しだと信じている。
今日は色にこだわった。12色のクレヨンを何度も持ち替え . . . 本文を読む
(9)2009.11.1(秋の色)
「何描いてええんかわからんわ」スケッチブックの上で手を止める母。
「どっからでも線をひいたらええねんで」 「そうかの・・・」
二人のお絵かき教室はいつもここから始まる。辛抱強く待っている間、マーカーを宙に浮かしたまま何かを描いている仕草が続く。頭のイメージをどこかで具体的なものにつなげようとしているのかも知れない。
「 . . . 本文を読む
(8)2009.10.25(柿の木)
田舎の家にはどこにも 柿の木があった。 女の人が嫁入りに柿の種を持って行く風習があったのだとどこかで聞いた記憶がある。 母もそうしたのかは知らないが、実家の庭には今も柿の木がある。見上げるほど大きなその木は 屋根に上っても手に届かなかった。
長い竹竿の先端を二つに割った。その口に細い棒をくわえさせる。その開いた口を赤い実のな . . . 本文を読む
(7)2009.10.18(塗り絵)
朝出遅れてお昼過ぎになった。部屋に母の姿がない。それで集会室に行って見ると、円卓に座って塗り絵を楽しんでいる一団があった。その中に母もいる。私は興味を持って、しばらく母の姿を眺めていた。
輪の中にいながら、ぽつんと淋しそうに座ったままだ。どうも塗り絵が嫌で療法士さんの勧めにも応じず、車椅子の上で視線を曇らせているようだ。周り . . . 本文を読む
(6)2009.10.11(運動会)
「ほれ、しっかりなァ」
母は身を乗り出して応援する。車椅子がきしんでいる。
Wの里の運動会に近所の園児が招かれて、お遊戯やかけっこが始まったのだ。
母は初孫を預かって、小学校から短大まで育て上げた。2世代の子育経験がある。そして何より子供好きだ。そんな思いを重ね合わせて、保育児童の演技に拍手を送っているのだろ . . . 本文を読む