(box(1合升)による作品)
先日の記事にいただいたコメント。
もったいないので抜粋して転載させていただきました
「”ばかなこと”を続けることは、可能性を探し続けるということでしょうか・・・。
だとすれば、どんなにつまらないことでもそこに意味があり、あらゆる可能性を秘めているということになりますね。」(からくさん)
「馬鳴き鹿鳴き一瞬無限大馬鹿道まっしぐら
乱舞素粒子流星群と共に
馬鹿を極めま^す^!」(真鹿子さん)
「 自分にとって何でも無い事、苦労にならないことが…それができない人には、決して越えられない偉人に見える。」(人生の素人さん)
--------------------------------------------------------
こんなコメントを頂くと、勇気を頂きますし、ひとりではないという、大きなつながりを感じて胸が熱くなります。まずは御礼申し上げます。
そして教訓を頂きました。
人には無限の可能性がある。からくさんの言葉に、私は自分の原点に光をあてられたような風景を見ました。そこには中学時代の師のことばがありました。
「一生可能性の追求を忘れるな。」
長じて、それは絵画の方向に向かいましたが、試行錯誤の中で、どんなばからしい、些細なことの中にも可能性が潜んでいることに気付きました。
馬鹿なことから可能性を見つけるのは、自分に疑いを持たず受け入れることできたときに起こりました。
自分に疑いを持たず受け入れて生きていく。
その姿勢は真鹿子さんの言葉の中にありました。
自分の理解できる言葉で、たとえそれが誰にもわからない宇宙語であっても自分の真心から理解できる世界で馬鹿を貫く。自分の正しいと思うことを生きる覚悟。私にはそう伝わりました。
なんてすばらしい表明ではありませんか。
しかし、そこに至るまでに、私は半世紀近く、苦悩を味わいました。
その構図を人生の素人さんの言葉が、寸分たがわない形で表してくれました。
自分が出来ることより、出来ないことに心を痛め、
啄木の歌のように、人がみな、我より偉く見える日々が、どれだけ自分を傷つけてきたか。
そのことを心から理解できたのは、
自分の出来る馬鹿と巡り合ってからでした。
馬鹿というのは、ひと様からどう見られようが、自分の心の中で、けっして自分に嘘をついていない心情を大切にして生きていくことだと知ったのです。
人は出来ることをやればいい。
どんな些細なことでも、それは、大げさに言えば神から与えられた能力。
その可能性を追求して一生を終える人生ほど崇高なものはないのです。
「人のやらないことをしなさい」
これはこれまでの私の人生で出会った、最後の師から頂いたことば、
具体美術協会の根本理念です。
それも馬鹿とつながります。
人がみな、我より偉く見える日々には、人の真似をして生きようとする生き方が見えますが、神が私に与えたものは、けっしてそんな意味のない生き方をするためではない。
つまり、誰もやっていないことをやるように定められているのです。
だから神は、そこに最大の褒美を用意している。
己に嘘をつかない生き方をして行き着く場所に、その褒美があるのです。
己に嘘をつかないで、聞こえてくる心の声にしたがって生きていく。
そんな思いを頂きました。
皆様、本当にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。
こちらこそもったいないお言葉
有り難うございます。
これからもいいろいろ学ばせていただき
窮地は好機!
火事場の超馬鹿力が発揮できますよう
馬鳴き鹿鳴き一瞬無限大馬鹿真鹿道まっしぐら
この瞬間も
宇宙から地球をつらぬき床をつらぬき飛来している
宇宙の四方八方から飛来している
一秒一兆個を遥か上回る素粒子流星群たちと
コスミック調和の乱舞や
渦巻き円舞以心伝心交流を行い
馬鹿真鹿邁進いたします^音^♪
今日は瀬戸内海伊吹島のイリコと
チョキチョキの細切り昆布
骨まで柔w柔wのイリコの佃煮を煮ています。
貴重な海の命☆余すところなく頂き
馬鹿真鹿の馬力とさせていたたきます。
今宵もごゆっくりお過ごしくださいませね♪
ご厚情感謝申し上げます☆
甘辛醤油の衣着て
チョキチョキ昆布を肩にかけ
いりこさんが、しの字、くの字に身を寄せ合って、鉢の中。
しの字を頂きます。
口の中でつんつん
くの字を頂きます。
歯の上でくねくね
いのちをありがとうございます。