徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

夏目漱石未発表の句

2014-06-10 22:19:33 | 文芸
死にもせで西へ行くなり花曇

 これは、明治29年、夏目漱石が熊本の第五高等学校に赴任する際、松山時代の同僚に宛てた手紙に添えた俳句である。つい先月、宛先の猪飼健彦さんの子孫の家で手紙とともに見つかったことがNHKニュースなどで報じられ話題となっている。118年の歳月を経ての新発見というのも驚きだ。
 この句は、新たな旅立ちの心境を詠んだものだろうが、ふと、どこかで聞いたような気がして調べてみた。
 松尾芭蕉の「野ざらし紀行」という俳諧紀行文の中に次の句が出てくる。

死にもせぬ旅寝の果よ秋の暮

 この「野ざらし紀行」というのは、芭蕉が40歳の頃、出身地である伊賀上野へ旅をした時の紀行文だ。「奥の細道」よりも前の作品である。「野ざらし」とはまた縁起の悪い言葉だが、芭蕉一流の自虐的な洒落を感じさせる。漱石はこの芭蕉の句が頭の中にあったのだろう。松山から東京へ帰るでもなく、さらに西下する自分の身の上を芭蕉の「野ざらし」になぞらえたのかもしれない。