「寄りそう正月モチ」と漆器の売上金をお渡しをして能登から帰宅。一夜明けたら、真っ白に燃え尽きてたw
「あしたのジョー」の有名な最終回の「真っ白に燃え尽きた」場面だけど・・・
芥川賞作家の開高健が従軍記者としてベトナム戦争に行き、ベトコンに待ち伏せされて200名いた部隊のうちの17名生き残った時の「生き残った・・・」写真の方が近い感じ。
約10ケ月かかって漆器を売って渡せた義援金は620万円!・・・写真は都内の「ホピショップ」の展示販売会で売り子のボランティアをしてくれたワハハ本舗の佐藤正宏さん
募金を呼び掛けた訳でもないのに集まった浄財が170万円!
チャリティイベントでお金をあつめてくれた友人もいたし、20年ちかくも音信不通だった昔の整体仲間が噂をききつけて多額の寄付をしてくれたりもあった。
その浄財で水害で二重被災した地域を厳選して「寄りそう正月モチ」を贈ることにした。現地の実情にあわせた支援の在り方の相談にのってくれたのは、門前町浦上の仮設住宅をとりまとめる公民館の喜田館長。高校の校長をしていただけあって見識深く公明正大な方。モチにはメッセージを添付してもらった。
こちらはちかくの七浦公民館の掲示板。どこの公民館も事前告知が行き届いていて、「モチはまだか?」と仮設住宅の住民が待ち構えていたのでたじろぐ。
浦上仮設住宅は公民館の前にあるので各自が取りに来るシステム。「正月モチ食えるとは思わんかったわいね!」「二年ぶりに雑煮が食えるわいね!」「モノ米100%のホンモノのモチなんて久しぶり!」と予想をはるかにこえて喜ばれた。
今年は正月モチを食べる前に被災したので、一次避難所に持ちよって非常食として食べた人が多かったし、まったく口にはいらなかった人も多かったのだ。まだ非日常がつづくが、せめて正月モチを食べる間だけでも日常をとりもどしてほしい。
浄財で買って配った「寄りそう正月モチ」は850世帯だから、余った浄財だけでも来年はもっとたくさん配れる見込み。
これも多くの善男善女が、在宅であっても「能登を見捨てない」と意思表示をした結果だし、そのお金で「今昔物語」に出てくるような逸話も生まれた。
震災で自宅の倒壊はまぬがれたが裏山の蔵が全壊してお墓が倒壊した家族が、漆器をうったお金でお墓の修繕と補強をした。9月の豪雨災害で裏山が地滑りして自宅を直撃!という寸前でお墓が土砂を塞き止めてくれて助かった・・・ご先祖様が護ってくれましたねぇと顔を見合わせる。
来年は「在宅ボランティア」から1歩すすめ、「能登の人と共にある参加型の在宅ボランティア」の仕組みを構想しているが、しばらくボーとして気力体力の回復をまつ。
漆器をお求めになった方、展示販売会をしてくれた方、浄財を喜捨してくれたみなさま方、ご協力ありがとうございます。