

前回取り上げた「六戸ヘルスセンター別館」で宿泊した晩のこと。夕食へ出かけた帰路に、六戸町の中心部、国道の旧道と県道20号線がクロスする十字路の角に佇む昔ながらの銭湯「宝温泉」へ立ち寄ってみることにしました。夜でも見える高い煙突が目印になっていますが、現在この煙突は使われていないんだとか。というのも、かつては沸し湯の銭湯だったそうですが、いつの頃か、温泉を掘り当てて以来、燃料を焚いてお湯を沸かす必要がなくなり、煙突も無用の長物となったんだそうです。このためか、以前は「宝温泉」ではなく「たから湯」と称されていたようです。
いまや地方では自動車が無ければ生活が成り立ちませんが、昔のままの姿をとどめているこちらの銭湯は、駐車場のスペースが地方とは思えないほど狭く、軽自動車なら3台、3ナンバーでしたら2台が精一杯。この時は辛うじて1台分のスペースが空いていたので、そこへ我が愛車を滑り込ませました。そんな状況ですから、こちらの常連さんは車ではなく自転車でやってくるようです。実際に上画像でも、浴場前には自転車が数台並んで写っていますよね。なんて健康的な銭湯だこと。


玄関に続く風除け室を経てから男女に分かれた出入口へと進むわけですが、この風除け室には「断捨離なんてクソくらえ」と言わんばかりに、いろんなものがたくさん並べられており、なぜか銭湯とは無関係の古いパーマ機まで置かれていました。ある意味で時流への反骨なのかもしれません。




館内は伝統的な銭湯のスタイルを踏襲しており、男女別入口の引き戸を開けると、双方に挟まれる形で番台があって、そこで退屈そうに座っていた仏頂面のおばちゃんに湯銭を支払いました。ゴチャゴチャしたとした風除け室の様子から容易に予測できるように、脱衣室もやはり雑然としており、とっくの昔にクッション性を失ってしまったソファーや、骨董品クラスのマッサージチェア、台貫、自販機などが所狭しと置かれています。初夏だというにストーブを片付けていないことにも驚かされます。
銭湯なのになぜか棚が無いのですが、その代わり籐の籠が積み重ねられていて、入浴客は床の空いているスペースを見つけて、荷物や衣類を収めた籠を適当に置いておくわけです。籠を撮った画像に写っている掃除機も相当古そうですね。


古いタイル張りの浴場内は昭和の銭湯そのものであり、あちこち継ぎ接ぎを繰り返しながら長年使い続けているのでしょう。男女両浴室をガラスブロックで仕切るちょっと淫靡なスタイルも、昭和の古い浴場ではしばしば見られます。けだし男湯の利用客は「ガラスの向こう側には…むふふ」なんて想像力を逞しくしているに違いありませんが、どれだけ夢想を膨らませたところで、実際に向こう側の浴室で汗を流してるのはショボショボな婆さんばかりですから、世の中というのは一筋縄ではいかないものです。でもイマジネーションはイリュージョンに発展するやもしれず、そもそも想像は個々人の勝手でありますから、もしガラスブロックの向こうに何らかの影が見えたとしても、それを如何に捉え、どのようにストーリー展開させるかによって頭の中で無限の世界が広がり、結果的には単なる湯浴みという行為を超越した大スペクタクルエンターテインメントに発展するかもしれません。
そんな中学生男子レベルのくだらない話はともかく、浴室の左右両側に洗い場が配置されており、押しバネ式のカランと固定式シャワーのセットが計11組並んでいました。なおカランから出てくるお湯は温泉なのですが、私がカランのお湯を出したところ、配管の錆のカスがお湯と一緒に出てきました。後述するように塩分を含むお湯なので、配管の金属部分はすぐに錆びちゃうんでしょうね。経営的にも厳しいのでしょうから、なかなか配管補修にまで手が回らないのかもしれません。桶に溜まったこの錆のかけらを目にしたところで、私は一気に現実へと引き戻され、上述のイマジネーションなんてどうでもよくなっちゃいました。


この浴室では、朱塗りの橋を描いたモザイクタイルの壁絵がとても印象的。一目見たときには日光の「神橋」を描いているのかと想像したのですが、六戸の地と日光は何も縁がありませんから、日光ではなく、どこか別の場所の風景なのでしょう。ちなみに壁絵の真下に書かれている手書きの文字は、壁絵の説明ではなく「郷土に奉仕する十和田信用金庫」という広告です。手書きによる金融機関の広告も珍しいのではないでしょうか。あくまで私の想像ですが、おそらくこの壁絵を寄贈したのがその信金なのでしょうね(なお十和田信金は吸収合併の末、現在は青い森信金となっています)。
この壁絵の真下には、見るからに年季の入った浴槽が据えられています。浴槽内は真ん中で2等分されているのですが、修繕に修繕を重ねているのか、タイルの目地が盛り上がっちゃっていました。


左の湯船と右の湯船ともに3人サイズ。双方にブラックシリカと称する怪しげな石が沈められています。左側の湯船はかなり深い造りになっており、身長165cmの私の場合はおへそまで浸かるほどの深さがあります。槽内の側面にあいた穴から温泉が供給されており、かなり熱めの湯加減です。一方、右側の湯船は左側より浅いものの、それでも一般的な浴槽よりは深めです。お湯は左側の浴槽から右側の浴槽へ流れており、ケロリン桶が置かれた右隅の壁際からふんだんに溢れ出ていました。おそらく湯使いは完全掛け流しかと思われます。
お湯は無色透明ですが、もしかしたらごく僅かに黄色を帯びているかもしれません。お湯を口に含むと甘塩味と薄い出汁味が感じられ、お吸い物の粉末みたいな良い風味が鼻から抜けてゆきました。館内に分析書は見当たりませんでしたが、明らかな食塩泉であり、湯中では食塩泉らしいツルスベ浴感が肌へ伝わるばかりか、左側の深くて熱い浴槽に入っていると、心臓が飛び出るんじゃないかと怖くなるほど心拍が激しくなり、慌ててお湯から上がっても、しばらくは全身が強烈に火照って、私の体はノックダウン寸前まで追い込まれました。脱衣室へ上がっても汗はなかなか引かず、白いタオルを振って降参の合図を示しても宝温泉のお湯は私への攻撃を続け、まるで体内へ真っ赤に熱した石炭が埋め込まれたんじゃないかと思いたくなるほど、パワフルに火照り続けました。古いお風呂に張られた見るからにおとなしそうなお湯だからといって侮る勿れ、実は恐ろしく凶暴なお湯だったのでした。単なるレトロな銭湯という分類では済まされない、本格的な武闘派の温泉なのでした。
温泉分析書見当たらず(ナトリウム-塩化物温泉)
八戸駅(もしくは下田駅)より十和田観光電鉄バスの十和田市行で「六戸中央」下車、すぐ。
青森県上北郡六戸町犬落瀬後田9-1 地図
0176-55-2238
6:00~22:00
ドライヤーあり(10円有料)、他備品類なし
私の好み:★★