どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

どうぶつ・ティータイム(109) (映画 『倫敦から来た男』を観て)

2009-12-29 01:10:51 | 映画
     
    (映画『倫敦から来た男』を観て)


 出不精なオッチャンが、わざわざ渋谷シアター・イメージフォーラムまで出向いて、最近には珍しいモノクローム映画を鑑賞してきた。

 原作が『メグレ警視』シリーズで知られるジョルジュ・シムノンというのも、気を引かれた要因の一つである。

 まだこの本を読んではいないが、テレビで観たメグレ警視の人物像から、今回の主人公の性格も極めて文学的だろうと推理した。

 新聞の映画評によれば、ハンガリーの鬼才タル・ベーラ監督・脚本で4年もの歳月をかけて完成にこぎつけたと紹介されている。

 映画通の人なら詳しいのだろうが、かつて7時間半にも及ぶ大作『サタンタンゴ』や『ヴェルクマイスター・ハーモニー』で絶賛されたということだ。

 それらのことは何も知らないオッチャンだが、面白そうだと思うと鼻がピコピコして腰が落ち着かない。

 そこでやおら出陣ということになったのである。


 
 映画の舞台は、海に近い終着駅と波止場を見下ろせるガラス張りの要塞のような制御室。

 主人公の鉄道員マロワン(ミロスラヴ・クロボット)は、転轍機の操作などの夜勤が仕事だが、停泊する船からの乗降客をも見下ろせる位置にいる。

 ある夜、マロワンは偶然にも倫敦(ロンドン)から来た男ブラウン(デルジ・ヤーノシュ)が犯した殺人事件を目撃してしまう。

 ブラウンが、殺された男とトランクを奪い合った弾みに、港に突き落として溺死させてしまったのだ。

 トランクも、死んだ男の道ずれで海に沈んだ。

 ブラウンはあわてて逃げ、目撃したマロワンだけがガラスの檻のような制御室から無言のまま見下ろしている。

 やがてマロワンは、階段を降り、停泊する船の裏側に伸びる船着場の暗がりに現れる。

 男たちが争った辺りの場所から、長い棒を操ってトランクを引き上げる。

 再び制御室に戻ってトランクを開けると、大量の札束がむき出しのまま仕舞われていた。

 マロワンは、濡れたお札をストーブで一枚一枚乾かしながら、遠くの闇を射抜くような鋭い目で物思いに沈んでいる。
 
 出だしから特徴的だった30分にも及ぶロング・ショットが、一連の主人公の表情と動きを捕えつづける。

 その間セリフや独白はない。

 目撃した事件や拾得物は、報告されることなく闇に紛れる。

 

 主人公マロワンの心の動きは、朝になって裏路地を通り帰宅したあたりから徐々に明らかになる。

 貧しさから娘を店員として働かせる妻(ティルダ・スウィントン)との激しい口論、強引に店を辞めさせる父親としての心情に大金をネコババする背景がみえる。

 ほどなく舞い戻った殺人者ブラウンによる主人公への執拗な監視が始まる。

 つづいてロンドンから長身痩躯の老刑事(レーナールト・イシュトヴァーン)がやってくる。

 三者の息詰まるような心理的駆け引きは、原作の持つ深い人物描写に裏づけられているものと推察する。

 陰影が印象的な白黒画面と、ロング・ショットの醸し出す内面への問い掛けが、期待を裏切らない緊迫感を持続させる。

 マロワン一人を映すときの無言のカットと対照的に、家族間の会話はうるさいほど騒がしい。

 マダム・マロワン役のティルダ・スウィントンは、前回の映画評で取り上げた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』にも登場している。

 ベネチア国際映画祭の女優賞を獲得している実力派だそうで、いかにもイギリス生まれといった風貌が演技を後押しする。

 ミロスラヴ・クロボット(マロワン)は、チェコのアカデミー賞といわれるチェコ・ライオン賞の助演男優賞に輝いている。

 デルジ・ヤーノシュ(ブラウン)はハンガリー生まれで、60本の出演作があるベテラン俳優らしい。



 出演者の顔ぶれを見るだけでも、タル・ベーラ監督の凝りようがわかる。

 妥協のないキャスティングもそうだし、ロケ地選定、大掛かりなセット設営にも相当の時間を費やしたようだ。

 さて、途中まで追ってきたストーリーからはここらで離れる。

 期待を持たせて申し訳なかったが、この先の展開は映画を観るか原作を読むかしていただきたい。

 結末を明らかにしないのが、推理サスペンス映画紹介の約束事である。

 思いがけない人間関係の進展で、物語が急転するとだけ言っておこう。

 ここでしゃべってしまうのは、これから観る人にとって勿体ないことのように思うのだ。

 ヒントとなるのは、ラスト部分の主役ともいうべき老刑事の科白に、ジョルジュ・シムノンの真骨頂が垣間見えるところ。

 あるいは、自ら独裁者と宣言する監督タル・ベーラの強烈な個性も・・・・。

 老刑事役のレーナールト・イシュトヴァーンもまたハンガリー生まれで、50年間も映画テレビで活躍している大ベテランだそうである。

 やはり、わざわざ観に行ってよかったと満足した映画であった。

 

 

 

 


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4 コメント

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モノクロームの恐怖もの (丑の戯言)
2009-12-29 11:29:14
うわーっ、観たくなるなあ!
"おっちゃん"の映画選別眼がまた、すごいじゃないですか!

この種スリラー物は、やはりモノクロームがいいですね。
恐怖ものの巨匠、ヒチコックだって華美な色彩は使いませんでしたものね。

加えて、このプログ氏がストーリーをすべて明かさず、いいとこで止めておいたのはお見事。
ここまで書き込むと、尻切れトンボで筆を置くのは、かえって苦痛でしょうから。
素敵な映画情報、ありがとう。
出不精をくつがえさねば!
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ヒッチコックの名作もモノクロが多いですね (窪庭忠男)
2009-12-30 22:16:09
(丑の戯言)様、たしかにヒッチコックの映画では、モノクロームの効果が最高に発揮されていますね。
中でも『レベッカ』は忘れられない作品です。
『サイコ』は怖すぎて、人間の抱える闇を覗いたような気分になったものです。
コメントを見て、昔を思い出しました。
ありがとうございます。
返信する
映画館のこと (丑の戯言)
2009-12-31 10:57:48
「倫敦から来た男」、観たくなって映画サイトで探し回ったんですが、渋谷のその映画館以外では見つかりません。
神奈川県のどこかで上映していないかと期待したんですが。

しかし、映画鑑賞に情熱を燃やすなら、どこまでも追い続けねば、とは思いますよ。
返信する
今のところ単館上映かも・・・・ (窪庭忠男)
2009-12-31 14:25:48
(丑の戯言)様、シアター・イメージフォーラムで1月半ばまで上映したあと、順次全国展開となっていましたが、詳しいことは分かりません。
今のところ渋谷しかやってないようですね。
情報不足ですみません。
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