久しぶりに、見ごたえのあるテレビドラマ〈NHK〉を見た。
タイトルは、『しかたなかったというてはいかんのです』という、登場人物のひと言から取っている。
誰の言葉かはすぐにわかるが、この言葉が多くの人びとの心に重しとなってのしかかる。
ことに、主人公の運命にまで影響を与えた、根源に迫る言葉である。
太平洋戦争末期の1945年に九州大学で発生した米軍捕虜8名を実験体にした生体解剖事件がもとになっている。
関係者は、全員戦争犯罪人として裁かれ、巣鴨プリズンに収容された。
この生体解剖において主導的役割を果たしたのは、医学部第一外科の石田幸三教授〈鶴見慎吾〉だが、「軍の依頼で行ったことであり、全ての責任は自分にある」と書き残し、獄中で自殺してしまった。
そのため、最初は治療のための手術と思って参加した鳥巣太郎助教授〈鳥居太一という名前=妻夫木聡〉が、身代り的に首謀者とされ、死刑〈絞首刑〉判決を言い渡される。
戦勝国が、敗戦国側の関係者を有無を言わせず裁いた結果かというと、もち論そういう一面もあるが、もっと複雑な人間模様がからんでいる。
一応、被告側には連合国が用意した弁護士がたてられ、曲がりなりにも公平な裁判として進行する。
ただ弁護士は、個々の真実に向き合うというより、戦争犯罪人全体の刑の軽減という構想にこだわり、石田教授が自殺した以上、代わりの首謀者として鳥巣太郎助教授を身代わりにする裁判戦略に走る。
このため、主人公〈鳥巣助教授〉は疑問を抱きつつも、石田教授の命令を断り切れなかった自責の念から、半ば刑を受け入れる気持ちにもなる。
決定的な影響を与えたのは、捕虜処刑の陣頭指揮を執って死刑に処せられた元陸軍中将〈岡島孝輔=中原丈雄〉の一言である。
何もしなかったという罪もある。「しかたがなかったというてはいかんのです」
獄中で、死刑囚同士が面会できる特別の計らいを得た機会に、悩み続ける鳥巣助教授〈鳥居太一〉にこの言葉を残して刑を執行される。
これは重い。
こころにどすんと載せられた重石のようなものである。
この裁判には、事実にもとずく理由さえあれば減刑の嘆願書を出せる制度があり、実際に嘆願書によって減刑された被告もいる。
だが、鳥居は徐々に岡島の言葉のほうへ傾いていく。
はるばる北九州から巣鴨まで面会に来た妻〈鳥居房子=蒼井優〉の、「あなたは、石田教授の身代わりにされたのですから、嘆願書を出してください」の懇願にも耳をふさぎ、死刑を受け入れようとする。
妻は働きながら二人の子供を育て、その間、何回も面会に訪れて〈当時の交通事情を考えると、どれほど大変だったか〉夫に翻意を促す。
帰り際に、次は子供たちを連れてきてもいいかと確かめると、「だめだ」と首を横に振る。
虚しく福岡へ戻る妻、このあたりの蒼井優の演技力には、ドラマとは言え引き込まれて切ない気持ちにさせられる。
家に戻ると、太一の父〈鳥居一郎=辻萬長〉から、「あんたも十分に頑張ってくれたが、身内の者ももう諦めたから、子育てに専念しなさい」といわれる。
しかし、妻は裁判当時の弁護側通訳〈三浦清子=若村麻由美〉の協力を得て、裁判関係者に働きかけてもらい、嘆願書さえ提出されれば審理しなおすとの感触を得る。
次の面会日、房子は二人の子供たちを連れて上京する。
そろそろ、夫の死刑執行が近いと直感した妻〈房子=蒼井優〉は、最後の賭けに出る。
子供たちのうち、弟は父との会話が成り立ったが、姉はかたくなに沈黙を続け、心を開いたとは見えなかった。
だが、父が面会時間の終了を告げられ、背を向けたとき、「お父さん」と絶叫する。
死刑囚の子供として、いじめられ、汚名を背負ったままこれからどう生きていけばいいのか。
子供ながら、血を吐くような叫びであった。
ハッとする鳥居太一の表情。〈妻夫木聡〉
獄中に戻った鳥居は、死んでいった元陸軍中将〈岡島孝輔〉の重石のような言葉を押しのけて、やっと嘆願書を書く気持ちになる。
お姉ちゃんの叫び〈戦犯の子供のままで生きたくない〉、そして妻の言葉〈あなたは自分が罪をかぶったままで満足かもしれませんが、私たちはどうすればいいのですか〉
このような展開の末に、息詰まるドラマも終演に近づく。
被告側の通訳〈三浦清子=若村麻由美〉の尽力もあって当時の弁護士も自らの行為を証言し、ついに減刑を勝ち取るのである。
当初、暗く辛いドラマだと思って身構えたが、しだいに人間の弱さ〈暗示と論理に弱い男の弱点〉と、逞しさ〈生きることに誠実な房子〉に引き込まれ、ドラマの醍醐味に浸っていった。
偶然、深夜まで起きていて得をした一日だった。
*〈参考〉原作は、鳥巣太郎助教授の姪である熊野以素氏による「九州大学生体解剖事件――70年目の真実」。
熊野以素氏は、戦犯裁判記録の他に再審査資料や親族の証言などを基にこのノンフィクション書籍を著した。
さらに、主な作中人物とキャストを引用しておく。
- 鳥居太一
- 演 - 妻夫木聡
- 西国帝国大学医学部助教授。通常の治療と思って参加した手術が生体実験であることを悟り、止められなかった自分を責める。全てを知る石田が自殺したことで首謀者である教授とされてしまい、死刑を宣告される。
- 鳥巣太郎に相当。
- 鳥居房子
- 演 - 蒼井優
- 鳥居太一の妻。石田の罪を着せられて死刑を宣告された太一を救うため奔走する。
- 冬木克太
- 演 - 永山絢斗
- 元西部軍所属の軍人。空襲で死亡した母の仇を取ろうと捕虜の処刑の実行役を申し出、死刑囚となる。悔悟の念にさいなまれ、太一にも影響を及ぼす。
石田幸三
- 演 - 鶴見辰吾
- 西国帝国大学医学部第一外科で生体解剖を主導した教授。「軍の依頼で行ったことであり、全ての責任は自分にある」と書き残し、獄中で自殺する。
- 石山福二郎に相当。
- 進藤直満
- 演 - 山西惇
- 元西部軍大佐。西国帝国大学医学部に生体実験のための捕虜を連れてきたことで死刑囚となる。
- 佐藤吉直大佐に相当。
- 鳥居一郎
- 演 - 辻萬長
- 太一の父。
- 岡島孝輔
- 演 - 中原丈雄
- 元陸軍中将。 冬木の上官であり、捕虜処刑の指揮をとったことで死刑囚となった。「何もしなかった罪もある」と太一に言い残し、絞首刑に処される。
- 三浦清子
- 演 - 若村麻由美
- 戦犯裁判の弁護側通訳。房子に協力してアメリカ側の裁判関係者と交渉する。
妻夫木聡 が主演を務め、 蒼井優 、 永山絢斗 、 鶴見辰吾 、 山西惇 、 辻萬長 、 中原丈雄 、 若村麻由美 らが出演する。
以上
あまりNHK見ることはないのですが久しぶりに最後まで見ました
昔はあったんでしょうね
戦時中の残虐なシーンとしてはナチスの実験が出ますが
日本でもあのようなことが行われてたのを実際に映像で見ると怖い事です
最後真実が証明され減刑されてほっとしました
戦争の持つ恐ろしさを、別の面からあぶりだしたドキュメンタリードラマでしたね。
ナチスだけでなく、日本でも行われていた・・・・できれば見たくない事実ですが、目を背けてはいけないんですね。
ただ、このドラマは死刑判決の杜撰な審理と、助命嘆願書をめぐる夫婦と周辺の人々の心理劇であって、最後にホッとする展開が用意されていたことで、ぼくもベルさん同様、胸をなでおろしました。
コメントありがとうございました。