差塩と趣味の世界

故郷 福島差塩の想い出と徒然なる盆栽奮闘記

町内のクラィアントたち

2013年08月21日 | 日記・エッセイ・コラム

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人様の相談を預かるほどの身ではないが、齢がそうさせるのだろう。精一杯聞き役となり、助言をするようにしている。昨日も「相談に乗ってほしい」と突然
(彼はいつもそうなのだが、、)の訪問を受ける。

 彼は、1時間ほど子や娘婿たちへの不平・不満を止まることなく語り、当方はいつものようにもっぱら聞き役を演ずる。しばらくして落ち着いた頃を見計らって、自らのことばかりでなく、様々の立場、考え方があることなどを助言する。

 日頃、会話することもない独居生活、話すことによっても楽になったのか明るい表情で帰って行った、、。

 


家族の絆

2013年08月20日 | 日記・エッセイ・コラム

1_21 老人会今月の行事は映画会を計画していたのでDVDを借りに行く。いつもは100円で借りられるのだが、準新作「HOME愛しの座敷わらし」ということで400円とのこと、さてさてそれに見合う感動が得られるかな。

 会員の多くは、子たちが巣立ち単身か夫婦のみ方々である。久しぶりに家族愛に満ちた作品に昔日の自分を想い出し懐かしんでくれるといいのだが、、、。


朝のお勤め

2013年08月19日 | 日記・エッセイ・コラム

1お盆休みも終わり今日からお勤めという方も多いことでしょう。暑い中ご苦労様と声をかけたくなる。当方プー太郎の身、とり立ってて忙しくはないが、欠かせないことの一つに朝の勤行ならぬ鉢物(サツキ・松・雑木・山野草など)の観察と水遣りがある。

 朝の涼しいうちに小一時間ほどかけて愉しみながらするのが日課、よそ様から見ればつまらない鉢物でも、数十年可愛がっていると掛替えのない宝物になっているのである。


久しぶりの全員集合

2013年08月18日 | 日記・エッセイ・コラム

 1jpgqqq1 昨日、息子たち家族とS球場近くのレストランで食事中、どうしたはずみでか「墓地に行ってみようか」ということになる。

 心の安らぎを求めて10数年前求めた墓地である。久しぶりに訪ねてみるときれいな墓石林立の中で一か所だけ雑草ぼうぼうの我が墓地、早速孫たちと草取り、、、墓地は家族の出会いの場ともいうが、、、絵になる光景だった。

 嘗て 「じぃーじぃー」度々訪れていた孫も今では高校生と中学生、彼らの世界で忙しいだろう。
 その後、久しぶりに孫たち全員集合となる。チビ孫は町内のお祭りで大いに燥ぎ、爺をあわてさせる。


タカサゴユリか

2013年08月17日 | 日記・エッセイ・コラム

1  以前にも記したが、山百合の種と思って蒔いて育てた鉄砲百合(?)遅まきながら今年もようやく開花し始めた。しかし、このユリ、鉄砲百合と思っていたが図鑑で調べるとどうもタカサゴユリらしく見える。ユリの仲間は交雑種ができやすいというから、それらの仲間に入るかもしれない。

 ところで、昨秋田舎で採取した山百合の種未だに発芽しない。来年の早春のころそれを期待している。咲かせるには5,6年先になるか、、、。

 


送り盆

2013年08月16日 | インポート

1  今日は16日、旧盆でいう送り盆の日、お迎えした先祖の霊が再び遠い世界に還る日という。学生のころ帰省してこの日に上京することを祖父などは快く思っていなかったことを想い出す。

 「仏が還る日だよ」などと言って、、、今日もUターンラッシュという。そんな慣わしは通用しないな。

 ところで、このところ墓参に帰省することも少なくなってきた。 その代わりといってはなんだが、小さな仏壇に阿弥陀様と父母の位牌を置き墓参代わりにしている。先祖様も許してくれるだろう。


敗戦記念日

2013年08月15日 | 日記・エッセイ・コラム

1 われわれ戦中派は、今日この日を特別な感慨をもってむかえる。敗戦を終戦と呼び、占領軍を進駐軍と言い換えて曖昧にしあの悲惨な戦争を未だに総括することなく来てしまった68年ではなかったのか。 そのことをなんら反省することなく、昨今勇ましいことを言う風潮が気になる。

 田舎では、戦没者を迎えた家が如何に多かったか、軒並みではなかったか。そうした家に農繁期になると全校あげてお手伝いに行かされたことを想い出す、、、。


満5歳になりました

2013年08月14日 | 日記・エッセイ・コラム

1 このブログも満5歳になりました。今は年齢を言う時に「満、、」をつけることはないが、数え年をいっていた時から今のように変更になってしばらくは「満何歳」というのが当たり前であった。ちょっと横道にそれてしまったが、2008年8月13日息子に教えられてスタートしたブログ、6年目を迎えることとなる。

 何事も三日坊主的なところがあるにしては、よく続いたものである。その間、1459の記事で使用容量1,000メガバイトのうち39パーセント使用する。残量もまだまだあるので今後も徒然なるままに記していこう。

 満10歳になるころはどんな世界が待っているかなー。


集中豪雨

2013年08月13日 | 日記・エッセイ・コラム

1バケツをひっくり返したような雨という表現があるが、昨夕のはそれでも足りないような豪雨だった。

 泊りに来ていた孫たちをS区まで送っての帰路ワイパーを強にしても全く視界が開けない、青梅街道は川のようなところもありノロノロ運転、嘗て購入して1年足らずの車を水没させてしまったことが蘇り、恐怖心に襲われる。 このところ集中豪雨の被害が度々報道されているが、昨夕の体験をしてみて、決して他人ごとではないと実感した。


集団催眠術、、。

2013年08月12日 | 日記・エッセイ・コラム

1  この暑さにどの家からもエアコンの熱風を吐き出している。これも地球温暖化に拍車をかけている。打ち水などしたところで圧倒的な米軍の戦力に立ち向かう嘗ての竹やり作戦のようなものかもしれない。

 竹やり作戦といえば、当時大の大人が訓練させられていたが、心の中からそう思っていたのだろうか。また、それを全国で推進した人々はどう思っていたどろうか。どう考えても、当時の人々は集団催眠術に、、、だろう。物言えぬ時代でもあったし、。戦意高揚的側面もあったのだろう。

 間もなく終戦記念日がやってくる。誤った集団催眠術にかけられないよう我々の世代は、声を大にして伝えていかなければならない。