★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

妖蛸

2022-09-20 23:01:59 | 文学


普通五六十本の薪があれば、完全に焼けることになっているが、もう予定の薪は焚いてしまっても焼けないので、隠坊はがまんしきれなくなって、傍にあった漁師用の手鍵を執って死体の腹へ打ちこんだ。と、大きな音がして腹が裂けるとともに、その中から大きな蛸が出て来たが、それが猛烈な勢いで達磨の新公に飛びかかるなり、真黒い毒どくしい墨をぱっと吐いた。墨は新公の顔から胸のあたりを真黒にした。
 新公は悶絶した。それと見て人びとは隠坊に加勢して、蛸を撲殺し、更めて薪を加えて蛸もいっしょに焼いたが、今度はすぐ焼けてしまった。


――田中貢太郎「妖蛸」


蛸は文学でもいつも人気である。人間と似ていないのに、人間らしい。