普通五六十本の薪があれば、完全に焼けることになっているが、もう予定の薪は焚いてしまっても焼けないので、隠坊はがまんしきれなくなって、傍にあった漁師用の手鍵を執って死体の腹へ打ちこんだ。と、大きな音がして腹が裂けるとともに、その中から大きな蛸が出て来たが、それが猛烈な勢いで達磨の新公に飛びかかるなり、真黒い毒どくしい墨をぱっと吐いた。墨は新公の顔から胸のあたりを真黒にした。
新公は悶絶した。それと見て人びとは隠坊に加勢して、蛸を撲殺し、更めて薪を加えて蛸もいっしょに焼いたが、今度はすぐ焼けてしまった。
――田中貢太郎「妖蛸」
蛸は文学でもいつも人気である。人間と似ていないのに、人間らしい。