★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

カタツムリ

2022-09-21 23:05:47 | 文学


アル アサ 王サマハ、石ノ カベニ 一ピキノ カタツムリヲ ミツケマシタ。カタツムリガ ツノヲ フツテルノヲ ミテ ヰルト、王サマハ、子ドモノ ジブン、何ダカ、カタツムリノ ウタヲ ヨク ウタツタ コトヲ オモヒダシマシタ。
「デンデン 蟲々 ツノ 出セヤ ダツタカナア」ト、イロイロ カンガヘタガ、チツトモ ソノ ウタハ オモヒダセマセンデシタ。
「オ前タチ、デンデンムシノ ウタ シラナイカ」ト、オソバノ モノニ キイテモ、
「シリマセン」ト イツテ クビヲ カシゲテ ヰマス。王サマハ、
「デンデン ムシムシ」ト 口ノ 中デ イヒナガラ、ニハヲ グルリト マハツテ キマシタ。ソレデモ、オモヒダセナイノデ、トウトウ オコツテ、カタツムリヲ ツブシテ シマハウト シタ トキ、フツト オウサマノ ココロニ、
「デンデン ムシムシ ツノ フレヨ、夜アケニ、ヌストガ ヤツテ クル」ト イフ ウタガ、ウカビマシタ。ソレト 一シヨニ、ソノ ウタヲ、ヨク ウタツテ 下サツタ、ヤサシイ オ母サンノ コトモ オモヒダシマシタ。
 ソコデ 王サマハ、カタツムリヲ ツブサナイデ、青イ ハノ 上ニ ソツト ノセテ ヤリマシタ。


――新美南吉「カタツムリノ ウタ」


カタツムリは子どもの英雄である。子どもにとって、目を伸ばす動作やゆっくりとした動きが、まるで学校や世界に対する態度である。学校を消化しきれなかった高峰秀子様も『まいまいつぼろ』という本を書いている。彼女の場合は、自分の演技で殻をつくっていた様な気がする。

宇佐見りん氏の『くるまの娘』を読了したが、これもある種の殻の形成を描いたものである。彼女が手本にしているのかも知れない中上健次ですら、終末に向かって服が破れ裸になってゆく感じがするが、宇佐見りんの場合は、終末に向かってすべてを思い出し抱えこむことによって殻ができてしまう人物が描かれるような感じである。時代と寝ている作者なのだが、大江健三郎がテロリストや知的障碍者を小説で「実在」させたように、彼女もそういうタイプの書き手であって、まずはリアリティを抱え込む書きぶりに集中しているようだ。この書き手は、もっと先の書きぶりのことまで考えて勉強している気がする。いまはさしあたり、悪夢的なボレロ、カタツムリに形成してゆくような転がる自我を描いている。