「貸したまま戻らなかった債権を取り立てるという話が霊異記に載せられているのは、霊異記がその説話の背景とする八世紀という時代を、もっとも象徴的に反映している・・。金こそすぺてという拝金主義が日本人のなかに初めて芽生えることになった時代に・・・。」(第8講「行基の奇行」)
「かつてオウム真理教の教祖と信者たちがマインド・コントロールによる狂気の関係を作り上げていた。そのようなつながりが行基と(説話に出てくる信者の)女人との間に存在したのであれば、ここに描かれているような奇怪な行動も起こり得たかもしれない。完全に否定できないとこめに信仰は成立する。八世紀初頭も現代もそうした心性には変わりがないという点で、常人の目からみれば信仰というのはきわめて恐ろしく危険な一面をもっている・・」(第8講「行基の奇行」)
「(貸した金を無慈悲に取り立てる息子に対し)母はおのれの乳房をあらわにして、お前を育てた乳の代価をよこせと迫る。それは、息子との絆を絶対化した母の論理と見做すことが出来る。・・この説話では母の役割、母の力が、銭という別の力によって崩壊するさまが描かれる。現代にも通じる普遍的な家庭崩壊の悲劇が浮かび上がる。それをもたらしたのが霊異記説話を支える仏教思想であった。語られているのは、中国から律令制度が導入されることによって作り上げられた都市型社会の中で生じた現象だった。前代における母系的な、あるいは双系的な家族関係が家父長的制を基礎として律令的な父系社会へと変貌するとによって、母の疎外が生じたということを示唆している。」(第9講「語られる女たち」)
説話の世界をこのように深く読み込むということは門外漢の私にはとても困難であるが、指摘はとても魅力的である。このような読み方から実に多くのことを知ることができる。