「永瀬清子詩集」を一昨日からめくっていた。1954年の詩集「山上の死者」に「月について」という詩があった。作者は1906年生まれ、1995年89歳で亡くなっている。作者が48歳ころの作品であろう。
月について 永瀬清子
東の空に燃えるように懸かっている月は
今わが肺腑から噴き昇ったのだ。
彼女の裏側の峨々たる山水は人にみえない。
その山巓は死の輪をはめている。
そこには樹もない水もないのだ。
千仭の瞼と寂寥の唇。
その裂け目は何万年もふさがらないのだ。
汝は輝く反面もて人に対う
けれども力尽きてやがてそれは欠けゆくのだ。
(略)
地上では山や谷は絶え間なく風化するが
お前の山水は常に変わらず屹立している。
お前をなだめるものは何もない。
静かにお前の軌道を変えようと誘うものもない。
今炎のように燃えさかっている月よ。
枯れ且つ輝けるわが魂よ。
不思議な詩で何を何に例えているか、言葉は優しいが、わかりにくい点もある。しかし私は最後の「今炎のように燃えさかっている月よ。/枯れ且つ輝けるわが魂よ。」に惹かれた。
今ではすっかり解ってしまった月の裏側の様子だが、当時はまだ画像として披露はされていなかった。しかし想像される景色を「枯れ且つ輝けるわが魂よ。」と結んだところに大いに惹かれた。
まだ読み込まないとわからないところもあるが、繰り返し味わってみたい言葉が並ぶ。
たまに詩を読むと、自分の想像力の貧困、言葉に対する感覚の摩滅を実感して、情けなくなる。