メランコリア

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『水深五尋』ロバート・ウェストール/作

2011-01-02 15:08:32 | 
『水深五尋』ロバート・ウェストール/作
金原瑞人、野沢佳織/訳 宮崎駿/画

「水深五尋の海底にそなたの父は横たわる
 白い骨は珊瑚になった
 ふたつの目は真珠になった
 体はすべてそのままで、
 海に姿を変えられて、
 美しく珍しいものになる」


まとまった休みの中で1番楽しみにしていたのは、ロバート・ウェストールの1冊の本の世界に完全に埋没することだった。何にも邪魔されずに。
空腹を極限まで我慢した後に、甘いチョコレートを食べる、そんな感覚。

実際、読むのが遅いわたしでも、昨日の夕方から読み始めて、今日の昼過ぎまで一気に読めてしまった。
それだけウェストールの文章が描き出す世界には、いったん足を踏み入れたら抗い難い吸引力がある。
そして読み終わった後は、読む前の自分には戻れない、なにかが決定的に変わってしまった余韻が残る。
ちょうど小説の中の少年が、もう二度と子どものままでいられなくなってしまったように。


『テンペスト』の詩の一篇から来ているタイトルからしてカッコいい。
作家本人の解説によると、本作は自伝的要素もとても強いそうだ。
今作は、昨年5月に読んだ『“機関銃要塞”の少年たち』の続編でもある。
記憶力の乏しいわたしは、感動した気持ち以外、正直細かい部分は思い出せないが、
それでも単独の作品としても充分楽しめる作りになっている。

これほど少年のまっさらな視点から「戦争」とそこに関わる周囲の人間模様を克明に、正直に描いた文章は他にあるだろうか。
人種偏見、身分制度、売春婦etc..登場人物たちの生々しいセリフは、
時に児童文学としては刺激が強すぎるのでは?と思われるが、
人々の持つ誤解もひっくるめて、あるがままを伝えることの重要さ、
そして子どもたちはそれらを、それぞれの年齢でもって受けとめられるだけの感受性があるんだという
ウェストールの絶対的な信頼が伝わってくる。


挿絵は、描いた本人に負けないくらいの思い入れを持つ宮崎駿さん
物語の邪魔をせず、想像するのが難しい場面だけでなく、駿さんが描きたかったんだろうなあってゆう何気ない登場人物たちの表情が挿し込まれている。

ウェストール作品はまだ邦訳されていないものもあるだろうが、今後に期待しつつ、
すべて読破するのをライフワークにしようと思っている。
また、まとまった時間と、お腹が空いた頃合いに。



p.262
「チャスは思った。人間なんて憐れなハエみたいなものだ。なんとか傷つくまいとして生きるけれど、結局、どんなにうまく立ち回っても傷つく。だれより成功しているように見えて、闇でガソリンを買ってでかい車を乗り回し、太い葉巻をふかしている人間だって、最後は死神につかまる。違いは、だれより立派な葬式を出してもらえるというだけだ。」


p.292
「人間にもチョコレートみたいに2種類あるらしい。真ん中にクリームが入ってるやわらかいタイプと、全部チョコの固いタイプだ。セムは固いほうで、何があっても傷ついたりしない。皮が厚くて、何も通さない。」


p.317
「コリングウッド提督も権力者だった。ネルソン提督もそうだ。獅子心王と呼ばれたリチャード一世も、デーン人の侵略からイングランドを守ったアルフレッド大王も。そういう人たちの名声の影で、どれだけ多くの労働者の命が犠牲になったんだろう?そう考えると頭が混乱してくる。歴史の裏表がひっくり返ってしまったような気がする」

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