2004年
3月に60歳で38年間の仕事を停年退職しました。
5月の「藻岩山」スキー場リフト上コースで、初めて雉と対面でき幸せでした。
6月にはバスツアーで日高の「アポイ岳」に、また8月には網走まで7時間掛けて車で走り、翌朝、網走から知床の「ホテル地の果て」迄走り、木下小屋から一人で「羅臼岳」に登りました。
二山とも今まで以上に疲れやすく、山頂を眼前にした8合目当たりでギブアップしてしまい、いよいよ年齢的に体力が衰えたのかなと残念に思っていました。
ところが秋に思いがけない病気「乳がん」になっている事が分かり、手術そして病院通いをする羽目になったのです。
それからの1年半は、軽くパークゴルフをしたり、ウオーキングをする程度で、登山は諦めざるを得ませんでした。
2006年登山再開
少しずつ体力が付いて来たと感じていた頃、友人から「雨竜沼湿原」(7月8日)のバスツアーに誘われたのです。それが契機になって再び登山を再開しました。
①「雨竜沼湿原」 今までの私は一人での登山が多かったのですが、このツアーでは雨後の滑りやすい岩だらけの登山道を、標高差を300m、2時間で若い男性添乗員に追われるように登らされました。
さらに湿原に着くと1時間で遊歩道を一回りして来るように指示され、ゆっくりと花々を見る暇もなく、駆けるように回って降りて来ました。ツアー登山の欠点を思い知らされました。
でも久し振りの登山に、私の気持ちのロックが外されてしまったのです。
②「夕張岳」 雨竜沼登山が契機になって元気が出、思い切って7月30日には憧れだった夕張岳(1668m)に登ることにしました。
前日に友人2人と山小屋に泊まり、朝6時前に出発し、私のペースに合わせてもらってゆっくりと5時間50分かけて頂上に着きました。
この登山で適切なガイド役の大切さを再認識しました。それと共に、ようやく私は前のような体力の自信を取り戻したのです。
③大雪「銀泉台」
9月17日には夕張岳に行った友人とバスツアーに参加して、「大雪山銀泉台」(標高1500m)へ行きました。
紅葉は8分方進んでいて、人出も今年最高と報じられた位多かったのですが、友人と「今度はもっと上の赤岳まで登りたいね」と話したりしました。写真右は、銀泉台から遙か遠くの大雪山系を撮りました。中央の山は二度登った事のある黒岳です。
山岳連盟の副会長という経験豊富なガイドが、適切な時間配分のガイドをしてくれたので、とても楽に紅葉を楽しめた良い登山でした。
④「愛山渓沼の平」
さらに気を良くした私は、翌週の9月23日、一人で「愛山渓・沼の平」登山(1430m)のツアーに参加しました。
登山道は背丈より高い笹藪に覆い隠された所が多く、また、湿原からの流水で粘土質の道がひどいぬかるみになっていて、私にとっては今まで経験した事の無い程、厳しい登山でした。
でも山岳連盟会員で大雪山系に経験豊かな熟年のガイド氏のお陰で、「カムイミンタラ」(神々の遊ぶ庭)と名付けられた標高1500mの高地にあるいくつもの沼と、初雪をかぶった山々に映える素晴らしい綾錦の世界を見ることができました。私は大きな感動を覚えて下山しました。
沼の平は私一人では絶対に行けない所でした。泥だらけの靴と服を「愛山渓温泉」に入って着替えてから、札幌までバスの中で眠りながら帰りました。疲れた身体で運転しなくても良いのもツアーの良さだと納得しました。
⑤ハワイ・オアフ島の「ダイヤモンドヘッド」
11月末に「ハワイ4島巡り」のツアーに参加しました。
スーツケースに杖を偲ばせ、最終日の12月2日の自由行動日には、真珠湾を見下ろす休火山の「ダイヤモンドヘッド」に登りました。写真は噴火口の底にある登山口から見た山頂です。
ホノルルのホテル街から1弗支払ってワンマンカーの循環バスに乗り、登り口迄行きました。(ホノルルのバスには時刻表が有りません。20分も待ちました)
ガイドブックでは登り1時間と出ていましたが、実際には登り35分、下り28分ととても楽な登山でした。
頂上の展望台からの眺めは、青い海とビルが林立するホノルルの町、反対側の海岸沿いに広がる整備された緑地などが素晴らしく、休火山の火口を真下に見下ろせたのも貴重な体験でした。それと共に、私にとってハワイの旅の最高の思い出となりました。