3日目は羅平周辺の自然公園・「九龍瀑布」や少数民族プイ(布依)族の村などを見学した。
この日は朝、プイ族の女性が特別ガイドとしてバスに乗り、彼女が1日ガイド役をしてくれた。
プイ族はこの辺りに4万人が住み、独自の文字は無く、農業や刺繍で生活しているのだそうだ。
年に1度、若い男女が合宿し、歌や踊りをして適当な相手を見つけるのだという。昔の日本にもあった「歌垣」に似た風習が、プイ族は今でもあるらしい。
22歳で独身だというそのガイドは、「自分は普通に恋人を見つけた。」と言っていた。
「九龍瀑布」では、先ず山の中腹までケーブルカーで上り、そこから500段程の石段を下りながら、龍が昇るように見える滝の景観を眺めるのだ。展望台から見た滝も、菜の花畑も美しかった。
駐車場に戻る道端で、女性達が小ぶりの大根や果物などを売っていた。その大根は甘みが強いらしかった。私がカメラを向けると、爽やかな笑顔を作ってくれた。
その後、200人程が暮らす「プイ族の部落」に案内された。
民家以外に、小さなホテルを経営している様な家もあった。民家は、どの家もバラック作りで貧しく見えた。
女性が外の盥で洗濯をしていた。アヒルや水牛、豚などを飼っている家もあった。
ガイドは「この部落では、多くの男は炭鉱や町へ出稼ぎに行き、女は農業をしています。」と説明した。
公衆トイレが2つあったので、その1つを覗いて見た。
男女の入り口は分けられていて仕切られていたが、入り口にドアは無く、それぞれ7㎡程の仕切りの無い空間に15cm幅程の細長い溝が2本開けてあった。人間の排泄物は、溝からすぐ裏に作られた池に滑り落ちる様に溝に傾斜がついていた。池には黒い鵜が1羽いたから、多分、飼っている魚を捕まえさせるのだろうと私は想像した。
淀んでいる池の中は見えなかったので、今でもそこで魚を育てているかどうかは分からなかったが、正に天然の有機物をリサイクルする古来からの仕掛けである事は確かだった。
このトイレは、多分、部落の人たちが共同で使うトイレなのだろうと思った。
許可を得た1軒の家の庭に入った。中年の女性が「兎に角、貧乏な生活です。」と私たちに話した。
庭先の小屋を見ると、豚が4頭飼育されていた。多分、育てて売るのだろう。
ある人が、開いていた家の中を見ようとしたら、「家の中は見ないで下さい。」と言われていた。
最後にガイドが、「お礼にお菓子か飴があったら上げて下さい。」と言った。その場で急に言われたので、何も持ち合わせが無い私は、皆の1番最後にそっとお金と、家から作って持って行った織り鶴を手渡した。
出発前に読んだ本に、『かって少数民族は長江の北側で暮らしていたが、勢力の大きい民族に徐々に南へ追いやられて、雲南省に集まった』と書かれていたのを思い出した。
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気候が良く、美しい自然があっても、辺境の少数民族には十分なお金が投資されていない現実が見えました。まだまだ民族差別が大きいのかも。
中国国内の南北問題だと思いました。
日本の農村は、アメリカが進めたグローバル化で価格だけ見ると太刀打ちできなくなりましたね。
いかに安全性や新鮮さ、価値ある加工品にするなどの付加価値をつけるかが課題の様ですね。