穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

アップデート要求33:変身系

2021-03-04 08:10:34 | 小説みたいなもの

 博士は女性を紹介した。「私の娘です。出戻りでね。私は家内をなくしたものだから娘にドメスティックなことを任せています。こちらはフリーのノンフィクション ライターの山野井さんだ」

女性が挨拶をして応接間を出て行くと、「それで」と話を続けた。「もうすこし、彼のことを話してくれますか。徳川さんですか。貴方は彼に会ったことがありますか。失礼、さっきの話では直接会ったことは無いのでしたね」

「彼に会ったのは北国製薬の研究開発部の部長だけらしいですね。勿論大宮に研究所があったから他に道で会ったような人はいるのでしょうが、彼と知って親しくしていた人はいるかもしれませんが私には分かりません」

「それではその研究開発部長から何か聞いていますか」

「ええ、彼も最初に会ったときには驚いたらしいです。大きな人らしい。身長は優に二メートルを超えている。年齢は三十台後半くらいらしいです。体つきもがっしりとしていて運動選手のような印象だったと言います。それから、例の行方不明事件からあとでは電話で何回か話したらしいですが、ひどい風邪を引いたように咳き込んだしわがれた声で別人かと思ったそうです」

 話を聞いていた博士は葉巻の煙を吐き出した。

「フーン、咳き込んだ声と言うのはどういう声なんですかね」

「最初は別人かと思ったそうです。しかし、話してみると辻褄が合うので本人に違いないと判断したそうです。そうそう、最初は老人がかけてきたと思ったらしいです」

「それで、その後は面会にも来ず、電話を避けてメールでやり取りをするようになったということですな」

「はい」

「なるほどね」と博士は独り言ちた。「それで彼は今、日本上空にいる宇宙船の代理人だと言ったというのですか」

「そうなんです。いうことがどうもかみ合わないので、先生がいつも言われているように、宇宙船と関係があるのかと鎌をかけたんですよ。宇宙船団と関係があるのかと。そうしたら大して躊躇もせずに総代理人事務所の関係者だとあっさりいうものだから、こっちもちょっと驚いたわけです。まさか冗談を言っていることもないようだし」

「ああ、それから最初に会った時の印象で何かほかに河野氏が気が付いたことは無かったのですかね」

「そういえば、肌が異様に不自然なくらいに白くて、人間の肌と言うよりかは大理石のような印象だったそうです。かれが立派な体をしていたからの連想でしょうが、まるでギリシャ彫刻のような印象だったと言っていましたっけ」

「ちょっと待ってくださいよ」というと葉巻の先の灰が1.5センチほどになって落ちそうになっているので、灰皿を引き寄せると先端の灰を慎重に叩き落とした。

「さてとね、おそらく彼は人間じゃありませんね。宇宙船団に乗っている人(モノ、生物)でしょう。先ほど申し上げた擬態系の宇宙人と思われる。もともとの姿はタコ系というか火星人系でしょううな」

「そんな人間に変身できるものですか」

「自然にではありませんよ。彼らの科学ははるかに進歩していますからね。人間の歴史で有史時代はせいぜい一万年でしょう。メソポタミアとかエジプトで文明が開花してからせいぜい一万年しか経っていない。宇宙人のほとんどは人間より百万年は早く文明時代に突入している。科学、技術もけた違いに進歩していますからね」

 ははあと言うと山野井はごくりとさめた茶を飲み込んだ。

「しかし、変身系の技術でまだ完成していないことがある。それは細胞の再生回数ですよ。人間の細胞は場所によって違うが数日から数か月で再生して新しいのに入れ替わる、だから寿命が数十年ある。しかし、宇宙系文明の擬態技術ではまだそこまで回数がかせげない」

「そうするとどうなるのです」

「放っておけば死んでしまいます。だからその前に本来の姿に戻らなければならない」

「なるほど」

「徳川氏が急に老人の声になったというのはそろそろ細胞再生がうまくいかなくなったということでしょう。面会を避けるようになったというのも皮膚などの再生がうまくいかず老人のように容貌が変わっているからでしょう」

「そうすると彼はどうなりますか」

「おそらく、近いうちに宇宙船にもどり、もとの姿に復帰する処置をうけるでしょうね」