山野井は博士の背中を目を凝らして見つめたが何もおんぶしていない。
「何もいないようですが」と間の抜けた感想を述べた。
「えっ、ああこれ、今はいませんよ。いずれにせよ見えたら大変だ。その宇宙人は技術が未熟だということになる。地上に降りる許可なんか出ませんよ」
「なるほど。そうでしょうな」
「宇宙人が人間社会に来る目的は何でしょうね」。
彼はいまだに博士を信用しているわけではないのだが、とりあえず相手に歩調を合わせた。取材のコツである。何でもかんでも、議論を吹っかけて反駁していたらかたくなになった相手から情報を引き出せない。
さあね、色々あるようですがね、と博士は答えた。「宇宙人によっていろいろでしょう。私の判断するところでは好奇心が一番のようですね。実用的な目的や魂胆は感じられません」
「魂胆というと?」
「たとえば、地球を侵略するとか、攻撃するために偵察するとか、ね。よくSFで書くでしょう。そんなことは全くないようですね」
「ははあ、地球を植民地にして搾取するというような目的はないということですか」と山野井は相手の論調にチョイト乗って議論の進行をはかったのであった。
「まったく違いますね」
「好奇心と言うと、それでは?」
「古生物学的な興味でしょうな。発達した彼らから見れば人間は古生物ですよ。我々人間の研究者が恐竜に惹かれるのと同じです。それに、我々がより進化の遅れた動物を愛玩すると同じでしょうな」
「??」
「つまり、子供が公園でハトと戯れるのと同じです。あるいは大人が犬や猫をかわいがるのと変わりがありません」
「なるほど、そういう関係ですか」
「言ってみれば観光旅行とでもいうべきなんでしょうな」
ふと疑問に思って「ところで先ほどの徳川氏の変身の話ですが、彼の細胞再生の限界と言うのは何回ぐらいなんでしょうかね」
「さあ、それは私の情報源、つまり背乗りの狐系には聞いていないので、回数は分からない。ただ、時間的に言うと、つまり地球の時間で言うと数か月あたりが限度ではないでしょうか」
そうすると、まもなく日本政府と取り交わされそうな第一次和親条約には「観光旅行の自由化」が入っているのかもしれないな、と山野井は思った。