穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

40:処女の需要は高まっているのか

2021-03-19 06:57:13 | 小説みたいなもの

 女医のいた部屋は4,50階らしかった。眼下の駐車場の車がおもちゃのように見える。敷地の外の道路を走る車がノロノロと這っている虫のように見える。外に出た殿下は空中で恐怖心のあまりパンツを濡らしてしまった。早く地上に下りなければならないと焦るのだがどうしたらいいのかわからない。空中遊泳の方法など明智大五郎は教えてくれなかった。勿論彼もそんな知識は無いのだろう。NASAかJAXAの宇宙飛行士は空中遊泳の訓練を受けるのだろうが、それだって、狭い宇宙船内の中にはいたるところに取っ手があるに違いない。また天井や壁は厚く緩衝材が貼ってあるに違いない。船外活動といっても命綱を何本もつけて、せいぜい船外2,3メートルを動くだけだ。

 あせった彼は夢中で足をバタバタさせた。これが上方へ推進する方法だったらしい。彼の幽体は六十階はあろうかと思われる病院の上に出てしまい、上昇がとまらなない。後で考えるとよく失神しなかったとおもった。失禁しただけであった。ふいに黒い妖怪とぶつかりそうになった。カラスだった。彼等も5,60キロの時速で飛んでいる。衝突したら体に穴が開く。カラスの羽に幽体をこすられた彼は気を失いかけた。そうすると不思議なことに幽体は急降下を始めた。どうも意識の強さが浮力に関係するらしい。さすがに手練れの経営コンサルタントである殿下はすぐに理解した。そのまま、リラックスして体の力を抜いているとだんだんと高度が下がり、見当で建物5,6階の高さになった。そこで彼は目を大きく開き、足を下方に踏んだ。丁度力士が四股を踏むように。試してみると体が少し浮いたのである。そんな塩梅で、気を抜いたり、四股を踏んだりしているとだんだんとゆるゆる降下して、どうやら駐車している車の天井にドスンと落ちたのである。

 急いで車の天井から地面にすべり下りると車の間に身を潜めて当たりを偵察した。病院から出てきた女が近づいてきたので彼は緊張した。三十歳くらいの女は褌を巻いている。それもごわごわした生地の厚く幅広の褌だ。力士の締めているような奴だ。なんだなんだ、これが三十一世紀のファッションか。まるで中世の貞操帯みたいだ。幸い女は二、三台先の乗用車に乗り込んで駐車場を出て行った。かれは車の間から這い出すと出口に向かった。ゆっくりと用心しながら歩いた。うっかりと普通に歩くと足が地面を蹴った時に体が数メートルも浮いてしまう。這うようにして時速一キロほどの低速で守衛の前を通る。幸い守衛は気が付かないようだ。

 歩 道に出るとかれは用心しながら時速一キロのスピードを保ちながら進んだ。相手には見えないから最新の注意を払った。前方はそれでよいが、困ったのは後ろからくる相手だ。こちらが見えないから平気でぶつかってくる。一度後ろから足蹴りボードに乗った小学生が全速力で彼の脇を追い抜いて行った。だから一歩歩くごとに前後を注意しなけらばならない。自転車も怖い。それに、一歩ごとに後ろを振り向くとそのたびに体が大きく横にぶれるのである。歩道を飛び出しそうになる。

 驚いたのは歩行者全員が貞操帯のようなものを腰に巻いていることだ。女は勿論男も着している。ヤレヤレどうなっているのだ、と殿下はぼやいたのである。