穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

アップデート要求35:和親条約ついに締結

2021-03-06 09:44:00 | 小説みたいなもの

 応接間にかかっているマチスの裸婦像(本物だろう)の横に据えてある時計を見るとすでに来訪してから一時間を過ぎている。博士の葉巻はまだ五センチ吸い残しているがそろそろお暇しようと切り出すと

「貴方はいろいろな情報源をお持ちでしょう。それをいくつか比較して正解を見つけるのだろうが、今日の話が少しでも役立てばいいですね」と謙遜した。

山野井の怪訝な顔を見ると博士は

「これは私が親しくしているお狐さんからの又聞きですから。自分で検証したわけでもない。また出来るわけもない。だから私も信ずるしかない。理解するわけではない。科学では理解することと信ずることを峻別しなければなりませんからね。ま、少しでも今日の話がお役に立つといいですな」

「金田一博士は大いに語ると書こうと思うんですが」と今の話で念を押しておいたほうがいいと思って彼は確認した。

「いやいや」と博士は笑いながら謙遜した。

「さる星界消息通によると、と言うのはどうでしょうね」と提案したのである。

「なるほど、それではそうしましょう」と山野井は応じた。

 それでは、というと博士は立ち上がって裸像像の横にある壁のボタンを押した。先ほど彼を案内した執事が現れて彼を先導して玄関に出るとふたたび車で坂下の門まで送ってきた。

 情報筋と出所をぼかしたので記事はなかなか自由度が高くまとめられて煽情的で上手く出来上がっていた。掲載誌は発売後たちまち販売部数を伸ばして増刷を二回繰り返した。

 その週の金曜日に日本政府は宇宙船団との和親条約を発表した。

調印者は日本側が井伊直三首相、宇宙船団側はマシュー・カルブレイス・ペリー提督となっていた。

 両者は今後段階的に交流を深めていくとなっている。具体的な交流拡大の方法と段取りは今後両者で協議して決める。また、両者はそれぞれの事情に基づき交流の特定部門を制限することが出来ることになっていた。

 コロナワクチンの開発成功についても、オリジナルな示唆は宇宙船団側からなされたものであることを双方で確認したとあった。すでに条約締結時点で日本国内ではコロナは撲滅されていたので、国民の対宇宙船感情は極めて良好で、それはあだかも(アダカモ)、古代ギリシャの都市テーバイで市民の生命を奪い続けたスフィンクスの謎を解いた異邦人のオイデプス(エディプス)が市民から王に推戴されたように宇宙船団の権威を確立した。

 また、ペリー提督は日本との和親条約をほかの地球の各国とも締結することを希望し、日本政府を通して国連での成立を希望することが明言されていた。