締結された和親条約では観光旅行の自由化は触れられなかった。予備交渉では話題にはなったようであるが、日本側での星界人のアコモデイションが整っていないことがあったようであった。条約の調印式の模様は映像では流れなかった。ごく一部の日本側の交渉担当者の証言によると相手方は巨大タコのような肢体をしており身長は三メートルから五メートルあったという。
彼らを受け入れる宿泊施設は地上にはないし、移動のために交通手段もなく、特注が必要と考えられた。それらの整備が先であるということらしい。それに日本人はまだ彼らの形状に慣れていないから、もう少しその姿になじんでから受け入れたほうがいいというのが双方の合致した意見であったという。
技術移転分野についても双方で希望するところが違っていいたようであった。星界側は農業、生物化学、医学やロボット工学分野の技術移転には前向きであったが、日本側が熱望した宇宙工学や星間通信技術の技術移転については理由ははっきりとしないが、相手側は極めて消極的であったといわれる。
交渉における彼らの日本語能力は完璧であった。日本語以外の言語については英語が多少使える程度で、この彼らの言語能力がまず日本側と交渉を始めた理由らしかった。
彼らが日本語能力を獲得した経緯は彼らの説明によると次のようなものであった。AD2190年代に日本の宇宙探査船が冥王星の付近を航行中に行方不明になった事件があった。有人船で研究者七人も乗り組んでいた。推進装置の故障で太陽系圏外にさまよい出て時空の歪みに引っ張られてワープを始めたらしい。それを付近を通行中であった星人の宇宙船が発見し、全員を救助したというのである。地球人と分かるとすぐに地球に送り返そうと伝えたところ団長の中浜万三郎博士はせっかく宇宙人に出会ったのだから彼らの文明を見物させてくれないかと頼んだという。
それで地球への送還前に母星へ連れて行き彼らの文明を見分させ、研究させたというのである。中浜教授はそのお礼として日本語を教授したというのだ。その時、未知の感染症が発生した。直ちに対策が取られ、日本人たちに対してもワクチンが接種されたが、生体の組織が違うためか日本人たちは次々と命を落としてしまった。
一方教授たちが教えた日本語はその弟子から孫弟子へと伝えられて、ここに一群の日本語を完ぺきに操れる通訳が育成されているということである。中浜教授は英語も教えてくれたが断片的であった、充分な時間がなかったらしい。日本人たちの急死で英語の知識は断片的なものにとどまっているそうである。