穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

にわとりとタマゴ2

2022-11-05 12:36:47 | 小説みたいなもの

 しばらく様子を見ていたが熱は下がらない。鼻水は洪水のように出て来て止まらない。猛烈なくしゃみを壁を震わせて連発する。

 まだ朝の行事がすんでいないことに気が付いて彼は立ち上がると、トイレに入った。顔を洗った。朝食にトーストを二枚焼いた。食べた後にいつも飲むコーヒーをどうしようかと思案した。

 風邪の時はコーヒーはよくないのかな。昔からかれはそう思っていた。学生の頃に母親から注意されたのだ。たしかによくないような気がする。しかし、それを体験したことはない。第一長い間風邪をひいたことがないのだ。湯冷ましを飲んだがなんだか腹に落ち着かない。とうとうもう一度お湯を沸騰させていつもの通りの濃いコーヒーをいれた。用心して最初は一口飲んで様子を見た。具合が悪そうならそれ以上飲むのをやめようとして。

 ところが、一口飲んだコーヒーが胃に落ちてからに、三分すると効果が覿面に表れた。しゃっきとしてきたのだ。意外だった。風邪気味だからとコーヒーを飲まなかったのが悪い影響を与えたのか。コーヒーを飲まないから症状が改善しないのか。にわとりが先か、タマゴが先か、みたいな問答を自問自答した。とにかく大丈夫そうだと残りのコーヒーを全部飲んでしまった。三十分後には寒気も去り、熱も下がり、風邪っ気も消えてしまった。

 これは誰にでも通用することではあるまい。学生時代から非常に強いコーヒーを毎朝飲んでいたので一回でも飲まないと調子が狂ったのかもしれない。さて今日の町漁りはどこにしようかな、と計画する元気も出てきたのである。


鶏と卵1

2022-11-05 09:13:54 | 小説みたいなもの

 連日のロケハンでいささか疲労が蓄積していたらしい。昨日は急に冷え込んで雨の降る中、街を長時間うろついた影響がでのだろう。床を離れて十五分後に寒気を体内に感じた。一時的なものかと様子を見ているとだんだんひどくなってくる。顔も洗わず朝食の用意もせずに長椅子にうずくまっていると、熱が出てきた。といっても体温計などというものはない。額に手を当てると明らかに熱い。やばいな、と用心して葛根湯を呑んだ。体温計はないが葛根湯はあるのである。

 只見大介から、その後連絡があって新宿の喫茶店で会った。なにか依頼したことで伝えることがあるということだった。そういうことならそちらの事務所に行くよ、というといやちょっと出る用事もあるのでついでに会いたいというのだ。

 新宿の喫茶店で会った。コーヒー一杯千円と言う店で彼の指定だったが、さすがに高い料金だけあってファストフード店とことなり客はすくない。そして客席の間にかなりの間隔がある。只見は時々利用しているらしい。事務所で会う都合がつかなくて、あまり人に聞かれたくない交渉などをするときに利用しているらしい。

「先日の依頼の件だけどね、とうもうちにはないようだ。あるかもしれないが俺にはアクセスできなかった」と言いながらビジネスバッグから膨らんだ大型の封筒を取り出した。

「あまり参考にならないだろうが、テレビ局が取材のときにヘリコプターからとった俯瞰写真なんだ。火災とか災害の時にとるだろう。知り合いがいてね、雑談の時にその時のヴィデオがあるというので、別に秘密でもないからとコピーしてくれたんだ。もちろん網羅的ではないよ。君の目的に役に立つとも思えないが、俺が持っていてもしょうがないからな」

「すまないな。それならおたくの事務所に取りに行ったのに」

彼は笑った。「うちの会社はうるさくてね。部屋には盗聴器やカメラが設置してあるんだよ。会社の機密漏洩対策だな」

「へえ、監視が厳しいんだな」

「上には警察庁からの天下りが多くてさ。これなんか会社のデータじゃないから問題はないんだけど、こんなデータをやり取りしているとなんだって聞かれるからな。少なくとも会社の業務以外のことをしていたと分かるとまずいのさ」

「それで新宿まで持ってきてくれたのか。すまないな」

 

 たしかにそのデータはあまり役に立つものではなかった。それで日課の一万歩散歩をロケハンに充てていたのだが、疲労が蓄積したのと、昨日の悪天候に晒されて風邪をひいたのかもしれない。