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観客席で思ったこと ~200文字限定のスポーツコラム~
 



クラマーさんを訪ねる旅(11)

FCバイエルン・ミュンヘンⅡ 2対1 カールツァイス・イエナ
2008/8/29 ミュンヘン・グリュンバルダー通りスタジアム

1970年メキシコ・ワールドカップの得点王、ゲルト・ミュラーさんに会った興奮に酔いしれながら、ブンデスリーガ3部の試合、FCバイエルン・ミュンヘンの2軍対カールツァイス・イエナを見た。

ブンデスリーガの3部は、今シーズンから始まった。バイエルン・ミュンヘンのような強豪にとっては、若手に試合経験をつませることができ、昨シーズンの結果、3部に降格したイエナのようなクラブには、引き続き全国レベルの試合ができるメリットがあるだろう。

序盤は、イエナが優勢だった。中盤での早いプレッシャーでボールを奪い、効果的なサイドチェンジで、たびたびミュンヘンのゴールに迫った。

しかし、イエナのちょっとしたミスを逃さなかったミュンヘンが先制した。ミュンヘンの右からのクロスに対して、イエナのディフェンダーが胸ではずませてゴールキーパーに返そうとした。そのボールが少し短かったところを、ミュンヘンのトップがかっさらって、ゴールを奪った。得点者はトーマス・ミュラー。「ミュラー」だけに得点感覚が鋭いのか?

ミュンヘンの追加点は、中央でのパス交換からディフェンダーをかわしたミュラーが、この日2点目を決めた。後半、イエナも鋭いフリーキックで1点を返したが、結局、2対1でミュンヘンが勝った。

ドイツらしい、あたりの強い、スピード感がある試合だった。一緒に見ていたクラマーさんは「Jリーグ1部のチームでも、この3部で優勝するのは難しいだろう」と言う。確かに、テクニックでは上回るだろうが、体格差、体力差を考えると、Jのチームがシーズンを通して戦い続けることができるか疑問であり、不安を感じる。

スタジアムにいて、試合内容とは別に、興味深かったのは、両チームのサポーターの場所だった。アウエーのイエナ・サポーターは、メインスタンドに向かって右側のゴール裏の一角に収められていた。しかし、ホーム、ミュンヘンのサポーターは、ゴール裏ではなく、バックスタンドの中央に陣取って応援していた。ゴール裏には屋根がないが、バックスタンドに屋根がある。だから、ミュンヘンのサポーターの歌声はスタジアムに大きく響く。もともと、観客数も少なくて、席は空いているのだから、見やすい、応援しやすい場所に陣取るのは合理的だ。日本でもマネしたらいいのにと思った。


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クラマーさんを訪ねる旅(10)

ミュンヘン・スポーツシューレの見学後、ぼくらは、19時から行われるブンデス・リーガ3部のバイエルンミュンヘン2軍対イエナの試合を見に行った。

会場は、バイエルンのチームの現在のホームである「アリアンツアレーナ」の前(オリンピックスタジアム)の前のホーム「グルンバルダー通りスタジアム」である。

ひなびたスタジアムの周りには、3部とはいえ、バイエルンのユニフォームやマフラーをまとったファンが大勢集まり、セキュリティもきちんとしていたのにびっくりした。ただし、ぼくらがクラマーさんの同行者だとわかると、ノーチェックで通してくれたが……。

スタンドの裏側にある一応VIPルームに通され、コーヒーやお菓子を食べながら、時間をつぶしていると、なんと、あのゲルト・ミュラーがやってきた。現在は、バイエルン・ミュンヘンの2軍のアシスタント・コーチをしている。

ワールドカップで得点王になったときの、ずんぐり、がっちりしたイメージからすると、ずいぶんスリムになっていた。クラマーさんと抱き合い、言葉を交わした後は、ぼくらのサイン&記念撮影会が始まった。VIPルームにいた、別のグループの客も、便乗してサインをもらう。

「こんなにすごいツアーになるとは思ってもみなかった」と企画・主催した牛木さんがつぶやく。

ボーフムで小野伸二と会えなかったことなど、みんな、すっかり忘れてしまっていた。


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クラマーさんを訪ねる旅(9)

8月29日(金)。クラマーさんと一緒に、ミュンヘンのスポーツ・シューレに行った。1985年に、それまであったグルンバルトのシューレーを継いだかたちで、ミュンヘン郊外のオーベルハヒングに設立された。前日のデュイスブルクは欧州で最大の施設だが、ミュンヘンは欧州で最も機能的と評価されているそうだ。2006年ドイツ・ワールドカップのときには、パラグアイ代表のベースキャンプだった。

ここでは、クラマーさんとともに、15年前の開設時からここに勤めている支配人のヘルマン・ブルナーさんが案内をしてくれた(写真中央)。

42の競技ができるこの施設には244のベッドがあり、年間で約40000人が利用するとのこと。自然光がたっぷりと差し込む体育館が4つ。天然芝と人工芝のサッカー場が1つずつ。サッカー場にもなる陸上競技場が1つ。他にビーチサッカー場などもある。利用者(=選手たち)がくつろぐ場として、ビリヤード場や卓球場などもり、またリハビリの施設もある。来週には、サッカー・ドイツ代表が合宿をする予定になっていた。そのために、サッカー場の周りに、観客をせきとめる金網をはる作業が始まっていた。

この素晴らしい施設に感動しているぼくらに対して、クラマーさんは言った。

「施設はいいものができたが、人の問題で(ドイツのスポーツは)うまくいっていない。とくに若者に対する指導がよくない。条件はそろったのに、取り組む姿勢がまったく足りない」

北京オリンピックで、なでしこジャパンに勝って3位になったサッカー・ドイツ女子代表についても、「ワールドカップや前回のオリンピックの結果に満足してしまっていたからだ」と手厳しかった。



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クラマーさんを訪ねる旅(8)

ミュンヘン空港から、途中、巨大なアリアンツ・アリーナを一瞬横目に、約2時間半。ドイツとオーストリアの国境近くにある、保養地ライト・イム・ウィンクルに到着した。

さすがに朝から、スポルトシューレ、ボーフムとびっちり見学し、移動した後だったので、かなり疲れていたが、ぼくらが泊まるホテルに来てくれたクラマーさんの姿を見て、その疲れは吹っ飛んでしまった。

ぼくらの遅い食事につきあって、一緒にテーブルに着いたクラマーさんは、中条さんや牛木さんと思い出話するうちに、立ち上がって身振り手振りをそえて熱く語るようになっていったのだった。



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クラマーさんを訪ねる旅(7)

スタジアムをひととおり見た後、隣接するビルの3階にあるVIPラウンジを見せてもらった。1985年に増築された建物は別棟のように見えたが、3階にあるVIPルームは、スタンドの最上段とつながっていた。そこに入ると、見たこともない光景があった。

広いラウンジには、そこにあるテーブルいっぱいに、ポスター、ユニフォーム、ボールが数え切れないほど並んでいた。そして、何人かの選手らしき若者が、ポスターやユニフォームにサインをしていた。ファンサービスに使うために、チーム全員のサインを書き入れているのだ。練習を終えた選手たちが、三々五々入ってきて、サインを書き出す。どれだけの時間がかかるのかわからない。選手によっては「練習より、きつい」とジョークをいう者もいたり。週に一回のお勤めらしい。

グルーバーさんによれば、ファンをつなぎとめるためのサービスとして、いろいろ工夫しているなかのひとつらしい。ブンデスリーガのチャンピオンなど望むべくもない中堅クラブにとっては、特に地元ファンを大事にすることが重要だと言っていた。これは、日本でも同じだろう。

そのことを理解しているのか、いないのかはわからないが、選手たちは、嫌な顔も見せずに、通りすがりの僕らにあいさつをしながら、自分のサインを書き続けていた。


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クラマーさんを訪ねる旅(6)

スポーツシューレを駆け足で見学した後、デュイスブルクから約50km離れたボーフムに移動した。小野伸二が所属するVflボーフムのクラブを見学するためだ。

午前11頃、スタジアムの横にある練習場に行くと、すでに練習は後半にさしかかっており、シュート練習と10対10でのフォーメーションの確認をしていた。この日は、試合の2日前なので、午前の1回練習のみ。小野を探したが、その姿はなかった。風邪をひいて、前日から練習を休んでいるそうだ。

彼の雄姿を見たいところだったが、まぁ仕方がない。小野に会えなかったことは、その後のサプライズと比べれば、些細なことになる。

しばらく練習を見学したの後、若い広報担当のクリスチャン・グルーバーさん(写真中央)がスタジアムを案内してくれた。彼は「日産スタジアムのような素晴らしいスタジアムではないが……」とことわりながら、1979年に建てられた、35000人収容の本拠地の中に、ぼくらを招き入れた。

確かに、ロッカールームやインタビュールームはかなり手狭に見えた。しかし、その一方で、OBや関係者が集まれるレストランがあり、そこには栄光に輝いた時のユニフォームが展示してある。OBのために、こんな雰囲気のあるスペースがしつらえてあるところが日本と違うところだろう。

ピッチレベルにもおろしていただき、芝生の状態やベンチなども見せてもらった。ふだんならピッチ内に入ることは禁止だが、特別に記念写真を撮らせてくれた。

クラブの基盤づくりのために、OBやゲストを大切にする姿勢がいろいろなところで感じられた。そして、もちろんサポーターのためのサービスも一生懸命やっているのだが、それについては、次の記事で。



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クラマーさんを訪ねる旅(5)

8月28日、スポーツシューレの2日目。朝食のあと、デュイスブルク・スポーツシューレを管轄するニーダーライン・サッカー協会のライナー・レーマン事務局長(写真)に話を聞いた。さらに、施設も案内してもらった。これも、クラマーさんが手配してくれたおかげである。

レーマンさんは、1981年から、このシューレに勤務している。彼がここに来る前の古いことも含めて、元新聞記者ら、ぼくらの質問に対して、真摯な態度で答えてくれた。そこには、クラマーさんの影響力もあるだろうし、欧州で最大の施設をもっていることへの矜持もあるだろう。

芝生のサッカー場が6面、人工芝の小ぶりなフィールドが2面のほか、体育館、柔道場など、25の競技ができ、合宿所としては350人が泊まれ、年間約60000人が利用しているそうだ。隣接して、地元デュイスブルクのクラブの本拠地となる3万人以上を収容する立派なスタジアムやプール、テニスコート、陸上競技場などがあり、シューレを含めて、大きなスポーツパークとなっている。

施設を案内してもらうなかで、1960年に日本代表の選手たちが、初めてペンデル(ヘディングの練習用に天井からひもで吊るしたボール)を見て、トライした体育館も見せてもらった。確かに天井付近からボールを吊るすための梁が出ていた。ただ、中条さんの記憶によれば、ぶら下がったボールをヘディングすると、勢いよく天井にぶち当たったとあるが、本当に届いたのだろうか。

何の変哲もない、かなりガタのきている体育館を見て、感慨にふけっている日本人たちを見て、レーマンさんは何を思ったのだろうか?


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クラマーさんを訪ねる旅(4)

デュイスブルクのスポーツシューレに到着した日に、みんなが驚いたことがあった。シューレの宿泊棟の入口に、クラマーさんの功績をたたえる看板が、顔写真入りで立てられていたのだ(写真)。

まるで、ぼくらが「クラマーさんを訪ねる旅」で、、ここデュイスブルクを訪問することがわかっていたのかのように…。なんか、クラマーさんが出迎えてくれているようでもあった。

その看板の中身は、「ドイツサッカーのルーツ」というタイトルで、“Trainerlegende”(おそらく「伝説的な指導者」という意味か?)として、デットマール・クラマーさんを含む何人かを紹介していた。

ドイツに来て、スポーツシューレに来て、早速、クラマーさんの偉大さに触れたような気がした。


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