運動不足とおせち料理が追い打ち

 毎年、正月になるとお餅をのどに詰まらせて亡くなるお年寄りの悲劇が報じられる。しかし、お餅が詰まるのはのどだけじゃない。お餅の“腸詰まり”にも注意が必要だ。弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長に聞いた。

「正月明けに来院される方のなかには“便秘がひどくて…”という人がおられます。こうした『正月便秘』の中にはお餅が腸に詰まらせている人もいて、なかには腸閉塞(イレウス)で緊急入院する患者さんもおられるのです」

 餅がのどを無事に通過できたのに腸にひっかかるなんて何と運の悪い人だろうか。まして、正月早々、病院に搬送されるなんて、と思う人もいるかもしれない。しかし、餅が腸に詰まることは中高年なら誰にでも起こることで、入院する場合もあるという。

 実際、お餅による腸閉塞の症例報告が全国の病院で報告されている。

 60代前半の男性は入れ歯を外して雑煮の餅を丸飲みしたところ、翌朝からお腹が膨らみ、嘔吐。2日後に腹痛を訴え病院へ。腹部超音波検査と腹部CTで小腸に詰まった餅が発見された。

 別の60代後半の男性は良く噛まずに雑煮の餅を食べ、半日後にお腹が膨らみ、翌日夕方に強い痛みを感じて病院へ。腹部CTで小腸に詰まっていることがわかったという。

 いずれも入院して飲み食いを一切断ったうえで、鼻からチューブを入れて腸管に溜まった食べ物などを取り除く治療を受けるなどして、ようやく硬くなった餅が排せつされたという。

「お餅による腸閉塞で共通しているのは、餅を丸のみした、あるいは良く噛まずに飲み込んだ場合です。お餅が温かく、変形しやすい状況では胃の出口を通過しますが、小腸内で温度が低くなると腸管壁にくっついて硬くなることで腸閉塞が起こると考えられています。餅を食べて1日以内に発症することが多いようです」

 お餅を腸に詰まらせて入院するのは50〜60代の男性に多く、女性の倍近いという報告もある。

「その理由はわかりませんが、男性の中には、“オレは昔と変わらず若い”と根拠もなく思い込んでいる人が多い。昔丸呑みしてもなんでもなかったから大丈夫と信じているせいかもしれません。しかし、加齢により内臓も確実に老化していて、食道は収縮力が低下しますし、胃は弾力性の低下により以前と同じ量の食べ物を入れられなくなり、小腸に食べ物を送り出す速度も低下します」

■60代前後の人などは特に気をつけること

 最新の研究によるとヒトの老化は、徐々に進むのではなく、34歳、60歳、78歳で急激に進むことが明らかになっている。米スタンフォード大学の研究チームが18〜95歳までの4263名の血漿タンパク質を分析した結果だ。

 それによると加齢が原因で起こる身体の変化は一定期間同じレベルを保ち、特定のポイントで突然上下する。そのポイントが平均で34歳、60歳、78歳だというのだ。つまり、60代前後の人は特に「昔と同じ」などと過信してはいけないのだ。

 そもそも餅は餅米で出来ていて、その7割がアミロペクチンと呼ばれるでんぷんでできている。水や熱が加わり柔らかい状態のαでんぷんである間は消化に良いが、冷めてβでんぷんに変化すると途端に消化が悪くなることが知られている。

「年末・年始は部屋で過ごすことが多く、運動不足と食べ過ぎで便秘になりがち。しかも、おせち料理に欠かせない黒豆やごぼう、昆布などは消化が悪く、胃腸の消化管の活動も良いとはいえません。そんな状態のときに餅をろくに噛まずに食べることはとても危険なことなのです」

 そうはいってもたかだか腸詰まりくらいたいしたことないだろうと思っている人もいるかもしれない。しかし、2018年の人口動態統計月報年計(概数)によると同年では7147人が「ヘルニア及び腸閉塞」で亡くなっている。これは総死亡数の0.5%にあたるという。

「腸閉塞は何らかの原因で、腸の中で食べ物や消化液など内容物の流れが止まってしまう状態です。腸管が閉塞すると食べ物だけでなく消化液もたまってしまい、腸が膨れてきます。そのため腹痛、嘔吐、便秘、おならが出ない、お腹が張るという症状がでるのです。腸管に消化液がたまったままだと脱水や電解質異常があらわれ、重篤だとショック状態や意識障害をおこすこともあるのです」

 お餅は良く噛んでたべること。入れ歯の人、歯が悪い人、顎に障害がある人、60代前後の人などはとくに気をつけることだ。