ウォーキングカメラマン

“お歩きさん”をした時に出くわした心に残った風景、光景、人物などを撮る!!

「神の絨毯」と呼ばれる紅葉がある山を登る

2024-12-16 00:55:23 | 宮城県

2024年10月15日(火)

栗駒山は、岩手、秋田、宮城の3県にまたがる奥羽山脈の山。多種の花が咲き誇り「花の百名山」として知られるほか、秋の紅葉は、特に美しく「神の絨毯」と呼ばれる。

 

シャトルバスを降り、登り坂を10分程度歩いても景色がひらけず足場も悪い。不安になり、後からきた人に聞いたらこの道は登山道とのこと。普通に歩いて紅葉を見れると思い込んでいた。紅葉は登山しないと意味ないと励まされ、トレッキングシューズだったので登山を決行。写真は1時間程度登りようやく視界が開けた沢で撮影。

後ろから来た人に聞いた時点で、登山の準備していないし、引き返そうとしたが、遠いところから来てもったいない、2時間程度で東栗駒山は登れるので是非行ってみてと地元の人らしい2人組がペットボトル1本をさりげなく差し出した。また、別のグループの一人がパンとバナナ1本をくれた。本当に感謝です。ありがとうございました。

沢を横切りそのまま進んでいくと大自然の紅葉が広がる。

もう少し登ったところで振り返るとまさに「神の絨毯」

沢を横切って少し行くと東栗駒山1,434mの山頂が見えた。たいていの人がシャトルバス停留所があるいわかがみ平~東栗駒山~栗駒山~いわかがみ平というコース。もしくはその逆コース。東栗駒頂上で聞いてわかったが、今回行った東栗駒山往復するより栗駒山往復するが道も整備され登るのも楽なようだ。

東栗駒山に行く登山道から左側を見れば栗駒山。

東栗駒山山頂付近から見た「神の絨毯」。ガスがかかってきた。沢を越えたら道もよく傾斜も緩やかになり栗駒山の山頂も目指せたが、雨、防寒対策していないので、無理はやめようと東栗駒山から引き返した。

下山しながらも、本当に素晴らしい大自然の紅葉だったので何枚も写真撮った。この景色を見れたのは、情報及び水、食料をくれた人のお陰です。

 

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アスピーテ火山を横断する道で県境を越えた付近を巡る

2024-12-13 22:30:32 | 岩手県

2024年10月14日(月)

八幡平は、秋田県と岩手県にまたがる楯伏(アスピーテ)火山。八幡平を横断するアスピーテラインを通り県境である山頂を越え秋田県から岩手県に入った。

 

アスピーテラインで八幡平山頂近くの駐車場から撮った岩手山。盛岡から見る岩手山の裏にあたり山の形が全く違う。

山頂付近はアオモリトドマツの樹海がひろがり、真冬で雪が降ると樹氷が見れる。

枯れたアオモリトドマツが結構ある。

鏡沼(写真右下)は「ドラゴンアイ」と呼ばれる。雪解け時期に池の中央付近に丸く雪が残り、エメラルドブルーの池の水が周りを囲む様子が龍の瞳のように見えることからそう呼ばれる。

アスピーテラインを車を走らせて下っていくとまた違った景色で紅葉が鮮やかだったりしたので、駐車スペースがあるところで途中何度も停車しながらドライブした。

頂上付近と違って赤や黄で色とりどり。

だいぶ下っきたら温泉があるらしく湯けむりが出ていた。

 

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アスピーテ火山を横断する道沿いの沼と泥火山がある湯治温泉の紅葉

2024-12-12 12:20:33 | 秋田県

2024年10月14日(月)

八幡平は、秋田県と岩手県にまたがる楯伏(アスピーテ)火山。秋田県側には八幡平最大の沼と日本一の泥火山がある湯治温泉があり、そこを中心に紅葉狩り。

 

八幡平大沼(秋田県鹿角市)の温泉宿付近の紅葉。もっと紅葉が鮮やかなつもりだったが、思ったほどではなかった。アスピーテラインという八幡平を横断する全長27kmの道路沿いにある。

大沼の水辺の草紅葉。最盛期はもう少し赤くなるはず。

大沼の周りは、木道が設置されていて非常に歩きやすく一周した。ゆっくり写真撮りながら歩いても1時間もかからなかった。

後生掛温泉(秋田県鹿角市)。大沼から車で5分程度のところにある。写真左の温泉施設の裏には遊歩道が整備されている。

泥火山。別の場所には日本最大の泥火山があったが、角度的に噴火口がイマイチ撮れなかったのでこちらをUPした。

温泉になっている小さな沼があり、登りもあるので1時間程度は要した。

後生掛温泉からアスピーテラインをドライブして八幡平山頂に向かう途中の風景。

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500年の歴史がある朝市が月12日開催される城下を歩く

2024-12-12 00:40:35 | 秋田県

2024年10月12日(土)

五城目町は、秋田県中部の内陸部の街。500年以上の歴史を誇る朝市が毎月2・5・7・0のつく日に開催される。中世に山城があったが、現在は城のような森林資料館がある。

 

五城目城(森林資料館)からの展望。五城目城は五十目と称した城主の居城であったことから町名もそれに由来する。

五城目役場から朝市通りに行く県道には街路樹が植えられていい感じ。

朝市通りの入口。

五城目朝市通り。町の中心部であり銀行、飲食店、酒蔵など商店街になっている。ちょうど開催日だったが、訪れたのが午後だったので閑散としていた。

五城目朝市ふれあい館。展示されているパネルなどを見たが、朝市はかなり賑やかのようだ。

五城目城が朝市通りから見える。

朝市通りから少し逸れたところに、やたらと窓枠が多くて目についた建物があった。喫茶店兼タバコ屋。

街に流れるのは五城目川ではなく馬場目川。

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バスケットが盛んな木都を歩く

2024-12-11 01:50:05 | 秋田県

2024年10月11日(金)

能代は日本海に面した秋田県北部の中心都市。良質の木材産業で栄え「東洋一の木都」と称された。またバスケット名門高校があることから「バスケの街」として知られる。

 

市役所付近から駅へ続く大きな通り沿いには中小規模のビルが建ち並ぶが・・・。

塗装が剥げ、廃墟のようなビルが連なっていた。

バスケットミュージアム(写真左)。アーケードがあり、かつては最も賑やかだったと思われる柳町通りの商店街にある。

バスケットミュージアム内部。バスケットのことはあまり見ないが、無料だったので入った。能代工業のコーナー、田臥選手のコーナー、岡山選手のコーナー等があり、バスケットシューズやユニフォームなどが展示されている。

柳町通りの商店街を入ったすぐのところにある旧料亭金勇。国登録有形文化財であり、天然秋田杉をたくさん使って建てられた。

旧料亭金勇の内部。かつて能代が木都として賑わったころは、宴会や接待などで使われた。2008年に閉店し、その後能代市に寄贈された。

秋田市から青森市まで日本海沿いを通る国道101号沿いの風景。

国道101号線を横断して歩いていたらバスケットの像があったので、もしかしてと思い調べてみたら能代工業高校(現在は能代科学技術高校)だった。県立なのにすごい!!全国制覇を58回したそうな。

能代港。ここから船で運ぶためか木材がたくさん積み上げてある。向こうに見える山は世界遺産の白神山地。

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日本で二番目に大きい湖の干拓により誕生した村を歩く

2024-12-10 00:58:49 | 秋田県

2024年10月11日(金)

秋田県大潟村は、日本第二の面積を持つ八郎潟の干拓によって1964年に誕生した村。合併及び分割を伴わない純然な新設自治体としては日本最新の村。

 

村はずれにある東京ドームのような道の駅。

秋田市の北部、男鹿半島の東にあり、集落に入る時、整然と区画整理された大きな田んぼ続く。道はまっすぐで平坦な道がかなり続く。海抜0m地帯なので、堤防に囲まれている。

イチョウ並木の通り。もう少ししたら黄色に染まってきれいだったろうに。

モデル農村として形成された村であり日本全国から移住してきて専業農家が多い。家は新しく大きな家が多い。当初は6世帯14人、今や約1,150世帯3,000人。

村を歩いていてサルビアがいろいろな通りに植えられていてまっ赤が目立った。街は碁盤目状であるし、広々としているし、家が大きく瓦屋根がないので北海道の農村を歩いているように感じる。

何かの野菜?畑。このあたりが、春には菜の花畑になるようだ。

ホテルもある。新潟の米関係の商社に勤める友人は、年数回は大潟村に出張で来る時の常宿と言っていた。このホテルの横には、「ポルダー潟の湯」という日帰り温泉がある。

スーパーもある。写ってはないが、コンビニ2件、県立大学などもある。

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田んぼの中に浮かぶ島がある街を歩く

2024-12-08 23:07:30 | 秋田県

2024年10月10日(木)

にかほ市象潟町は、秋田県南部の日本海に面した街。地震によって潟が隆起し、水に浮かんでいた100以上もの島々が、田んぼの中に浮かぶ。

 

九十九島。1804年に象潟大地震が発生し、潟湖が約2m隆起して陸地となり、大小100余りの島々が田園に浮かぶように見える。

蚶満寺にある芭蕉像。芭蕉が訪れた「奥の細道」の最北の地が象潟であり、その当時、まだ潟湖にたくさんの島々が浮かび「東の松島、西の象潟」と呼ばれた。

JR象潟駅(写真右)前の風景。

JR象潟駅から国道7号線を横断し、海へ向かう途中の風景。

象潟港から見た鳥海山。20数年前、酒田に友人が単身赴任していた時に一緒に登山した思い出があり山頂まで見たかった。山頂付近には高山植物の花畑や火山湖、万年雪があったことを思い出した。

象潟の街の風景。奥の細道の旅で芭蕉をもてなした地元の名主の家とあるが、正確には家の跡があり、説明板があるだけ。

道の駅の展望台から見た鳥海山と田んぼの中に浮かぶ九十九島の島々。

道の駅から見た夕景。沖に見える飛島(写真右)には学生時代、友人と酒田からフェリーで行ったが、冬場の荒れた日であり、二人とも船酔いで寝込んだ記憶が蘇ってきた。

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兵士の血で真っ赤に染まった伝説がある温泉街を歩く

2024-12-06 23:33:18 | 山形県

2024年10月10日(木)

赤湯温泉(山形県南陽市)は、奥州統一の戦により傷ついた兵士たちが湯に浸かるとたちまち傷は治り、湯は血で真っ赤に染まったことから赤湯と呼ばれるようになった。

 

赤湯駅。JRの奥羽本線、山形新幹線及び山形鉄道のフラワー長井線が乗入れる。南陽市は、パラグライダーが盛んであり、駅舎はそれをイメージした設計。温泉街までは、約2kmほどある。

赤湯駅前の風景。

赤湯温泉街入口付近。赤湯温泉は開湯930有余年、源頼朝の祖先にあたる人によって発見。江戸時代は、米沢藩の湯治場として利用され上杉鷹山も湯治に訪れた。

温泉街入口付近にあるご当地ラーメンである赤湯ラーメンの全国的にも有名店。特徴は辛味噌そのものがラーメンに乗っていてスープに溶かして食べる。今回、定休だったが数年前に訪れた時食べたので、まぁヨシとしよう。

飲み屋街も小規模。

 

築350年の庄屋の屋敷を移築復元した宿(写真左)

足湯。これ以外にも、あと1か所足湯がある。

足湯の隣にある共同浴場(写真右)。ここは定休日だったので、徒歩数分のところにある2022年にオープンした公衆浴場に行ったが、新しく清潔で管内及び浴室バリアフリーで、しかも300円で安価。

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コシヒカリのルーツ発祥地を歩く

2024-11-30 22:01:05 | 山形県

2024年10月10日(木)

山形県庄内町余目地区は、庄内平野の二都市“酒田“と“鶴岡“の間にあり、コシヒカリのルーツの発祥地。余目町と立川町との平成の合併により庄内町となった。

 

JR余目駅。羽越本線と陸羽西線の接続駅で特急停車駅。陸羽西線は営業休止のため現在はバス代行している。

JR余目駅前の風景。歓迎塔の『月山山頂の町』は庄内町誕生前の旧立川町。『コシヒカリの祖先「亀ノ尾」発祥の町』とは旧余目町出身の人が亀ノ尾を育成したことによる。亀ノ尾は、日本酒を造る時によく使われる米。

JR余目駅前の通り。こちらのイチョウはまだ青い。

駅付近の国道のイチョウは色づいていた。

城かと思ったら、JAの建物だった。

国道から逸れた通りの街路樹のプラタナスは青葉。

庄内平野のシンボル的な鳥海山が見えるが、山頂は雲で覆われていた。

商店街。人は歩いてないが、かつては賑やかだったことが窺える。

商店街にあったラーメン屋につぎつぎと人が入っていき、とうとう行列ができた。昨日、喜多方で食べたのでラーメンは食べる気がなかったが、小さな街の平日に行列ができるとは美味しいに違いないと思い並んだ。あっさりと美味しいラーメンだった。食べて店を出る時は、もっと行列ができていた。

新撰組結成の流れとなった浪士組を結成した庄内町の旧立川町出身の清河八郎(写真左)をNHK大河ドラマにしようということで町をあげてPR活動している。

 

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蔵から波及してラーメンも有名となった街を歩く 2024

2024-11-28 23:55:32 | 福島県

2024年10月9日(水)

喜多方は、物資の集散地として栄え、蔵が多数ある。蔵見物から波及してラーメンも有名となった。2018年に同じタイトルでUPしたが、街を歩いたのでリメーク版をUP。

 

喜多方は数回訪れたことあるが、やはりこの街を通るとラーメンが食べたくなった。写真の川の西(左)側が中心市街地となりラーメン屋が多くある。

川の袂にあるNTT前のラーメン屋に入店。調子こいて、チャーハンとセット注文した。食べすぎなので、喜多方の街をお歩きさんすることにした。

ラーメン屋を出て、蔵やラーメン屋等が多いメインストリートである標識のT字路の通りに向かって歩いた。

メインストリートにある甲斐家蔵屋敷(写真右)。1917年から7年かけ完成した蔵であり国登録有形文化財。

メインストリートにはラーメン屋、蔵が多い。

蔵造りのラーメン屋も結構ある。

メインストリートと交差する路地にもラーメン屋を多く見かけた。

JR喜多方駅前に続く通り。ここでも何軒かラーメン屋を見かけた。喜多方は小さな街であるが本当にラーメン屋の密度が高い。

JR喜多方駅前の通り。

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