Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

聖母の汚れなき御心への奉献更新のため:我等の最後の目的

2013年06月06日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 聖母の汚れなき御心への奉献の更新準備のために、8月22日まで聖母マリアさまの黙想をすることを提案します。今日は第一日目です。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

聖母月中の祈祷


 我等主の御前(みまえ)に出で、主の御母マリアの尊敬によりて、主を讃美(さんび)し奉つらんとす。主よ願わくは我等の心を浄(きよ)め、すべての無益なる思いより遠ざけしめ、我が智恵を照らし、意志をば堅固(けんご)ならしめ給わんことを、我等の主イエズス・キリストによりて、アメン
 最も尊むべき天主の御母童貞聖マリアよ、我等は御身につくすべき尊敬と愛とを現さんがために此処に集(つど)いきたれり。
 我等は全能の天主が御身(おんみ)にかくも高き御位(みくらい)と御光栄(みさかえ)とを下し給えることを喜び、且つ主が御身(おんみ)の御心(みこころ)に最も深きいつくしみを与え、御身(おんみ)を我等の母と定め給いしによりて主を讃美し奉(たてまつ)る。
 我等はこの月を聖母の月として今日一日をもまた御身の尊敬のために捧(ささ)げ奉(たてまつ)る。
いつくしみ深き聖母よ、我等は御身(おんみ)を御子イエズスの御前(みまえ)における代祷者(だいとうしゃ)として撰(えら)び奉(たてまつ)る。
 今新たに我等が身も心も御身(おんみ)に献げ、我等が悲しみも喜びも生命(いのち)、死もすべて主の御旨(みむね)にかなうよう御身(おんみ)に任(まか)せ奉る。願わくは我等の御母たることを示し給へ。我等は叉、聖会と教皇、及びすべての聖職者並びに生けると死せる親族友達の為に祈り奉る。願わくは我等が讃美(さんび)と祈りとをもって御身の御心(みこころ)を喜ばせ奉らんとするを顧(かえり)み給え。
 我等はこの聖(とうと)き月において、すべての公教信者が特に御身(おんみ)にさゝぐる其の祈りに我等の祈りを合わせ、且(か)つ天国において、天の元后(げんこう)なる御身(おんみ)を永遠に讃美(さんび)する諸々(もろもろ)の天使と共に御身を讃(たた)えまつらん。
 されば我等をして死に至るまで生涯(しょうがい)忠実に主に仕(つか)え、死後天堂(てんどう)において諸天使(しょてんし)諸聖人(しょせいじん)と共に御身(おんみ)を愛し御身(おんみ)に感謝し、御身(おんみ)と共に主を永遠に讃美(さんび)するをうるの最上の幸福をえせしめ給わんとを特に願い奉る。アメン


一    日
我等の最後の目的


(一)地上の我等人間の目的は云うまでもなく、天主に仕え奉る事である。なぜならば、ただ此が為に天主は我等人間を造り、毎日保(たも)ち給うからである。
 天主は我等の幸福をのみお考えになって、数多(あまた)の律法(りっぽう)をお与えになりそれを固く守る事をお命じになったもである。
 キリストの御言葉(みことば)に「汝の神たる主を拝しこれにのみつかうべし」(マテオ四ノ十)とあるが、これぞ神の思し召しである。
主なる天主より与えられた職業、智恵(ちえ)及び境遇(きょうぐう)に於いて奴隷(どれい)が其の主人に仕(つか)えるが如くではなく、かえって良い子供が親を愛し、其の命令に従うように、我等人間も,慈悲(じひ)深き聖(おん)父(ちち)に仕えなければならぬ。聖母マリアはかような目的を常にお考えになって居られた。それゆえ大天使ガブリエルに向かって、「我は主の婢(はしため)なり」(ルカ一、三八)と申されたのである。
草花が太陽に向かって咲くが如く、マリアの考え、言葉、及び行為は常に天主様に向かい,天主様に捧げられていた。天主様より与えられた喜びの時、患難(かんなん)の時、如何(いか)なる場合においても、聖母は天主の聖(み)旨(むね)にかなって居られた

(二)聖母マリアは、三人の博士が幼子(おさなご)なるキリストを拝礼(はいれい)した時にも、叉、悪党(あくとう)輩(ばら)が御子を十字架(じゅうじか)につけ奉(たてまつ)った時にも、天主の聖(み)旨(むね)と一致していられた。
叉、キリストの行われた奇跡(きせき)を見(み)給(たま)うた時にも聖(せい)なる幼子をたづさへてエジブトに逃れ給うた時にも,同じく天主の思し召しであるとお考えになった
 同時に二人の主人に仕(つか)える事の出来ない如く、天に於(お)いても、地に於(お)いても、真(まこと)の主人は唯(ただ)一人(ひとり)で、之(これ)、即ち天地万物の造物(ぞうぶつ)主(しゅ)なる天主である。
我等は今まで、何に仕(つか)えてきたか?世間、其の快楽(かいらく)及び財宝、又は色々なる罪悪、或は悪魔に仕(つか)えなかったか?そして今後は何に仕(つか)えようとするのであるか。
 我等人間の行き先は天国における幸福である。案ずるに、今、天主に仕えるならば目もそれを見ず、耳もそれを聞かず、人の心も想像する事が出来ない程の幸福を与えようと主は約束なさるのである。
 之に反して、世間と其の快楽(かいらく)また悪魔と其の罪悪(ざいあく)とに仕(つか)える時、我等は果(は)たして如何なる報酬(むくい)を得るであろうか?其の時には、御主(みあるじ)キリストの「よし善(ぜん)にして忠なる下僕(しもべ)よ、汝の主人の歓喜(よろこび)に入れよ」という有り難い聖(み)言(ことば)の代(が)わりに「悪しき下僕(しもべ)の手足を縛(しば)り彼を外の闇(やみ)に投げ出せ、そこには嘆(なげ)きと歯(は)がみとあるなり」というあの恐ろしい御言葉(みことば)を聞かなければならぬではないか。
 天主から与えられる永遠の報酬(むくい)については、見よ?天主の貧しい婢(はしため)は今,
天において諸天使、諸聖人の元后(げんこう)に立てられ給い、片時(かたとき)も聖子(おんこ)キリストの御側(みそば)を離れず限りない幸福をうけ楽しんでいられるではないか?我等も今しばらく聖マリアの如く忠実に天主に仕(つか)えて、しかる後イエズスとマリアと共に永遠の喜びを体験しよう。

 ○ 最後の目的を達する為に「めでたし」三度唱(とな)えん。

祈 願 せ ん

 御自(おんみずか)らを天主の婢(はしため)と呼び給へる聖母マリアよ、我等は洗礼の時に悪魔と悪事と其の栄(えい)華(が)を捨(す)てゝ主にのみ仕えん事を誓いたれば、主に仕(つか)え奉る。
 栄誉(えいよ)を益々(ますます)認め、現世(このよ)においても来世(らいせ)においても最上の幸福のえらるゝよう、我等の為に祈られん事を伏して願い奉る。アメン。


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2013年6月8日、フィリピンは聖母の汚れなき御心に荘厳に奉献される

2013年06月06日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 お元気でいらっしゃいますか。明日は私たちの主イエズス・キリストの至聖なる聖心の祝日ですね!

 ところで、フィリピンは祝福された国だと思います。何故なら、今年の1月26日にはフィリピン司教評議会の第106総会で、2013年6月8日午前10時に、フィリピンの全ての大司教区、司教区のあらゆる司教座聖堂、小教区教会、小聖堂で、全国同時に、フィリピンを聖母の汚れなき御心に奉献(聖別)するということが決定されたからです。この荘厳な奉献・聖別式は、2021年のマジェラン到着によるカトリック信仰の到来500周年を準備する九年の準備期間の一環としてなされます。
 そこで、2013年6月8日はフィリピンにとってとても重要な日で、聖母行列などがあり10時にミサと聖別式が始まることになっています。正午にはフィリピン国内の全ての教会の鐘がお告げの祈りに合わせて一斉に鳴り響くことになっています。

 フィリピンの聖ピオ十世会でも司教様たちのこの素晴らしい決定に合わせて、明日のイエズス・キリストの聖心の祝日の夕方のミサの後、徹夜の聖体礼拝を行い、6月8日の朝のミサを聖母の汚れなき御心への随意ミサとして捧げ、その直後にフィリピンを聖母の汚れなき御心に奉献する祈りを唱えることにしました。

 フィリピンでは、自分たちは"Pueblo Amante de Maria, Isang Bayang Sumisinta kay Maria" マリア様を愛する国民、ととても誇りに思っています。

 6月を第一回目として、その後は10月の初土曜日まで、毎月初土に、この奉献式を繰り返します。そして来年の6月にももう一度これを更新することになっています。

【参考資料】タグレ枢機卿のメッセージ

【参考資料】フィリピン奉献のパンフレット【PDF】
【参考資料】フィリピン奉献のパンフレット【PDF】


 フィリピンでは、準備に9年を使って、2021年の福音到来500周年の記念を祝おうとしています。願わくは、日本のカトリック司教様たちも力と声を合わせて日本を聖母の汚れなき御心への奉献を荘厳に更新しますように!

 例えば、来年2014年5月1日は、日本が聖母の汚れなき御心に奉献されて170周年です。

 さらに再来年2015年2月3日は、高山右近帰天400周年ですし、また、
2015年3月17日は、「信徒発見」150周年です。

 1844年5月1日に、フォルカード神父様が那覇港でフランスの船艦の上でした奉献の祈りのラテン語原文は次の通りです。これは、フランシスク・マルナス(Francisque Marnas)著の La "Religion de Jésus" (Iaso ja-kyo) ressuscitée au Japon dans la seconde moitié du XIXe siècle (1897)に記載されていました。

Voici l'acte de cette consécration faite par M. Forcade :
« 0 cor Mariae sanctissimum, cor omnium cordium ornatissimum, purissimum, nobilissimum ; cor bonitatis, mansuetudinis, miscricordiae, et amoris fons perennis ; cor omnium virtutum mirandum sanctuarium et suavissimum exemplar ; soli divino cordi Jesu cor inferius ; insulas illas Lieu-Kieu, (Riu-Kiu), primum evangelisandas mihi licet indignissimo commissas. tunc temporis, quantum in me est, et ad me pertinet, sub speciali patrocinio tuo offero, pono, dico, consecro ; insuper vovens me, ubi aliquot tantummodo et earum incolis ab inani idolorum cultu ad christianam fidem transierint ubi sacellum etiam minimum aedificatum fuerit, vere incoeplâ stabilitâque missione, omnia sine ullâ mora acturum esse, ut a Sancta Sede Apostolica, sub eodem speciali patrocinio totum regnum istud aperte et, authentice ponatur.
« O cor piissimum, apud divinum cor Jesu cor potentissimum, cor quod nullus inanibus precibus unquam exoravit, humillimas deprecationes meas ne aspernare, miserrimum cor meum ad melius converte, mentis istius tôt tenebris circumfusae caliginem discute, spiritum humilitatis, prudentiae, sapientiae et fortitudinis inter tantas difficultates tantaque pericula mihi obtinere dignare : Teque mediante, omnipotens et misericors Deus, Pater Filius, et Spiritus Sanctus, vili isto instrumenta uti non dedignetur, ut confundat fortia, ut ea quae sunt destruat; populumque istum a tôt saeculis in tenebris et umbra mortis sedentem ad sancti Evangelii lumen aeternamque vitam demum convertat, dirigat, perducat. Amen.

Haec in portù Napa, in navi Alcmene post missam celebratam, die 1a maii 1844 vota precataque fuêre.

日本語訳は次の通りです。

聖母の汚れなき御心に日本を捧ぐる祈: (1844年5月1日(マリア月の初日)キリシタン弾圧後に最初に再布教に来日したフォカード師が聖母の汚れなき御心に日本を捧げた時の祈り)

 ああマリアの至聖なる聖心、諸の心の中にも至って麗しく、清く、気高き聖心、善良柔和、哀憐、情愛のつきぬ泉なる聖心、諸徳の感ずべき奥殿、いと優しき美鑑なる聖心、ただイエズスの神聖なる聖心に遜色あるばかりなる聖心よ、我はきはめて不束なる者なれども初めてこの琉球の島々に福音宣伝の重任を托されたるにより、我力の及ぶ範囲内に於て、この島々をば特に御保護の下に呈し奉り、献納し奉る。その上、いよいよ布教を開始して、その基礎を固め、この島人を幾人にても空しき偶像礼拝よりキリスト教信仰に引き入れ、一宇の小聖堂にても建設するを得るに至らば、直ちにローマ聖座に運動してこの国を残らず、公にまた公式に御保護の下に托すべきことを宣誓し奉る。
ああ慈悲深きマリアの聖心、神聖なるイエズスの聖心の前に於ていとも力ある聖心、何人たりともその祈祷の空しかりしを覚えしことなき聖心よ、卑しき我祈願をも軽んじ給はず我心を一層善に立帰らしめ、数々の暗黒に閉され居るこの心の雲霧を払ひ給へ。我は大なる困難、危険の中に在るものなれば、願くは謙遜、注意、鋭智、剛勇の精神を我が為に請求めさせ給へ。全能、哀憐の神なる聖父と聖子と聖霊とはこの賤しき我を用ひて「強き所を恥かしめ、現に在る所を亡し(コリント前1,28)」幾世紀前より暗黒と死の蔭とに坐せるこの民をば福音の光と永遠の生命とに引き戻し、之に立向はしめ、辿り着かしめ給へ。アメン。

これを、那覇の港、アルクメ-ン号にて、1844年5月1日ミサの後に為した。

 では、私たちもフィリピンの司教様たちにならって、来年の5月1日、日本が聖母の汚れなき御心に奉献されて170周年をよく祝うために、明日の私たちの主イエズス・キリストの御心の祝日から霊的に準備をいたしましょう。

 そして、今年の8月22日の聖母の汚れなき御心を祝うために、また、私たちが今まで受けたお恵みを感謝するために、毎日霊的に準備しましょう。

 日本では後ろから第3番目の主日を中心に聖伝のミサが捧げられていますが、8月はいつものミサ(8月11日:東京)に加えて、さらに8月18日には特別にボーナスミサを大阪でおこない、聖母の汚れなき御心への奉献を更新することを提案します。

 愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


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