局の道楽日記

食道楽、着道楽、読書道楽  etc
生活色々を楽しんで暮らしている日々の記録です

再会2

2007-05-14 22:41:39 | 記憶の箱
昨日の続きです

さて 居酒屋の入り口からふらりと現れたK。まず私は彼の髪の毛があることに安堵しました(笑) だってここ重要じゃないですか。Kは昔からさらりとした髪をなびかせていたタイプ ああいう髪質は青少年時は美点だけど、年をとると薄毛になるのを周りでずいぶん見ているからちょっと安心したのである(何安心してるんだ) ちょっとおなか周りも中年ぽさが漂ってはいたが、そう見かけに関しては おっさん~~↓という感じはしなかったのでちょっとホッとする(そういう自分はどうなんよ?と言う突っ込みは受け付けませぬ)

私は受付、兼 会費徴収係をしていたので着た人から4500円もらって、名前、その他差し支えなければメルアドなどを書いてもらうことになっていた。
他のメンバーは一人を抜かして(訳ありで)気軽に書いてくれた。

「しばらく K君 悪いけどまず会費集めさせてくれる?」←O十年ぶりの会話
「あっ遅れて申し訳ないです。えっ? 誰? もしかして局さんですか 久しぶりです」
「ホントお久しぶり じゃ 会費いただくね あと差し支えなかったら連絡先書いてくれる? またこの会開くかもしれないし、この会の写真も送りますよ」
「あっ 今日はOを偲ぶ会ってことで来ただけだし、(実は彼らと同じ部活に居た女性の7回忌にちなんでこの会は行われたのよね)この先は連絡はいいから 写真も遠慮しますよ 」←最初からこの態度、あんた私に喧嘩売ってるんかい と かなりムカつきつつもそれをどうにか収めて
「じゃ、あの辺空いてるからどうぞ」と案内した。

その後 亡くなったOさんの話でしんみりすることもあったが、お酒がまわってくるとちょっと最初は微妙な雰囲気のみんなも打ち解け、座も移動しはじめ、盛り上がってきた。私は最初から最後までテーブルの端でウイスキーと水割りの作成係り、Oは濃い目、×は薄め、レモン絞るやつ 梅干いれるやつ など把握してチーママと呼ばれながらサービスに徹し席は移動しなかった。
そのうち周りに気のいいSとか表同窓会にも気軽に参加するのでおなじみの職人系のMとかが集まり、そこで小さな輪で話していた。
そしたら突然Kが乱入。
遅れては来たもののかなりのピッチで飲んでいるので結構回っている様子
「どう?楽しんでる?」と私が尋ねたところ
「いえ こういう場は苦痛ですから」とK←ホントに喧嘩売るんかですよね
「おまえな そう言うなよ せっかく何十年かぶりに会えたんだろ またいつ会えるかわかんないしよ Oみたいに死んじゃうやつもいるんだからさ」とS 苦笑するK
そこで、また今まで話していた、誰が付き合ってたかとか誰が好きだったかという同窓会の定番アホ話に戻った。
「そう言えば局はさ 誰が好きだったんだよ?」一度もクラスが一緒になったことのないS このタイミングでそれを私にふるなよあほ~と思いながらも
「Kだよ」と言った。
「ホントかよ~~ 知らなかった」と騒ぐSに周りで聞いてた女性Hも 
「そうだよ~ そういう人多かったよね Kってすごくかっこよかったよね」と便乗した。
「そうだよK お前人気あったじゃん。ちくしょー 俺を好きだったって女いねえのかよ」とS(背は高かったが当時から小椋圭に似ていた)
「よしてくださいよ 俺はあの小中時代は自分の人生から消し去りたいと思っているんですから」←やっぱこういう事を言うのよね 噂通りだった
「何しらけること言ってるんだよ まあ 飲めよ」と職人Mがその場をとりなし、Kもその場に定着して更にグラスは空き、私も自分が飲む暇もないくらいお酒を作り続けた。
何度目かにKに焼酎を渡したとき
「局、薄いよ。全然酒入ってないよ!」と突き返された。それまで誰に対してもわざとらしい敬語を使っていたくせに突然その態度に戸惑いながらも
「あっ悪い じゃ 作りなおすからさ」とグラスを受け取ったら
「高校時代 失礼しましたよ すみませんでした」と突然謝るK。
(はっ?失礼って私をふったこと~~?)
「何を今更言ってるのよ へー覚えてるんだ」←空気読めよ 謝られるほうが失礼だっつーの
「覚えてますよ 色々局さんや周りのことでカルチャーショック受けましたからね。結局俺はあの学校にいるべき人間じゃなかったってことをよく理解できたしね」
まあ 詳細は省くが 当時自分がどう周りと折り合いがつかなくなっていったか、それがその後どういう影響を与えたかを話はじめたK。
私も一応はあいづちを打って聞いていたが だんだん面倒になっていった。男の愚痴を聞くのもたまにはおもむきがあるが それは惚れている男に限るとつくづく思った(笑) なんとも思っていない男の愚痴聞くのはかなり忍耐のいるボランティアだわねえ その場はボランティアしましたよ 偉かった私!
だけど、最後にお開きになる前には
「あのさ、別に差し支えないんでしょ ひねくれてないで連絡先くらい書きなさいよ。」とさっきの名簿を渡してやった。今度は結構素直に書くK。なんとなくそれで勝ったって言う気がした(笑)

Kは二次会には行かず その場でさよならした。
「今度会うのは何年後になるかしらね まあ元気でいてよ」と言ったら
「局も元気でね 思いがけず今日会えてよかったですよ」とKは言った。
あらま、お愛想も言えるじゃん と 思った。

40過ぎてはなかなか考えも変わらないと思うけど、もうちょっとKの中での小中時代が肯定的にとらえられるものになってくれればいいのにな と 思った。
嫌だったなら嫌だったでもしょうがないけど 消し去りたいって言うのは悲しいじゃないですか。なんにせよ自分の基礎を形作った時代には変わりないのだから・・・
同窓会で初恋の男に会う 甘酸っぱいブログにしたかったのに現実はこんなもんだす hirokoさん ミックさんごめんなさい(笑)



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再会

2007-05-13 20:52:16 | 記憶の箱
昨日(いいえ今朝だわね)、親友(幼稚園年長組からO十年 一番親しい友人)A(お互い片付けられない姑という悩みを共有する)と共に午前様して帰り着いたのが 2時半だった(夜中の)

昨日は Aが企画した中学友人との飲み会 男女半々くらいでその中の一人がやっている居酒屋に集まってまた延々飲んだわけです。
わけあって昨日のメンバーは私がいつも参加するメンバーとちょっと派閥が違った。正式な5年に一度の学年会や、先生を交えての会、東京で行われる会などには参加しないグループ むしろそれを「けっ」と眺めているグループ 言っちゃ悪いが少々アウトサイダー的なグループである。
例えば不良した人、進学でつまずいた人、×1、×2、会社つぶした人々。

それをなぜAが取りまとめてわざわざ幹事役を引き受けて私もそれを手伝うことになったのは面倒だから詳細は省くが、企画したA自身でも会が始まる前には「あのメンツで盛り上がるのかな~ すごく心配になってきた」とびびっていたくらいであった。
結果、結構盛り上がって 12時まで安い会費で居させてくれた一次会居酒屋では足りず、場所を変えて飲みなおそうということになり 2時過ぎまで飲んで、Aと二人でタクシーで帰宅し実家の玄関の鍵を開けて忍び込むということになったのだけど。
私はひたすら焼酎、水割り作成係りをしていたんだけど、ペースの速いこと、みんなの強いこと(男女問わず)びっくりさせられてしまった。最初はちょっとぎくしゃくしていたけど、アルコールが回ると昔のまんまの口調が出てきて、卒業以来初めて会った不良男の話 「えっ OO君 よく生きていられたねえ」 最近離婚した女性の 「自営業だったんだけど私がつぶして向こうの家出てきたんだ。子供も向こう、今自分の親の面倒見ながら夜の仕事してる」と タバコを片手にけだるく語る近況。まさに人生色々・・・

私的の昨日のハイライトは 初恋の男が来た事だった(笑)
中学二年で同じクラスになったK。スポーツ万能でハンサムで、ある競技のポイントゲッター その頃のKは輝いていたもんだった。彼と何故かほんの短い一時公認となって 数回一緒に帰ったり(それがその当時の公認の仲 今の中学生に比べると可愛いもんである)対外試合に応援に来てと言われて応援に行き、誰よりも点をとる彼の姿に心ときめかせ、試合に勝った瞬間、Kが私の方を向いて手をふって「勝ったよ」と言われた時の嬉しさと誇らしさはまだ記憶に残っているから私も結構好きだったのであろう。その後大学時代につきあったラガーマンの試合や、夫のサッカーの試合にも何度も行ったが、あれほど心ときめかせて観戦したことはなかったと思う(夫よすみませぬ しかし私も自分はしないクセに団体スポーツする男が好きだったわけねと今認識)
だけど、中学時代って本当にもろくて感じやすい時代、中2であんなにキラキラしていたKは家の事情その他で結構すさんでいった。結局進学でつまずいて、それをずっと引きずり、ちゃんと大学も出て安定した職にもついたのに、コンプレックスを前面に出して 昔の同級生にあうと「みなさん立派ですから」とか自分を卑下してしらけさせたりと言う噂も聞いた。私は実は高校時代しっかり彼に最終通告でふられていたのだったけど。それも「住む世界が違うから」と言うなんともいや~な言い方でふられたわけだった。

その彼が来るという。Aと「よく来る気になったねえ」とも話し、受付をしていたのだが、開始時刻から30分たっても彼は来ない。彼を誘った男Sが電話したところ、「やっぱり気が乗らなくて」と言っているらしい。「近くだからいいじゃないか お前の分も用意してあるし、みんなも待っているから来いよ。すぐ近くじゃないかよ」と説得する人の良いS。
その電話を傍らで聞きながら、まったく子供じゃあるまいし、一度参加表明をしたのにそれかよ と 私はかなりかなり呆れてしまっていた。

そして さらに20分ほどたって現れたK。卒業以来の再会だった。

              以下続く
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また実家に

2007-05-11 16:33:52 | 日々の生活
また昨日から実家にきている。今度は父の病院の付き添い。
何年か前から手に血管腫ができ、時々寝られないほど痛むという(写真) 個人の医院や一般の整形外科のある病院に行ったけど、あまりはっきりした診断がつかず(と言うより父が話をちゃんと聞いてこないのも一因と推測される)手の専門の医師がいる外来に紹介状をもらい、私がつきあって手術適応かどうかを聞いてくることになった。予約外来なのに待つこと一時間、レントゲンをとってまた話を聞き、会計がおわるまでに三時間を要した。今までの診断とおり、悪性ではないが、結局MRIをとって単純な静脈の固まりか、動脈も混ざっているものかを判断しなくてはならないと。いずれにしろ手術になりそうな気配である。 ただ腫瘍の種類如何で手術のやり方がずいぶん違ったものになるらしい。MRIの日は私は付き添えないので、母と二人で診断を聞くように、また必ず私たち夫婦か弟に相談してからその後の事は決めてよね、と頼んだ。
年上の女友達が、やっと子育てが終わってやれやれと思うと、今度は年寄りの世話が始まるのよー とよく言っているが、私もそろそろその言葉が降り掛かって来そうな気配がしているこの頃です。まぁそうなったらそうなったで腹をくくってどうにかしなきゃである。
ただ遊べるうちに思う存分遊んどかないとね。 
もう十分遊んでるだろって突っ込みも入りそうだけど…
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ハンニバル・ライジング&かもめ食堂~節操のない組み合わせ(笑)

2007-05-09 20:09:46 | 見る(映画 劇場 美術館など)
もう過去になってしまったけれど、連休前半に見たハンニバル・ライジングとかもめ食堂について書いておこうと思う。年のせいか(泣)読んだ本、見た映画の印象がどんどん消えていって あれ読んだっけ?見たっけ?となる今日この頃。不思議にこうやって印象を文章化しておくと忘れないものなのよね。

「ハンニバル・ライジング」は本を先に読んでしまったので、自分なりに頭の中に想像していた映像と実際の映像の比較のようになってしまった。
それはそれでいいんだけど、その比較が面白い作業になったのは前にも書いたパフユーム。これは香りというものがどのように映像化されるのかって点でわくわくしながら見られたのだったが、ハンニバルは映像化が想定内というかあまり意外性がなく なるほどこの程度ねって感じだった。少年時のハンニバルに降りかかる悲劇と 青年時その復讐の物語という 言って見れば単純な展開。もう少し ハンニバルがハンニバルになった特殊性みたいなものを掘り下げてほしかったような気がする。
特に、単に猟奇性部分だけじゃなくて その知性と美意識みたいな源泉がどこから来たかなんて部分をもっとね。原作に出ていた 彼の家庭教師からの数学や天文学の知識が彼の知性をどう形作ったかとか、紫夫人からの日本文化のレクチャー部分が抜け落ちていてその辺が不満な気がした。

とはいうものの 決してつまらなかったわけではないのよね。一緒に行ったTは原作は読まずに見たが テンポがよくてすごく面白かったとも言っていたし。
なにより、前にもチラっと書いたけど ギャスパー・ウリエルの美しさ。
ああいう美青年が冷酷な微笑を浮かべるのって色っぽいですね。あの片方の頬にうかぶ傷跡のようなえくぼも凄みがあってよろしかったです。
コン・リーも適役は適役だけど日本女優であの役できる人っていないの?映像的には鈴木京香あたりでいかがでしょか?


              ****


そして 「かもめ食堂」
あ~これは私とっても好きです。 ハンニバルと違ってこれといったストーリーを追っていくものじゃないんだけど。淡々とした日常が淡々と映像化されてそれを見ていてなぜか心地よく癒されるような映画。確かに物足りないとか これが何?って人もいるかもしれないけど、好きな人は好きになる映画だと思った。
ヘルシンキの風景も素敵だったし、食堂の中で作られる様々な料理も素敵。なぜか色彩が綺麗なんだなあ。ついでに言えば もたいまさこの着るとてつもない派手な服。それもなぜかすんなりと受け入れられてしまう不思議な画面だった。
丁寧にいれられるコーヒー、手際よく作られるシナモンロール、そしておむすび・・・ この映画は娘と深夜見ていたんだけど 見終わったとたんお腹がすいて
「しゃけっ! しゃけないの?」と冷凍庫をあさり 買い置きしていた生協の「京風紅鮭こうじ漬け」を解凍して焼いて同じく冷凍してあったご飯と共にしゃけおにぎりを食べてしまったではないですか。とにかく食欲をそそられる映画であった。

それから小林聡美 この人の存在感って不思議だなあ。とくに美人ってわけじゃないんだけど 年齢不詳の可憐さと どこに置かれても 特に自己主張するわけじゃないのに自然に存在感のある不思議な女優さんだと思う。あの少林寺拳法の型の場面もよかったなあ。

疲れたときに ぼーっと眺めたい映画だと思う。こういうのはDVDを買って自分の周りにおきたいものですね。
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伝統芸能の日

2007-05-07 23:23:46 | 見る(映画 劇場 美術館など)
今日は着物関係のイベントで 琵琶のレクチャーコンサートが某所にて開かれた。



着物の先生の源氏物語の中で琵琶の出てくる場面のレクチャー。明石の場面や 宇治十帖の中など 琵琶が奏せられる場面というのは多い。実際にその頃にどんな旋律が奏でられていたのか実際に聞くことができるというなかなか興味深いレクチャーコンサート(こういうことがなければ自らはチケット買ってまで行かないような気もいたしますが・・・)だからいい機会と思い着物を着てでかけた。

奏者は須O誠舟先生 Oは田です。元々薩摩琵琶がご専門で大河ドラマや歌舞伎の世界でも活躍され、琵琶の普及につとめていらっしゃる方



薩摩琵琶では 城山っていう西郷隆盛の最後を歌った勝海舟が作った曲を演奏された。薩摩琵琶は大きさは楽琵琶や平家琵琶より小さいがバチは大きく鋭い音も出る。朗々とした語りの伴奏と 中に入る手事が聞き応えあった。

上の写真で先生が持っているのは 楽琵琶 これが源氏物語などに登場する古来の琵琶らしい。音は薩摩琵琶より柔らかい気がした。

これで 「ばんかそう」 という曲を演奏された。正倉院で保存されていた古文書の中から見つかった楽譜を元に復元した曲だそうだ。
はっきり言って のんびりゆったりはしているが これがメロディ?って感じの音楽。こういう曲が紫式部の時代には実際に演奏されていたのでしょうね。優雅ではあったがしっかり眠りに誘われてしまった。

その後 平家物語の有名な導入部 祇園精舎の鐘の声・・の一説を弾き語りされたが 祇園精舎っていう単語一つ語るのに ぎ~~~お~~~ん~~~しょ~~~お~~~じゃ~~~お~~~~~ って感じで たっぷり一分はかかりましたね。一段語るのにいったい何時間かかるのだろうか? 昔の人は気が長かったのねと変な感心をしてしまった。

だいぶ時代は下がるけど 蕪村(だったよね?)の 「行く春や 重たき琵琶の抱き心」っていう句が好きだ。 春の終わりのまったりしたけだるい雰囲気がよく表されてると昔から思っていた。
今日 実際の楽琵琶の大きさと(思ったより大きい)眠気を誘われる音と旋律を聴いて、この句に改めて納得できた。


今日は若葉色の色無地にグレイ地にローズピンクの利いた帯を合わせ 帯揚げと帯締めもローズにしてみた。この色無地は初めて着た着物だけど色無地って無地のワンピース感覚で着られるのねって今更だけど新発見してしまった。



実は仕立てておいて3年くらい寝かしておいた着物だけど着てみたら案外着やすく、帯の合わせ方如何で色々に着られそうである。晩春の一枚になったわねとちょっと嬉しい。


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母の日前倒し~たまには姑孝行

2007-05-06 22:54:36 | 家族あれこれ(犬も含めて)
昨日の話である。

来週の週末は夫が仕事の予定で忙しいので この連休中に姑のところに行き、母の日の前倒しでプレゼントを渡して、何かご馳走してあげようということになった。
前々からそれは予定してもちろん姑に言ってあったし朝のうちに電話して11時半ころにお迎えにあがりますと知らせておいてもあった。
ぴったりの時刻に行くと、まだ完全部屋着状態で 「あ~~ら 早いわね 局さん」と出てきた。いつものことなので 車で待っているからゆっくり着替えてくださいねと言って 路上で待った。

ちょっとおしゃれして出てきた姑。多少血糖値が高いので いつも和食とかお蕎麦などさっぱり系の店を選択して連れて行ってあげていたのだけど 今日は 「たまには血糖値を気にしないで珍しいものが食べたい!」 「ちょっと街中に行きたいねえ」とのはっきりしたリクエスト。駅ビルで蕎麦のコースなんて考えていた私達は急遽都心でランチコースを考えなくてはならなくなった。

選択したのはここ

  

南麻布の無国籍料理の店 CIC×DAである。
ちょっとスパイシーでエスニックなものなので姑は大丈夫かな?と思ったけど 元来は食いしん坊で珍し物好き。「あ~らこれはおいしいわ お店も素敵だわね~」といたくご満悦だった。
ここはシェアして食べさせてくれるスタイル。色々な味が楽しめて私は好きです。ただ量がとても多い。女性だったら4人だったら3人前くらいでちょうどいいと思う。実際そうやったらどうですかとスタッフも薦めてくれる親切さも好き。

その後は 千鳥が淵の桜の青葉を楽しみ、皇居周りでちょっと散歩した。
山手線の駅からすぐ近くに住んでいるけれどなかなか用がないとここまで来ないらしく 「今 天皇陛下はいらっしゃるのかしらねえ」などと頭を下げる姑(笑)

おっかさん あれが二重橋よ なんていう島倉千代子だったっけかの歌を地で行ってしまったではないか。



この日 都心は思ったより空いていて、車は渋滞知らず、六本木ヒルズの周りなんかとても閑散としていた。ミッドタウンの周りだけは人はぞろぞろ歩いていたが想像していたほどの混みようでもなかった。

帰り道の山手通りなんてこのとおり



いつもこのくらいの人口密度だったら暮らしやすいのにと思った。

母の日プレゼントの私がペイントした腕時計をつけてまたご機嫌な姑



姑もたまに困ったちゃんになるけど、こちらが色々してあげたりすると本当に素直に喜びをあらわしてくれる。やっぱり嫁姑だからお互い相容れない部分も多々あるにはあるけど・・・

姑と別れて家路に向かいながら あんなに喜んでくれるならたまには連れ出さないとね~ と夫と話し合った。一人が気楽って言っているけどやっぱり寂しさもあるだろうし一人息子がこうやってくれるのは何より嬉しいんだろうなあと姑の満面の笑顔を思い出しながら思ってしまった。
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Wデート

2007-05-05 23:04:22 | 友人
昨夜は夫と新宿で遊んだ。
三時ごろ、リニューアルした新宿高島屋に行きざっと店内を見る。割りに保守的な品揃えだった高島屋だったが結構目新しいブランドが増えたような気がする。
新宿のデパートも伊勢丹に追いつけ追い越せで大変だなあってかんじ。伊勢丹も好きは好きだけどあまりにも高級志向になりすぎた気がする。靴なんて一万円台だと 安いって思ってしまいますからね。あの伊勢丹マジックにかかってしまうのは怖い。
京王、小田急はあの路線で残っていてくれてもいいと思うんだけど・・・

5時半にルミネ1の中国家庭料理の店 希O林に 先日書いたが私達の結婚式で知り合って結婚したカップルと夫婦二組で食べて飲んだ。ここは割りにさっぱりした中華で私の好きな店。2時間ほど食べて飲んだあと新宿三丁目方面の海鮮居酒屋へ。 お開きが10時半だったからおよそ5時間の間に ビール二杯ずつと紹興酒2本と芋焼酎(富乃宝山)1本 向こうの奥さんは殆ど飲まないから 男性二人と私でボトル1本ずつ飲んだことになるのよね(汗)

  
友人夫妻と局夫婦↑

ここでだから言うけど友人夫と私は長年の天敵だった(笑)夫と付き合っているときに紹介された時、彼はT大の修士課程、確かに背も高くいい男でエリート予備群だったがプライド高く超自信家(それなりに成果を出すってところがまた可愛くなく)その上に鼻持ちならない女性蔑視の持ち主だった。夫の高校時代の親友だからしょうがないけど、第一印象で嫌なヤツと思いそのまま仕方なく話もしていた状態だった。
だから、私達の結婚式の時、私のやはり高校時代の親友(彼女も現役T大で当時省庁勤務)と意気投合(っていうか私の友人の方が熱をあげた)して付き合い始めたのには内心複雑な思いだった。

それで私達が関西で新婚時代を過ごしている間に二人は色々あったが盛り上がって一年後に結婚。私の友人はキャリアを完全に捨てて専業主婦になって今に至っている。あちらが留学している間は会えなかったが、某研究都市に赴任した時も家族で何度か遊びにいったし、東京に戻り某機関でみるみる出世して40代始めに最高地位についた後も毎年遊んで今に至る。
30代のうち、彼は相変わらず俺様風(私の大嫌いな石原都知事的)を吹かせ、飲むとここでは書けないような暴言(まあ弱者否定的な)を吐き それを私がまともに反論し、両者酔っ払いながら朝まで喧嘩するというのを毎年繰り返し、あちらの妻と家の夫が呆れながらもそれを仲裁しつつ付き合うという図を繰り広げていた。
それでも懲りずに毎年家族ぐるみで軽井沢にいったり都内で泊ったり、お互いの家庭で朝まで飲んだりが続いているからどっかで楽しんでいたのかもしれないけれど・・・
だけどここ数年妙に友好的な彼と私。向こうがかなり柔らかくなった気がする。
あちらの家庭は3人お嬢さんだけど、みんな微妙な年頃を迎えている。一番上の子は昔からとても繊細で私も好きな子だったけど今年文系私立を受けて浪人してしまった。家の娘いわく 「Oちゃんってすごく良い子だよね。でもかわいそう・・・両親がT大って絶対プレッシャーだよ」と感想をもらした。「私くらいでよかったでしょ プレッシャーなくてさ」と言っといたけどさ(笑)
下二人はかな~り優秀らしいが(父親がいうから間違いないと思う)結構口も達者で反癒し系。
勝手に彼の変化の原因を分析するに、娘三人の成長過程で思ったとおりにならない身近な女という存在に接したことが大きな要因だったのじゃないかと思われるのである(これを本人が見たら怒るだろな)
自分の期待する成果が上がらなかった娘(来年はわからないけど)、自分に逆らったり口答えをする娘たち 彼の育った過程では多分女性というのは自分にかしずいてくれる存在だったと思う。
人生そうはいかないんだって(しみじみ)
真ん中は抜群にできるっていうから多分T大に行くだろう。だけど女性がT大にすすみ、キャリアを重ねる中での様々な葛藤。優秀であってもそれは必ずついてくるだろうし、また恋愛し結婚する過程で悩みもあるだろう。彼が女性はこうあるもんだと若い時に唱えてきたことを自分の娘に当てはめられるかというのはかなり疑問である。
妻の方は人もうらやむキャリアを捨てて完全に専業主婦で子育てに没頭。私なんて傍で見ていると あれだけ頭がよくて余裕をもって何でもこなしてしまっていた彼女の結婚後の越し方を見ると まるで雅子妃を見ているような 「もったいないわねえ」なんていう歯がゆさを感じる。
ただ雅子妃と違うことは彼女はとても幸せで自分の今に満足しているみたいなので他人がどうこう言うことじゃないんだけど・・・
だから彼として自分の愛娘たちがどういう人生をたどるにせよ、優秀なら優秀なりの女性であることのハンディ、それが自分たちのような男エリートが形作ってきた社会から生じたものってことは身に染みると思うのです。っていうかまあこの微妙なお年頃に育ててきた過程でもう想像はついていて、それがかなり彼を柔らかくしていった原因だと思う。

ってことで 昨日もお開きまではかなり酔っ払いながら(途中お互いの暴言も出るには出たけど)穏やかに楽しいひと時だった。
「俺さ 今 かなり偉いんだよ」とこの期におよんで自己主張する彼(笑)もうわかってるのにまだ言うのが子供っぽいというかなんというか・・・
「そう、エライよね~ 電車で痴漢なんてすれば 植Oセンセくらいに話題になる程度にエライよね~」と奥さんはナイスフォロー。

帰りは駅まで二組でいい年こいて腕を組んで歩く。でかい彼にくっついて歩く彼女がほほえましかった。


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朝から飛ばしすぎ

2007-05-03 20:33:59 | 日々の生活
連休後半初日・・・

夫はまだ帰ってこないのでのんびり寝坊していようと思いきや、昨日友達のライブに行って終電がなくなったと朝帰りの息子と 入れ替えで御殿場アウトレットに行くという娘の出入りで起こされた。

起きちゃったから息子と朝食を食べて、洗濯なんぞして、コーヒーを飲んでいたら 急にシフォンケーキが食べたくなってしまった。
午後一でチャイナの絵付けのレッスンを入れていたので 猶予は1時間半、焼成に40分かかるとしてもどうにかなるだろと思って 作り始めてしまった。
一心不乱に卵白をあわ立てている母親を見て また何か始めたなとソファにひっくるかえって眺める息子。
家を出る予定時間の15分前にどうにか焼き上げて、冷めたらラップかけといてねと息子に言い置いてひっくり返すことができた。(何故かベイリーズの瓶に差してありますが)



その後 絵付けの教室に行き、2ヶ月かかってやっと薔薇のお皿を描きあげることができた。薔薇はちゃんとマスターしたいのでもう一つマグカップに描くことにして 3時間ほどそれに没頭した。



↑苦節2ヶ月 でも可愛くできて自己満足 これを家族が醤油皿にしたら文句を言ってやります。(大きさ的にはちょうどいいが)

家に帰ったら息子が ジーンズもTシャツもボロボロだと言う。そう言えばそうだなと思い G.Wセール中のジーンズ屋に行く。娘にはしょっちゅうねだられているのであまり買いたくないが、物欲のない彼には買ってやりたくなってしまう。(そう大したもの買ったわけじゃないけど)



帰りに魚屋で買い物をして、お刺身を何種類か買って、今日は手巻き寿司にする。
あとえのきとナスの肉巻きと水菜のサラダとお澄ましを作って 帰ってきた娘と夫と一緒に夕食をすませ デザートにシフォンケーキを食べた。



卵が小さかったようでふくらみがイマイチだったけどなかなかおいしかった。

片付けようと思ったけど、一日飛ばしすぎたせいか 気づいたらくたびれ果てていて立つ気にならず 家族がファイナルアンサーだかを見ているわきでブログを書きながら一休みすることにした。

明日は二組夫婦で飲み会。私達の結婚式の二次会で知り合ったカップルで毎年GWには家族ぐるみでどこかで会うことにしている。今年は向こうの長女ちゃんが浪人してしまったので なかなか計画もたたなかったが 向こうの方から、もう子供抜きでやろうよと提案があったので急遽飲み会となった。
なんだかんだ言って、暇だと思っていたGWも予定がうまっていってしまいそうだ。

ハンニバルの感想はGW明けになりそうです。
一言だけ言わせてもらえば ギャスパー・ウリエルの美しさだけで見る価値はあったと思います(美形には甘い)
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電車化粧は害毒です

2007-05-02 21:25:44 | 様々な思い
現代社会における「お局」っていうのは 会社の古株女性で、社内のことに精通し、新入社員の若い女の子をいびるみたいなイメージが強い。
私も、このブログの題名をつけるに当たってそういうイメージももちろん盛り込んだ上で ちょっと自虐的ユーモア(のつもり)でつけたわけですが、実際のところ私の職場には局的影響力を及ぼしたくなる若い女性もいないし、そう他人のことに口出す趣味はないので(攻撃されたらお返しはいたしますけど)普段は全く平和に暮らしているのです(ホントだってば)

だけどね~ たまには私も全然関係のない若い女の子を見て 非常にイラつくこともあるのよね。ってことで今日は局的毒を吐かせていただきたいと思います。

よく言われることだけど今日の電車の中の女の子の化粧はすごかった。
今日は友人Tと現地で待ち合わせレディースデイを狙って「ハンニバルライジング」を見に行こうと朝10時過ぎに私鉄に乗った。わりあい空いている車両ですわることができたのだけど、私の真ん前の座席に座っていた20台前半の女の子。終点につくまでの20分、微ブスから微美人になる過程を詳細に見せ付けてくれました。
ぴらぴらのミニワンピースの下にレギンスを合わせているからまあ見えることはないが 足をひろげて サマンサタバサのケバっぽいバッグを挟み 100均で売っているような大きな手鏡をもって、バッグの中から何種類もの道具を取り出して、それを駆使して 目化粧、唇化粧に余念がなかった。ビューラーで何度もまつげをあげて、マスカラだけでも三種類はとりだしただろうか・・・ 上まつげ 下まつげを丹念に塗ったあとは ボールペンを取り出した。何するんだろうと思ったら、その先でくっついたまつげを一本一本はがしている模様。途中当然電車は駅で止まったり出たりするしゆれることもある。先端恐怖症気味のある私としてはあの先っちょが目に入る様を想像するだけで鳥肌がたってしまう。(他人事ながら)
しかしそうやって化粧している間 鏡に向かって目を剥いたり、口は半開きでアホ丸出しで見られた顔じゃないのよね。確かに出来上がりの目は アユみたいで化粧前のはれぼったい目とは比べ物にならなかったけれど 完成後の顔を見せる対象は気になっても、その過程を観察している電車の中の他人の目っていうのは気にならないのだろうか・・・・(斜め横に立ってる同い年くらいの男の子も冷たい目で見てたし、隣に座っていた上品そうなおばあちゃんも自分の顔の近くで動くひじが当たりそうになっていてかなり迷惑そうだった)

この電車の沿線は緑が多く、今の季節は5月のキラキラした新緑を楽しんだり、色々な種類の花の姿が目に入ったりと 普段なら景色をみてすがすがしい気分になれるのに 化粧女のおかげでちっとも楽しめなかったではないですか(見たくないけどあそこまで目の前でやられると気になるのよね)

で、とにかく終点の駅に電車がつくちょっと前に化粧は終わり、表面にびっしりとスパンコール様のきらきらがついた携帯を取り出す彼女(注、携帯は電源切りましょうの優先席)←そんなの気にする子のわけはないけどさ。
ホームに降り立ち、さっそくメールを打ちながら私のすぐ後ろの階段を降りる彼女。8cmくらいのピンヒールのミュールを履いていた。
当然あの音が私の耳を貫くのよね。足に固定されていないミュールを履いた無神経女の発する音 パンプスのコツコツという音ならまだ許せるが あの 「シュパコーン、シュパコーン」というだらしなくミュールを引きずった後に思いっきり遠慮なく固い階段の表面にとんがったヒールの当たる音って本当に許しがたいのである。
あの音はですね ちょっと足の甲の筋肉をあやつってなるべく音をたてないように気使いすれば最小限に抑えられるものだと思う。
それに ああいう音を立てる女に限って O脚でひざがでてだらしない歩き方をするので観察されたい。

なんとも見知らぬ他人が自分をどう見るかの視点というか想像力がまるっきり欠落している彼女。ああいうのが母親になった後の社会は怖いなあと素直に思う。
面と向かって注意する権限も筋合いもないですから、せめて私にできることは我が娘だけでもああいう事はしないように口をすっぱくしてうざがられようが何と思われようが言い続けることだと思う。

そして せめて これを読んだ若い女性(ってここを読んで下さる中に若い女性がいらっしゃるのかは疑問だけど)電車化粧って自分で思っている以上に不愉快に思われてると認識したほうがいいよってわかってほしい。
それでもいいよって言われりゃそれまでだけど・・・

ハンニバルライジングの感想書こうと思ったのにまずこっちを書いてしまった。
また明日書きます。
コメント (6)
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